第20話:授業も時には役に立つ
戦闘開始――!
俺は右前方、マースルは左前方に駆け出し、その中央に開いたスペースには。
「《フレア・アロー》――ッッ!」
レオの杖から、無数の小さな炎の矢が放たれ、前を歩いていた二匹のグールを襲う。
「「アゥーーッ!」」
一つ一つが致命的な熱度を宿した矢がグールに突き刺さり、灰色の体を燃やし、黒い炭に変えていく。
「ウラァ――ァァァ――ッ!」
肉が焦げた嫌な臭いを背後に置き去りにし、雄叫びと共に、残ったグールへ駆けよる。
俺が近づくや否や、急に動きが俊敏に変わり、迎え打つ態勢にはいるグール。
真剣の間合いまで接近した瞬間。
右足に重心をかけ、腰を捻り、腕にエネルギーを伝え、神剣を振り下ろす!
「――――――ッッ!」
神剣の刃、灰色の体を食い破り、水気のなく干乾びた上半身を肩から腰に両断する。
肉を断った感触を手から払いのけるように、大きく血振りし。
次の獲物に探そうと顔を上げた、その時。
視界の端に赤黒く汚れた鋭いものが写り、とっさに剣を持つ手を上げ。
俺の顔を蹂躙するべく振り降ろされたグールの爪を弾く!
「っぶね!」
爪をはじいた勢いで後ろに数歩、たたらを踏む。
見ると、相手のグールも衝撃に耐えきれず、態勢を崩している。
好機! 俺は神剣を持つ手に力を込め、右足を前に踏み出し、剣を振り上げ。
――勢いよく横に跳び、地面に転がり込む。
「なめんな! こちとら、お前らの情報、サオリ先生から嫌ってほど叩き込まれてるんだよ!」
一瞬前、俺が立っていた場所に目を向けると、そこには黄色い液体が滴っており、生えていた背の低い草を容赦なく溶かし、煙を放っている。
――酸だ。
グールの攻撃手段は鋭い爪と牙、そして口から吐き出される強力な酸の液体。
転がり、地面に背を付けた状態から立ち上がろうとすると。
それはさせん、と態勢を立て直したグールが足を上げ、踏み潰そうとする。
急いで剣を胸の前に持ち上げ、グールの足と俺の体の間に滑り込ませる。
「ッツン!」
成人男性ぐらいの体格をもった、グールの体は重く、腕の骨が軋み、痛みを覚える。
それでも、足を押し返すことが出来ず、腕の限界が刻一刻と近づき痙攣を始め、剣と体の間隔がじわじわと侵されていく。
「グッ――ッ」
顔を上げると、太陽さえも覆い隠す、鬱蒼と茂る暗い木々たち。
そして、その黒を背景に魔物のニタニタとした下卑た笑みが、目に入る。
――もう勝った気でいるのかよ。なめてんじゃねーぞ!
俺は素早くアシュラに大量の魔力を与え、神剣を“強化”し。
一瞬、力を緩め、勢いよく刃を回転させ、グールの足裏を斬りつける!
「うおぉぉおぉぉぉぉぉおぉぉ!」
膨大な魔力を喰らった神剣の刃は怪しく光り、先ほどまでとは比べ物にならない程の切れ味を誇る。
足裏の肉を斬り割かれ血を滴らせているグールは、立ったまま膝を抱え。
歯を食いしばった隙間から腐敗臭が漂う息をはく。
今度こそ。俺は震える腕に力を入れ立ち上がり剣を構えると。
グールは怒りの形相を浮かべ、爛々と輝く赤い目で睨みつけてくる。
ザザザとすり足で間合いを測り、目の前の魔物を両断すべく、剣の柄をぎゅっと握り。
「いただきー!」
という声と共に放たれた短剣がグールの喉に突き刺さる。
苦しそうに喉を掻き、息を吸おうと懸命に口を動かすが、徐々に弱々しくなり――絶命。
呆気にとられたまま、短剣が飛んできた方向に顔を移すと。
「ははは、今回は苦戦してたねぇ、アキラ」
勝利のブイサインを掲げ、眩しいほどの笑みを浮かべるリアムの姿が。
どうせなら自分でとどめまで刺したかった、という恨み言を飲み込み。
「ありがとう、助かったよ」
ともう一つの本心を口にする。
「いーよ、お礼なんて。仲間じゃん」
と照れくさそうに笑う
「マースル達も終わってるよ」
見ると、胸に大きな風穴を開けたグールの亡骸が二つ。
そして、その近くに他の二人の仲間の姿が。
「今回は俺の方が倒すの早かったな。俺の勝利だ!」
「あのあの、アキラさん。回復魔法いりますか?」
