「人を、骨に変える魔術……?」

 そんなもの、聞いたことがないわ。私はそっと首を捻る。

「骨になった人間は、小さなひつぎに変わるんだって。で、棺にはひとつ、高価そうな宝石がはめ込まれてるんだとか」

「夢物語ね。そんな限定的すぎる魔術、私用目的で創作された異端の術に決まってるわ」

「まぁ、キミならそう言うと思ったよ。アサミ」

 私は甘く腕を抱いた。

「で? あなたそんなものを身に付けたいだとか言うんじゃあないでしょうね?」

「まさかだろ」

 目の前のこの男は、ハハッと軽く笑い飛ばした。なんだってのよ、まったく。

「何人かの人間が、そうやって骨に変えられてさらわれている事件が流行ってるんだ」

「流行ってるゥ? ファッションみたいに言わないでくれない? 魔術はそんな軽いものではないのよ」

「まぁそうなんだけどさァ」

「それに。浚われてるってどういうこと? 骨になるっていうのは死んだも同意じゃあないわけ?」

「冷凍状態、って言えばいいかな。蘇生魔術で戻るようなんだ」

「蘇生魔術ゥ?!」

 ズズ、と啜られるブルーマウンテン。不可思議な匂いがするわ、私は好きになれない。

「そんなもの、他に誰が身に付けられたっていうのよ!」

 ダン、とカウンターを殴ってしまった。うっかり。あぁもう。

「だからこうして、唯一蘇生魔術の使えるキミを訪ねたんじゃないか」

 苦虫を噛み潰したような、古傷が痛むような、嫌な感触が胸にジクジクと浮かぶ。

「ソイツを叩けないだろうか。アサミ」

「知らないわよ」

「キミの魔術の腕をかってるからの発言だ」

「蘇生魔術なんて気軽に使えないわ。それに、私はそういうのに荷担できない」

「じゃあどうしていつまでも現世に留まってる?」

 眉を寄せて、目の前の男を睨む私。私が幽霊だってこと、そんなに気にくわないのかしら。

「なんなの、結局何が言いたいわけ? 私は縁もゆかりもない人のためになんて魔術を使わないわ」

「ガクヒトかもしれないんだ、その犯人」

 寄せた眉が、そっと離れる。

「ガク、ヒト?」

 あの時切り別れた、団員の一人──ガクヒト。私のことを守ってくれたのに、逆に突き放してしまった、私の大切だった人。

「なん、なんで、ガクヒトが……」

「わからない」

 ブルーマウンテンを啜る、目の前の男。

「ガクヒトが、殺人を繰り返してる……っていうの?」

 脳裏を巡る、あの闇夜の出来事。

「あれから何年経ってると思っているの? 五〇年よ」

「それはキミにも当てはまるよ、アサミ」

「…………」

 腹立たしいわね、この男。どうしてこんなに、私の触れられたくない部分ばかりに触れてくるのかしら。

「蘇生魔術の反動が、キミを現世に留まらせている。でも、もう一度蘇生魔術を使えば、もう一度反動が──」「やめなさい!」

 遮った声に、目の前の男は肩を竦めた。

「蘇生魔術は使わない。でも、ガクヒトの暴走を止めるのは、私の役割よ」

「協力、してくれるね?」

「逆ね」

 羽織っていたショールをしっかりと羽織り直す私。

「あなたが私に協力するのよ。カケル」

「どうして、俺の名を……」

「読心魔術。私、昔から使えるのよ。なんなら、あなたの好みの体位だって読めてしまうわよ」

 意地悪く笑ってみせる。うげぇ、と唸るカケルは、ブルーマウンテンを煽ることで顔を隠した。



 闇夜に消えた道化師を捜して、私は死ねない身体になってしまった。

 これは、始まりの始まりの小さなお話。


 血に染まった道化師を、私が救い出すお話。









   【runaway】に続く

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