桃を食べた夏

@Ringoame-kuroiwa

第1話

たん、たん、とん、とリズム良く階段を一段一段踏みしめながら上がっていく。一足出す度に私の頭を巡るのはこの行為がなんの抵抗にもならないのだという確信ばかりだ。

抵抗の意志を込めて行うこれを親はきっと望みもしないが、私が実行した後に居なくなればそれはそれでせいせいするのだろう。

所詮その程度の存在である私が年間約二万人の一人になる事はあまりに簡単で、ただ古びた神社の階段のてっぺんにある目的地から足を踏み出すだけでよかった。今更恐怖はなく、ただ階段を登るのに疲れて揺れる上半身の骨が軋む音が煩わしいだけだった。

そう、階段の先にある空間には小さな休憩所のようなものがあり、景色を眺めるためであったであろう屋根付きのベンチなんかが備えられている。そこの柵を乗り越えた先は山の激しい傾斜があり、そこから身を投げれば無事ではすまない。そんな場所で私はこれから投身自殺をする。

なにせ、ただそれだけの行為で何人かの人が救われるのだから世界はきっととてつもなく素晴らしい、素晴らしいものなのだ。

しかし覚悟こそしていながら若い身空、17歳の若さで死ぬとは想定していなかったためため息が漏れる。幼子がシンデレラに憧れるように救済なんてものを求める思考が蠢く頭を振って深呼吸をする。そうしていると少しだけ走馬灯のように自分のこれまでの人生を振り返ってみたくなり、後悔することはわかっていても思考を巡らせてしまった。


───思えば私はごくごく普通の高校生だったのだろう。話の通じない大人にイライラして、独り立ちを夢見るくせに将来の為の勉強もろくに集中できないままで生きる馬鹿なガキ、いつも考え事ばかりをして明るく振る舞うなんて出来もしない。差別主義者の大人達を憎むことはすれど、アクションを起こす勇気もなく生きる。不幸自慢ばかりが得意になって、手が少しでも開けばスマートフォンばかり見つめている。きっと、そんな私がいくらでも代替がきくような存在だったと推測するのは容易だった。

否、実際は代替の効く存在なのだということ自体は産まれた時から決まっていた。親、特に母親は娘に女の子らしさを強要するタイプの人だったが私が使っていたベビーベッドの布団は空色に白い雲が書かれたもので、ベビー服も幼い故にユニセックス的なものではあれど青などの世間一般的に男の子によく使用されるような色合いものが大半を占めていた。

その理由は至極単純で、私の前に産まれるはずだった存在が男の子だった、そして産まれるはずだった彼の為に揃えられたそれらを流用されたから、だった。もっとも、カウントされないまま虚空に消えた命の為にお金を無駄遣いして捨てる意味もないのだから至極合理的なことであったのは承知しているし記憶もないレベルの幼い頃の話だ、恨むつもりも毛頭ない。


だけど、とまた一つ息が漏れた。兄ならばお前のようにはならなかったのだろうと呟いてみせたり溜息を吐いて存在もしない相手と比べられたところで比較対象がわからないから超えようと努力する気にもならない。いつからか私は母を愛せなくなっていた。

別にこれだけが理由じゃない。その程度でへし折れる心ならこんな真似をする勇気なんて出ない。それでも私からすればこの世界にあきれ果てる理由なんて腐るほどあった。


例えば母も含む一部の大人は都合のいい差別主義者で、差別をするべきでないと教えるその口で人種や愛のカタチをあまりに簡単に蔑む。同性愛を例にとるならば、それを簡単に気持ち悪いもので正しくないと否定する。同性愛を否定しない一見差別主義者ではない大人ですら自分の子供がそうだと知ったら泣き喚き、どうしてこんなことになってしまったの、なんて悲劇を気どる、といった掌返しが大人にはあまりにも多すぎる、と私は常日頃から考えていた。

大人はあまりにも簡単に子供を否定する。自分の爪を切るような感覚で自分の延長戦として消費していく。簡単に意思も何もかもないものとして切り捨ててしまう。まるで奴隷のように自分のすきにしていい存在だと思いこんでいるのだろう。他人の子供なら相手に失礼だ、なんて考えが及んで面と向かって言いやしないのに自分の子供だからという理由で堂々と外見をあげつらい、蔑む。それは果たして差別ではないと言いきれるのか、なんて思ったところで意見をすれば子供は黙って従えと叱られるから言えるはずもない。


毒親なんて言い切れない程度のクズな差別主義者がそこらじゅうで子供を産んでいる、ということに皆が気付いていないだけで、どこにでもそういう親はいる。そんなどこにでもいる親に耐えられずにいる私は愚かなのだろうが結局そんな自分を正すことは出来ないまま終わるのだ。もちろんいい大人、まともな大人がいないわけではないのだろう。ただ私の運が悪かっただけだ。ああ、でも石段を登りきった先で飛んでしまえば、きっと少しは正しい存在になれるのだろう、少なくともここまで運が悪い環境には生まれないはずだ。



そんなくだらない思考は高台の景色に掻き消される。普段見ない角度から見た大嫌いな生まれ育った町はあまりにも美しく見えて導かれるように柵を乗り越えた。

柵を乗り越えて足を進める。

風がひとつ吹いた。

声がひとつ、ひとりぼっちの空間に響いた。


「何故そんなに若い身空で死を選ぶんだい?」

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