人を見た目で判断したい




私がそれを知ったのは、朝のニュースだった。朝学校に行く準備をしながら何となく見ていたニュース番組。画面の中の真面目な顔を作ったニュースキャスターが、私にその事実を教えてくれた。

「宝石等の密輸入の罪で滋賀県に住む三十四歳の男逮捕」

テレビの中の見覚えのある顔と、ニュースキャスターの読み上げた内容がなかなか一致しない。テレビの中に見つけた見覚えのある顔というのは、もちろんニュースキャスターの顔ではなくて、ニュースキャスターの横の画像の犯人の顔だった。

私はその犯人の顔を凝視する。普段ニュースなんて聞き流している私が突然画面に釘付けになったので、隣にいたお母さんは不思議そうな顔をした。しかしそんなお母さんに構っている余裕はない。この犯人の顔、この顔は間違いなくこの前の依頼人と同じものだ。

私は、つい先日豪邸に不法侵入して婚約指輪を取り返した仕事を思い出していた。







その日の放課後。朝のニュースでもやもやしたまま店の引き戸を開ける。私は挨拶もせずに、ソファーに座っている店長に声をかけた。

「店長」

「おはよう雅美ちゃん。今日はまだお客さん来てないよ」

「そんなのいつものことじゃないですか……じゃなくて、店長に聞きたいことがあるんです!」

私は空いているソファーに座った。店長は来客用のソファーでテレビを見ながらおそらく貰い物らしい煎餅をかじっている。

「今朝のニュースなんですけど……」

その一言で私が言いたいことがわかったのか、店長はチャンネルを回してニュース番組を流した。そこにはちょうど今朝と同じ内容のニュースを、今度は別のニュースキャスターが読んでいた。

「あの宝石、そうだったんですね。婚約指輪だったのに……」

「そうだね。ダメだよね、そんなものを婚約指輪にしちゃ」

警察に捕まるような人が、この店を使ったということが、私はかなりショックだった。あの指輪がどういう経緯を経てあの屋敷の中に置かれていたのかは知らないが、あの指輪もおそらく密輸したものだったのだろう。あれが盗品だっからあのお客さんは私達に指輪を盗むように依頼したのだ。私達は犯罪の片棒を担がされていたなんて……。この様子だとどうやら店長は全く気にしていないようだが。

自分の店なのに、バイトの私の方が気にかけているなんて。先程のニュースが終わり、キャスターが別のニュースを読み始めると、店長はチャンネルを元のつまらない昼ドラに戻した。そして私に「雅美ちゃんも食べる?」と煎餅を勧めた。

私はとりあえず受け取った煎餅を見て、はぁとため息をついた。気合いを入れ直すと、煎餅の袋を破り、あの依頼は忘れようと煎餅にかじりついた。すでに起きたことをなかったことにはできないが、忘れる努力はできる。それに店長が気にしていなくてたかがアルバイトの私が気にするなんておかしいじゃないか。もう忘れた忘れた!私は煎餅を噛み砕くとお茶で流し込んだ。

しばらくの間店長と共にテレビを見る。お客さんが来ないと本当にやることがないんだよなぁ。昨日もしたけど、また店の掃除でもしようかな。

そう思って立ち上がったところに、ガラガラと引き戸が開く音が聞こえた。来客だ。

私が入り口の方へ早足で移動すると、二十代後半くらいの女の人が硬い表情で立っていた。大人しい色のワンピースがよく似合っている。

「いらっしゃいま……」

「ちょっと貴方達!どういうつもりなの!?」

「へっ?」

営業スマイルを作って女性に近づくと、彼女は私の言葉を押し退けた。すごい剣幕だ。明らかに怒っている。私は訳がわからずに店長の方を見た。

店長はテレビを消してソファーから立ち上がり、私達の方に近づいてくる。そして女性の顔を見てわざとらしく言った。

「あれ?もしかして高嶋さんの奥さんじゃない?」

高嶋さん……?聞き覚えのある名前に、私は記憶の引き出しをひっくり返す。そうだよ、高嶋さんってついこの間の指輪の依頼人だ。私は先日の人の良さそうな顔をした依頼人を思い浮かべた。そしてニュース番組に映った顔も。

ということは、この女の人があの指輪をもらうはずだった高嶋さんの婚約者だ。店長なぜ彼女の顔を知っていたのかには疑問を感じるが、店長が無駄にいろいろ知っているのはいつものことなのでスルーすることにする。

「貴方、誰です?」

「一応この店の店長だけど。今日はどのようなご用件で?」

店長と聞いて、女の人は声を更に大きくして言った。目を吊り上げ、胸を張ってこちらを威嚇している。

「貴方、貴方なのね!私の婚約者にあんなことをしたのは!」

私は店長と高嶋夫人に挟まれて身動きが取れなくなってしまった。できることなら店長の後ろに隠れたいのだが。しかしピリピリした空気を放つ高嶋夫人の手前、迂闊には動けない。私はしかたなく黙って店長と高嶋夫人の話を聞くことにする。

