夏が嗤う

@isofurabon

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少し、不思議な話をしよう。というか話させてほしい、現在大絶賛進行中の俺の不思議な体験を。



他人にあまり興味がなかった俺はクラス内でも孤立していて、『友達』なんて呼べる奴はほぼいなかった。当然、『友達』がいなけりゃ誘ってくれるような夏休みの予定もない。高校に上がったところで去年となんも変わんないな、なんて窓枠の傍に飾られた風鈴の音を聞きながらダラダラとベッドの上で漫画を読んでいた。


そう、いつもならそんなふうに一日を終えるはずだった。外に出るのあんま好きじゃないし、夏ならなおさら。―だけど。そんな時、突然俺を気持ちよく冷やしてくれていた冷風が唐突に息を止めた。

最悪なことに、夏休み初日にしてクーラーが壊れたのだ。




ありがとうございましたー、そんな気だるげな店員さんの声を背に涼しい店内から夏の日へ踏み出す。……あぁ、ジリジリと焼かれるこの感じ。どれほど経とうが好きになる日は来ないだろうな。


レジ袋の中にはソーダ味のアイスが一つ。せめてもの暑さ凌ぎに、と買いに来たはいいが正直アイスで得られる冷感より外の暑さの方が勝ってる気がする。もういいや、とにかく早く帰ろ………と若干歩幅を広めて歩いていると向こうの道路になにか大きな物体が落ちているのを見つけた。物体は近づくにつれ、徐々にその輪郭が明らかになっていって……やがて、それは物体ではなく倒れた女の子だとわかった。



「…………え、」



―それが、全ての始まりだった。



なに、この時期なら熱中症とか?対処とかどうすればいいんだっけ、とりあえず冷やせばいいのかな、あと日陰に移動させて、あ、まず声かけないと。


「…………あの、大丈夫ですか」


ぐるぐると色々考えながら声を出す。……顔、赤くはないな。むしろ白い方―これ、大丈夫なやつかな………


いざとなったら救急車、そう心の中で念じながらポケットの携帯を取り出そうとした瞬間。



「………あんた、うちが見えるん?」



さっきまであたかも死体のように倒れ伏していた女の子が急に声を発したかと思えば、ケロッと何事もなかったように普通に立ち上がった。



「見えとるんやろ、あんた」

「あ、え、はい………?」



無事でよかったという安堵と、いや紛らわしいなという苛立ちと、"見える"ってなにという困惑と。まぁ、要するにその時の俺はだいぶ混乱していた。



「…うちが見える人がおるなんて」

「えーっと、あのー……?」



突然、女の子がにっこりと笑う。そういやいっぱいいっぱいで顔ちゃんと見てなかったけど、結構かわい―


と、思った刹那。彼女は俺の手のレジ袋を強引にひったくると一目散に駆け出した。



「は、」



あまりにも突飛な行動に、思わず身体が固まる。十数秒経ってようやく思考回路が動き出した時には、もう彼女の後ろ姿は小さくなっていた。


え、どうしよう俺のアイス。いや別にお高いやつでもなかったけど、……………待て。確か、あの袋って財布も入ってなかったか?



財布の中身―全財産。学生証。溜まったレシート。ドラッグストアのクーポン。ファストフード店のポイントカード。…………あと、写真。



「取り返さなきゃ………っ、」



慌てて少女の姿を探す。黒い髪を二つ括りにしていて、この時期には暑いだろう白いパーカーを羽織った、黒いセーラー服の少女―


いた!!



「待てっ、返せ俺のもん!!!!」



生憎インドア派に体力や脚力なんてものはなく、女の子との距離はみるみるうちに離れていく。追いつくのは絶望的か。いや、でもせめてアレだけでも、…………まずい、角曲がった!


息を切らしながら、睨みつけるように彼女の影を探す。どっちだ、どっちに行きやがった。


すると、突然背後から快活な声が聞こえた。



「鬼さんこっちら、手の鳴る方へ!」

「あいつ……ッ!」



咄嗟に手を伸ばすも、虚しく虚空を切る。彼女はそれをケラケラと笑い飛ばしてまた走り…………出しはしなかった。



「あんた、これが欲しいんやろ?うちと取引しようや」



レジ袋をこれ見よがしにぶら下げて、煽るかのように言う。



「……そもそも、それ俺のなんだ―」

「うちな、幽霊やねん」



………なんて?



「証明したろか?せやな〜……例えば、車に轢かれてみるとか」



そう告げて、目の前の信号を渡り始めど真ん中で立ち止まった。ご丁寧にレジ袋を下に置いて。……信号の色は、赤。そして向こうからは………トラック。



「っおい、危な、」



連れ戻そうと手を伸ばしてももう遅い。クラクションさえ鳴らさないトラックが、彼女を轢いて………


……轢い、て、



「な?ピンピンしとるやろ?」



袋を回収して、まるで何事も無かったように彼女が戻ってくる。………今、確かにトラックは彼女を轢いた。空想をそのまま見せられているような現実に、頭がクラクラしてくる。



「やから言ったやん。幽霊やねんて」



―あぁ、俺は夢を見ているのだろうか?



「まぁうちが幽霊なのは置いといて」

「置いとけるか!!」



思わず秒でツッコんでしまう。くそ、地味に嬉しそうにしてるのが腹立つ。



「取引内容やねんけど。うちを成仏させられたら、返してあげてもええよ」

「………そんな、漫画じゃあるまいし」

「あー、なんやっけ?事実は漫画よりも奇なり?」

「小説な」

「そうそれ!きっとうちにも未練があるんやろうなぁ」



未練。………全然、そんな風には見えないけど。



「きっと色々楽しんだら安心してお空に逝けると思うんやけど。……手伝ってや、お願い!」

「お願いじゃなくて脅迫なんだけど。……わかった、わかったからもう返してくれ」

「えー?先払いがいいん?せっかちやなぁ……まーいいわ、はい」



そう言って袋をこちらに投げつけてくる。……くそ、アイスもう完全に溶けてんじゃねえか。



「じゃあ明日の11時に広場集合な。あ、そうそううち円夏って言うねん、どうぞよろしゅう」

「………方城響哉」

「響哉かぁ。………逃げたらあかんで?」



すると、円夏がパーカーのポケットから見せつけるように何かを取り出した。


―それは、財布の中に仕舞ってたはずの、写真で。


「お前……っ、」

「"お前"やない、円夏ちゃんや」



あぁ…………どうやら、今年の夏休みは退屈とは程遠いものになりそうだ。

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