全く知らされていない勝負の勝利を誇らしそうに口にするマースル。
なぜかモジモジと膝を擦り合わせながら心配の声をかけてくれるレオ。
見た目ショタのエルフと図体がでかく筋肉だるまの只人。
この二人が並んでるとイケない考えが湯水のごとく浮かんでくるな。
「ん~と、怪我はしてないから大丈夫だよ。……それとマースル! 次勝つのは俺だ」
心優しいレオには微笑みを、マースルにはピシッと指をさし声高々と宣言する。
男には、下らない勝負でも受けなければいけないことがあるのだ。
――ちょっと、そういう勝負、冒険者っぽくて憧れていたし……
* * *
俺たちは素早く装備の点検をし、さらに奥へと向かう。
受けているクエストがゴブリンの討伐だとしても、出会った魔物は善意で皆殺し、が冒険者の暗黙の了解らしい。
まぁ、手に余るようなら逃げても特にお咎めは無いようだが
「そういえば、レオがさっき使った魔法って何なの?」
集中を乱さない適度な雑談はパーティの精神状況を落ち着かせると教わった――当然、サオリ先生に――ので、頭に浮かんだ軽い疑問を口にしてみる。
「さ、さっき使った魔法、えっと……ふ《フレア・アロー》のことですか?」
名前までは覚えてないが、なんか矢っぽいのが飛んでいたし、そうだろうと思い「それそれ」と肯定する。
「ん~と、炎系の中級魔法……ですけど」
「え! レオも俺と同じ、駆け出し冒険者なのにもう中級魔法使えるの⁉ 凄ぇ~」
俺は驚きのあまり、身をレオの方に傾け、顔を近づけていたらしい。
言い終わると、眼前に顔を真っ赤に染め、ぷるぷると長耳を揺らすレオの姿が。
「おっと」
スッと上半身をもとの位置に戻し、「ごめん」と謝ると。
「いえ、大丈夫です」と小動物のような笑みを浮かる。
「ぼ、僕は一応、エルフなので……魔法は得意なんです」
「へぇー、いいな。俺なんて初級魔法すら使えないんだぜ。魔法が使えるだけ羨ましいわ」
頭の裏で手を組み、天に向かって恨みがましく口を開く。
と、その言葉にレオではなくマースルが答える。
「いいねぇ~アキラ、俺もお前と同じようなこと考えてた時あったわ!」
可笑しそうに俺の背を叩き、ガッハッハと豪快に笑う。ちょっ、痛いからやめてほしい。
「ん? なら、マースルも魔法が使えるのか?」
「………」
そう問いかけると、バツが悪そうにバリバリと頭を掻き。
「使えるにゃあ、使えるが……」
と歯切れが悪い言葉を口にする。
「どうかしたの?」
「う~ん、まぁ見てもらった方が早いな」
口で説明するの苦手だし、と言うと、進めていた足を止め、ゆっくりとした動きで手を体の前に突き出す。
「先に言っとくけど、期待はするなよ」
と、大成功のフラグを立て、すぅーっと大きく息を吸い、一言。
「《フレア・ボール》ッッ!」
炎系の初級魔法の名を口にする。
と、突き出したマースルの掌の上に、太陽と見まがうほどの光を発する灼熱を帯びた炎球が発生する。
「お、おぉ! すげぇ。すげえじゃん、マースル」
興奮した様子で彼の背を叩くと、「おう、そうか」と微妙な返事が返ってくる。
ん? 疑問に思い、再びマースルの掌の炎球へ目を向けると。
そこには驚きの光景が――
「あれ? なんか小さくね?」
初めのピカァーと突き刺さんばかりの光で錯覚を起こしていたが。
再び目を向けてみると、そこには、物凄く小さい炎球が弱々しく燃えている。
あえて比べるならライターの火といい勝負。
「えーと、マースル? ここから大きく成長したりとかは……」
「しねえ」
「実はすごい威力を秘めてたりは……」
「ねえよ」
不機嫌そうに俺のフォローと言う名の火に油な質問に答えると、「はぁ~、もういいだろ」と誕生日ケーキの蝋燭でも消すかのように息を吹きかけ炎球を消滅させる。
――息で消えるってライターの方が強いんじゃね。
俺の憧れてた魔法って……。
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