「あんなこと?何のことかハッキリ言ってくれないと」

「とぼけないで!彼のことを警察にバラしたんでしょう!?」

「ああ、通報したことか」

え、え、どういうこと?まさか店長が高嶋さんの密輸を警察にチクったってこと?私は不安になって店長の顔を見上げるが、店長の表情は普段とまるで変わりなかった。

「罪を犯した者を警察に突き出すのは、別に何もおかしいことじゃないでしょ?」

「貴方、本気でそんなことを言っているの!?私達はここの客なのよ!?」

「依頼はちゃんと完遂したけど?依頼が片付いたら高嶋さんはもううちの客じゃないよね」

「完遂したって……捕まったら意味ないじゃない!」

高嶋夫人今にも店長の襟首に掴みかかりそうな勢いだ。私は彼女が叫ぶたびにいちいちビクビクしている。

それにしても、店長が警察に通報するだなんて……。いったいどうして……。確かに依頼が完遂した時点で高嶋さんはもううちの客ではなくなってしまったが、それでも一度この店を利用してくれた人じゃないか。なのにどうして。

「高嶋さん、うちは"何でも屋"だよ。現実的に不可能じゃないことなら、依頼されれば何でもやる、そういう店だよ」

「それと彼が捕まったこととは何の関係も……」

「うん、ないね。だけどうちが依頼されたことは"盗まれた指輪を取り戻してくれ"だけだよ?"このことを他言しないでくれ"とは依頼されてなかったもので」

「そんなものは屁理屈ですッ!」

高嶋夫人の言う通り、そんなのは屁理屈だ。まさか店長そんな屁理屈で彼女を追い払おうとしてるんじゃないよね?火に油だと思うんだけど……。

それでなくても店長の言い方は相手をなめくさってるっていうのに、そんな屁理屈を言われたら高嶋夫人はもっと怒ってしまうのではと、私は気が気じゃなかった。

「何とでも言ったらいいよ」

店長はニコリと笑顔を浮かべて言った。私でさえイラッときたのに高嶋夫人はもう手が出るか出ないかの瀬戸際なのではないだろうか。

「~~ッ、もう結構です!」

高嶋夫人は勢いよく踵を返すと、そう怒鳴ってズカズカと入り口の方へに向かった。彼女が引き戸に手をかけたところで、店長が思い出したように付け足す。

「あ、高嶋さん」

引き戸に手をかけたまま店長を振り返る高嶋夫人。ものすごく恨みのこもった目で店長を見ていて、顔には「まだ何か?」と書かれている。

店長は営業スマイルのままこう言った。

「何度も言うけどうちは"何でも屋"だよ。もしあなたが"婚約者を助けてほしい"って依頼するんだったら、うちは何でもやるからね」

高嶋夫人はしばらくぼけっとしていたが、キッと店長を睨むと何も言わずに店を出て行った。乱暴に引き戸が閉まる。

「またのお越しをお待ちしておりま~す」

店長がひらひらと手を振る。なんだか少し楽しそうに見えたのは、気のせいだと思いたい。







数日後。私はもう一度、今度は少し違う内容で、高嶋さんの顔をニュースで見かけることになる。今回の高嶋さんは逃亡犯だ。

ニュースによると、高嶋さんの逃亡は何者かによって手伝われたものらしい。彼一人の力で逃げ出すのはほとんど無理だったはずなのだ。いったい誰が高嶋さんの逃亡を手伝ったのか。私はその答えを少しだけ知っている。

そして、高嶋さんの逃亡と同時に高嶋夫人が姿を消した。突然家から出なくなった高嶋夫人が気になり、近所の住人が彼女の家を訪れたところ、中はもぬけの殻だったらしい。彼女の夜逃げはしばらくの間近所の話題となった。

いったい二人はどこへ消えたのでしょう。逃亡犯とその婚約者。二人の歩む道のりは私が想像している以上に険しいものとなるだろう。それでも、彼らは二人で行くことを選んだ。

この逃亡記が、どうか彼らにとって幸せなものとなりますように。私は他人事のようにそう願った。

ちなみに、高嶋さんを警察に突き出した理由を聞いてみたのだが、店長は「別の依頼があったからだよ」としか言ってくれなかった。何だか忙しそうにノートパソコンをいじっているときに聞いてしまったので、おそらく説明するのが面倒だっただけだろう。あとで瀬川君にでも聞いておくことにする。

それと、私はずっと内心で高嶋夫人と呼んでいたが、まだ婚約者だから彼女の名前は東根である。



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