並行世界から来た先輩
スイッチ
秘密等価交換ゲーム
この世に産み落とされて早いことだが十七年。底とは言わないものの天とも言えない間の人生を歩いてきた。短き道を振り返れば日本男児たるもの告白は自分からするものであろう、男の有り様を見せる一世一代の機会であるのだと教え込まれてきたし二時間前までの僕ならばそう考えていたことだろう。
だがしかし。
そんな固定概念など夏目先輩から話したいとの誘いを受ければ音を立てて崩れてしまうものらしい。どうせなら冴えない男子学生がかぶりついたカステラのようにぼろぼろと崩れるがよい。南無三。カステラでは音が立たないので煎餅が如く崩れるがよい。
だいたい、時代は平等社会を迎えようしているというのだ。何が楽しくてうら若き高校男児が夜な夜な愛の告白の練習をしなければならない。楽しいのは始めの十分だけである。
これまでに僕を含めた大多数の老若男女が型にはまった恋の形を、強いて言うのであれば恋の大判焼きをなんの疑いもなしに享受していたのではないだろうか。はふはふしていたのではなかろうか。恋は盲目と言うがそれは淡い恋の迷宮に彷徨い冷静な判断ができないことを指すのではなくステレオタイプな恋情にうつつを抜かす者を憐んだ言葉であるようにも思える。
幼少の頃より恋は甘いのだと聞かされてきたはいいが、それが嘘だと気付くのに十年もの月日を費やしてしまった。僕の数少ない人生経験によって分かったことを挙げてみれば恋とはカステラや大判焼きのようには甘くないという酷い事実ぐらいなものであり、もっと早く親の優しい嘘を見抜いていれば、さっちゃんを泣かせることはなかったのであろう。だが聞くところによると恋を超えた先にあるもの、いわゆる愛とやらは苦くもあり甘くもある至極の菓子であり地獄の火事だとか。
少し長くなったが最後に僕は女性からの告白があってもなんらおかしな点はないことを主張したい。時代は男女平等社会。つまり、かの夏目先輩からの告白があってもおかしくはないはずだ。然るに夏目先輩からの告白を受けようものなら僕はその申し出を二つ返事の二文字返事で聞き入れるにやぶさかではないのである。寧ろ夏目先輩との愛を育むのに前向きな所存である。
「ごめーん!お待たせ!結構待たせちゃったね」
振り返れば夏目先輩が息を切らしたまま軽く前屈して頭の前で合掌している。熱心な仏教徒なのかしらと思った僕は修行僧に張り倒されてしまうべきだろう。
「いえいえ、僕も今来たばかりです。この公園は家が近いので」
「そかそか。そりゃよかったよー」
二割ぐらい嘘をついてしまった。いや厳密にいえば嘘ではない。家が近いのは本当なのだし、家と公園とを八往復したことさえ除けば今来たばかりというのも偽りではなくなる。
「どうしたの?締め切り間際の文豪みたいな顔だよ」
「あぁすみません。少し考えごとをしてました」
驚いたことに先輩は私服でない。ひと目で分かる。というのもウチの高校の制服だ。僕だけ私服で来てしまったようだ。何を着て行くかに思考を割きすぎてそもそも私服を着て来ないという発想がなかった。いやいやこればかりは仕方がないというもの。シャワーを浴びた後にもう一度同じ服を着るのは違和感を覚えてしまうし、それに先輩は公園から家が近いわけでもないのだろうから着替えている余裕がなかったのかもしれない。私服姿が拝めなかったのは仕方がないことだ。……待てよ。制服のままだということは、すなわちシャワーを浴びてないということ。息を切らしている。つまり汗をかいている。これは最適解じゃないのか。僕は特に汗だくの女性にフェチズムを感じはしないが汗を垂らした夏目先輩が目の前にいると思うと何かこう、得体の知れぬ高揚感に身を包まれる気がする。
「ぶひゅー」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫大丈夫!ちょっと走ったら汗かいちゃってさ。いやー流石夏だよ。まだまだ暑いねえ」
先輩の短い黒髪が汗で艶が出ている。僕はボブとショートカットの違いは分からないけれど今の状況に一番似合う髪型がこれなのだと断言はできる。
