輪を結う絵筆

國崎晶

私の仕事を紹介します




「すいませーん……」

「はーい、いらっしゃいませーっ」

【何でも屋朱雀】と書かれた看板を見上げ、木造の建物の古びた引き戸を開ける。一歩中に踏み込むと、大きな木製のカウンターが自分を出迎えてくれた。

いらっしゃいませと声が返って来たものの、声の主が見当たらない。キョロキョロと辺りを見回していると、カウンターが喋り出した。

「はいはいはい、どんなご用件ですか?」

違った。カウンターの下から女の子がひょっこり顔を出す。その二十歳前後の女の子は、膝をパンパンと払うと私にニコッと笑顔を見せた。

私はアルバイトであろうその女の子に、ついこう尋ねる。

「あ、あの、ここって何でもしてくれるって本当ですか……?」

「はい、ここは"何でも屋"ですからっ」

不安げな顔の私に、女の子は茶色く染めたショートカットを揺らして元気に答えた。知人に教えてもらいこの店に来てみたが、本当に大丈夫なのだろうか。見たところ店員もこの女の子しかいないようだ。

「えーと、依頼があって来たんですけど……」

「今は店長がいないので依頼を受けるかどうかはわかりませんが、話だけなら私が聞かせていただきます!」

どうやら今日すぐに依頼を受けてもらえるかは分からないらしい。本当はすぐにでも仕事をしてほしいのだが、それをこの女の子に言っても無駄だろう。おそらくアルバイトであろうこの女の子に決定権はない。それでも一応は頼んでみることにしよう。この女の子が上司に報告してくれるかもしれない。

「あの、できるだけすぐにお願いしたいんですけど……」

「大丈夫ですっ。今日の夜くらいから仕事可能です!」

ああよかった、それなら何とかなりそうだ。迅速な仕事が売りだとは聞いていなかったが、まぁ外装や店内を見てみれば何となくわかる。おそらく私の依頼以外に仕事はないのだろう。この様子なら本当に早く解決してくれそうだ。私は少し期待を高めた。

「ではお話を聞きますね!」

「あ、お願いします。ところで店長さんはどちらに……?」

やはり出来ることなら直接仕事の指揮を執る人に話をしたい。内容を伝達しているうちに間違った情報が伝わる可能性もある。そう思って聞いてみたのだが、女の子は異常な速度で即答した。

「仕事ですッ!」

「あ、そうですか……」

女の子の剣幕にそれ以上何も言えなくなる。そんなに客が来る店には見えないが、女の子が殺気立っているのでこの件にはこれ以上触れないでおくことにする。

とりあえず話だけ聞いてもらおう。女の子に案内され奥のソファーに腰かけようとしたその時だった。

「雅美ちゃーん。帰ったよー」

黒い上着を着た長身の男が入口の引き戸を開け放ち、店内に入ってきた。そんなに都会ではないこの辺りではあまり見かけない銀髪に釘付けになる。男は手に提げたこの近くのコンビニの袋をガサガサ鳴らしながらこちらに近付いてきた。

隣を見ると、女の子は私を案内した体勢のまま口をパクパクさせて入ってきた男を見ている。突然現れたその男は私の存在に気付いて「あ、お客さん?」と言った。

「も━━うっ!なんてタイミングで入ってくるんですか!」

女の子はずかずかと男に詰め寄ると、キッと睨みながら彼を怒鳴りつけた。百五十センチと少しばかりの女の子とその男にはかなりの身長差があるが、女の子は臆することなく文句を言っている。臆することない、というか、遠慮がないのかもしれない。

「雅美ちゃん何怒ってんの?はいアイス」

「あ、どうも……じゃなくて!」

男が差し出したコンビニ袋を条件反射のように受け取る女の子。しかしすぐに我に返ると男にまくし立て始めた。

「今までどこ行ってたんですか!毎日毎日朝からブラブラブラブラ!ちゃんと働いてくださいよ、バイトしてるこっちの身にもなってくださいよ。聞いてるんですか、店長!」

何となく気付いてはいたが、この人が店長か……。何て言うか……自由そうな人とでも言っておこう。

私は入る店を間違えたかと若干後悔しはじめていた。知人は他店舗へ行ったらしいが、私は自宅から一番近いという理由でこの店舗を選んでしまった。私も知人と同じ店舗にしておけばよかった。

さんざん捲し立てられた後、男━━この店の店長は私を指差して言った。

「雅美ちゃん、お客さんがどんな反応をしたらいいか分からなくて困ってるよ」

「ハッ、」

そこで女の子はようやく私の存在を思い出したらしく「すみませんすみません」と頭を下げた。それを見た店長が面白そうに笑っているが、女の子には言わないでおこう。きっと先程の光景を再び見ることになる。

「い、いいんですよ。依頼さえ受けていただければ……」

とりあえず早く話をしてしまおう。もしこの店が失敗したら他の店に行かなければ

ならなくなる。この店の他の店舗に行くにせよ、全く別の店を頼るにせよ、時間は無駄にしたくない。

「いやー、すみませんねぇうちのバイトが」

その言葉に女の子はキッと店長を睨んだが、私が見ているからか何も言わなかった。店長は私に腰かけるように言い、女の子にお茶を持ってくるよう頼んだ。その後私は依頼内容を事細かに話し、店を出た。どうやら依頼は受けてもらえるようで、女の子の宣言通り今夜中に解決してもらえるそうだ。私はほっとひと安心した。あとは店から連絡が来るのを待つだけだ。

それと、見た瞬間思ったが、お茶うけに出てきたアイスは完全にさっきのものだろう。この時期にアイスとは、中身も突飛な店らしい。



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