無人駅

Fluoroid

切符なんて売ってない

「君はさ、殺人が罪だと思うかい?」


 唐突にそう言われ、少々驚く。


「え、何、急に。怖いなあ」


「ね、答えてよ。……やむを得ない事情があったらさ、人を殺してもいいのかな?」


「…………いや、どうだろう。どんな事情があろうと、誰かを殺したらおしまいじゃないのかな。ほら、どれだけ性格がアレな人でも、殺してしまったら殺人罪で捕まるぜ?」


 とある春の日、高校の最寄り駅の構内での一幕。この嫌になる程の超ド田舎にあるこの私鉄は、一本乗り過ごすと少なくとも1時間は待たされる。

 今日は非常に運が悪いのだろう。僕らは2時間近く待たされる羽目になった。


「…………そうかな。……そうか、うん、そうだよね」


「逆にさ、そうじゃなかったら法律なんてないでしょ」


 あ、何を考えてるかわからない顔をした。まるで悪戯を思いついたことを隠そうとする駄々っ子みたいな顔。


「じゃあ、誰かを殺してでしか、生きられなかったとしたら?……自分が生き残るために誰かを殺したとしたら、それは罪に値するの?」


 僕は返事に詰まる。

 その横顔がとても疑問に思っている顔じゃなかったから。どうしようもない、遣る瀬無いような、何かを思い出したかのような、そんな顔をしていた。


「やむを得ない事情って、そういうこと?」


「端的に言えば、そう」


「ふーん」


 髪をいじるフリをする。その実、どう答えれば良いのかがわからないだけだった。

 もうすぐ春になる。風は日に日に暖かくなり、地域によっては桜が見頃なのだとか。


「……きっと、それを決めるのは僕じゃない。『———』がさ、決めたら良いんじゃないの?」


「あ、逃げたな」


「そう言わないで、僕だって返事には相当迷ったんだぜ?」


「ほーん。……じゃあ、聞き方を変えるね。……君はさ、どう思うんだい?」


 どう思うって、言われても。


「…………やむを得ないなら、仕方ないんじゃないでしょうか。……うん。どう言えばいいんだろう。人は命を奪わずには生きていけないモノだし」


 自分でも上手く言えなかったって事の自覚はある。しかし、隣を見ると、目を閉じて少し考えているようだ。


「きっと、君なら許せたんだろうな」


「え?」


「いや、なんでも」


 それだけ言うと立ち上がり、自動販売機へ飲み物を買いに行った。

 別にそう遠くない位置にあるから、数十秒もないうちに缶ジュースを片手に戻ってきた。


「……僕には、何があって何を考えてるかなんてわからないけど。……自分の命が一番大事だよ。誰にとってもね」


 その目を見ることは出来なかった。


「…………それで、いいのかな」


「良いんじゃない?……ほら、別に殺しまでは行かなくても、誰かに迷惑かけることなんてよくあることだし」


「……」


「ほら、隣のクラスの田中なんて、いつも教科書借りに来るじゃないか。……そんなもんなんだよ。別にそれを嫌がる奴なんていない訳だし」


「…………うん」


 それだけ言うと、手に持ったドリンクを飲み干した。そしてその空の缶をゴミ箱に捨てずに踏み潰す。ベゴッ、と軽い音が誰もいない駅に響き渡る。


「……今日はごめんね。急に変なこと言って。……じゃあ、これからもよろしく。迷惑、これからもかけると思うけど」


 そう言って朗らかに笑った。

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