「ところで僕はなぜ呼ばれたのでしょうか」
「おぉおぉ、そうだったね。いやいやこんな夕飯時に呼び出しちゃってごめんよ……んー。取り敢えずさ、ゆっくり話でもしようよ。ほらそこのベンチでも座ってさ」
話をしよう、か。なんとかして気の利いた一言一言を捻り出さねばならない。巷では告白前の会話は武士の命のやり取りに通ずるものがあるという。
「ほいほい、おいでよ」
「あ、はい」
街灯下の木製ベンチ。夕陽に焼かれている。さきに腰を掛けた先輩は深く背にもたれにんまりと笑みを浮かべている。先輩は緊張してないのだろうか。
「門限とかってある?」
「命さえあればいつでも帰って来いというのが母の口癖です」
「にひひ。いいお母さんだね。大切にしてあげてよ?じゃあゆっくり喋れるね」
「そうですね」
夏目先輩の前だと何でこんな緊張するんだろう。受け答えするだけで精一杯。一手でも間違えれば死にそう。
「いきなりなんだけどさ」
「はい」
「秘密とかってあったりする?」
「秘密ですか?」
「うん。これくらいなら言ってもいいなぁってやつとかこれだけは隠しときたいなってやつ。どんなのでもいいんだけど」
「それは……いくらでもありますけど。先輩はないんですか?」
「むふふ、ありますぞ。うん、じゃあ問題ないね。よし!今から秘密等価交換ゲームをします!」
「……秘密等価交換ゲーム⁉︎なんですかそれ」
「あらら、知らない?」
「初めて聞く言葉です。もしかして有名なんですか?」
「全然!だって私が今考えたし」
「今考えたの⁉︎」
即興自作遊戯を後輩に押し付けるとかどんなメンタルしてるんだこの人。間合いの詰めかたなんてもう宮本武蔵だろ。
「まあまあ。騙されたと思ってやってみようよ」
「いいですけど。名前からだとルールが見えてきません」
「大丈夫大丈夫そこは考えておきました。三分考えておいたものがこちらになります」
「お料理番組の秘技をやすやすと使うな!」
「なははは!」
先輩は万年箸が転んでもおかしい年頃らしく何を言っても笑ってくれる。以前先輩の同級生らしき人のコンパス歩行というどう転んでも面白くなさそうな、いや転びさえすれば面白いであろう一発ギャグを腹が捩れるほどゲラゲラ笑う気概を見せていた。そう思えばこそ先輩にはどんなにつまらない親父ギャグでも言えてしまう雰囲気がある。
「まずね、じゃんけんをします。それで勝った方が秘密を暴露します。それは大でも中でも小でもどんなのでもオーケーだよ。そしてここからが肝なのです!負けた方は勝った方と同価値相当の秘密を暴露する!これを何回か繰り返します」
「なんですかその精神破壊ゲームは」
「なんでいなんでぇ!ケチつけようってんかいこんにゃろー!」
「うわっちょ、暴れないで!江戸っ子にならないで!冗談です!うわぁよく考えたら面白そう!」
「棒読み……」
「でもでも!なんで勝った方から言うんですか?負けた方な気がするけどなぁ!」
「お?よくぞ気付いてくれたね!さすが私自慢の後輩君だよ!」
いつのまにか後輩から自慢の後輩に格上げしたぞ。
「秘密を言うのってマイナスな雰囲気あるでしょう?だからゲームを盛り上げるために積極的に暴露しようよってことなんだよ!それにゲームって言ってもこれは勝ち負けなしの盛り上がるためだけの遊びだからね」
「おぉ!さすが夏目先輩!」
こういう細かい配慮ですら前向きなんだよな。
「ははは!もっと崇めたまえ!」
「よっ天才!夏目先輩の企画力は世界一!」
「褒めたって何も出ないぞこのぉ!よし、じゃあ始めよう」
「いきなり真剣になるのやめてくださいよ」
「はい!せーの!」
「ちょっ、もう始まるんですか」
「さいしょはグー!じゃんけん、ポン」
「ぽん」
「おっ!私の勝ちだね。じゃあ今回は三ラウンドってことで」
最初は夏目先輩からか。ルールに慣れてないうちは後手に回るのが有利だろうから結果オーライ。
「じゃあ一つ目ね。私、実は結構嘘つき」
なんかぱっとしない。
「自己申告の嘘つきほど信用できないことはありません」
「うげ。じゃあどうしろって言うのさ!」
「……例えば……どんな嘘をついたことがあるか、とかですかね」
「おぉ、いいじゃんそれ。そうだね。妹の下着を私のだって言い張って貰い受けたことかな」
なんか小さい気がするけどいいのかこれ。
「まぁ……及第点なんじゃないでしょうか。それと妹さんには返してあげてくださいよ」
「よっし!」
子供みたいに喜ぶなあ。まだ子供ではあるのだけれど。
「じゃあ、お次どうぞー」
夏目先輩のはなんとなく小の秘密って感じだから。
「僕は……たまに妹のプリン食べてます」
「なははは!小さい小さい!」
「そんな笑わないでくださいよ恥ずかしい」
「だってそれを秘密って言うんだもん」
「おあいこですよ」
「よし!二週目のじゃんけんだよ」
「さいしょはグー!じゃんけん、ポン」「ぽん」
「僕の勝ちですね」
「あぁ、ああ、負けてしまった」
「なんでそんな落ち込んでんですか」
「じゃんけんがちょっと強いのが唯一の取り柄なのに……」
「じゃあ僕からですね」
「さぁなんでも言いたまえ!私はどんな酷い秘密でも受け入れる覚悟があるぞ!」
「……そうですね。僕、本当は小説が好きじゃないです」
「えええ!そうなの⁉︎一応私達文芸部だよ?」
「一応って」
「だって、いっつも部室で読んでるじゃん」
「あれは漫画です。分からないようにカバーしてます」
「そうなんだ……え、じゃあなんで文芸部に入ったの?」
「それは……何もしないでいいって聞いたからです。ほらうちの学校って一年生はどこかの部活には所属してないといけないじゃあないですか。それで迷ってる時に文芸部は運動部の墓場だって聞いたんですよ」
「墓場?」
「運動部で重い怪我をした人とか厳しい練習が嫌になって辞めた人が形だけ入部するからです。幽霊部員ばっかだから墓場」
「おぉ!なかなか上手いことを言ったもんだね」
普通に言うんだけどな。まぁ喜んでるからいっか。
「それで実際に入ってみると愉快な先輩が居たって訳です」
「それ私のこと?」
「もちろん」
「でも先輩も文学とか興味ないように見えますけど」
「そりゃまぁね。そう見えても仕方はない」
この人基本的にポテチ食べてばっかだからなぁ。
「何で文芸部に入ったんですか?」
「言われたんだ先輩達に。ここは天国だって。文化部だから練習もないし好きな時に来ればいい。顧問の先生も月に一度しか来ないからお菓子は食べ放題で遊び放題の日々が過ごせるってね」
天国と墓場だなんて物は言いようだ。
「じゃ次私ね。うーん、何にしよっかな」
長考しているようだ。
「あ!そうだ!」
「良いのがあったみたいですね」
「ふっふっふ。こいつはなかなかヘビーなスクープだぜ旦那ぁ」
「なんと驚き!実は私!クォーターです!」
「え?まじっすか⁉︎」
「まじです」
「まじか……」
「まじなんです」
綺麗な顔立ちだとは思っていた。そんな顔をしたのだろう。先輩が「お母さんがアメリカと日本のハーフなんだ」と付け加えた。それでもいわゆるハーフとか外国を感じさせる顔つきではない。言われてみればどことなく分かるぐらい。
「全然知りませんでした」
「まぁね学校の人には殆ど言ってないし」
二週目にしては強い暴露をされてしまった。というか等価交換的には大丈夫なのだろうか。天秤の皿が夏目先輩の方に傾いているように思えるのだが。
「よしよし。じゃあ最終ラウンドいってみましょうか」
「せーの!「じゃんけんポイ!」」
「はっはっは!天は私に味方したようだね!」
「ちょっとちょっと!勝ったからってクラーク博士のポーズ決めないでください」
「いいじゃないか少年。誰が見てるわけでもなかろうて」
「いやそこら辺に……」
誰もいない。
「そうなんだよ。この公園ね、これぐらい日が暮れるとあんまり人が来ないんだよ」
やっと座った。
「じゃなきゃ何のために私がここに呼び出した思う?こんな無人の公園に」
誰にも話を聞かれないため?
え?
告白?
されるの?
このタイミングで?
「最後の秘密だったね。私はパラレルワールドから来ました」
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