道化師は闇夜に消ゆ

佑佳

 ぼくは、五体満足で生まれた。

 小さく生まれ、みるみる大きく育った。

 樹木のようにスルスルと背が伸びて、みんなを見下ろす時間の方が長くなっていった。


 ぼくは、感情を出すのが上手くないらしい。

 いつも何を考えているのかわからない、と言われる。

 でも嬉しいときはそう言うし、怒っているときは無口になる。


 ぼくには、ずぅっと前から好きながいる。

 艶やかな黒くて長い髪で、その毛先がくるくると縦にカールしている。

 ぼくには『無い』らしい表情を、ぼくの代わりに示してくれる。



 あのだけは、いつだってぼくの心をわかってくれる。



       ◇ ◆



道化師ピエロさん」

 柔らかい、彼女の声。白塗りに化粧を施した瞼がググ、と持ち上がる。

「…………」

「あは、喋っちゃダメなんだったよね。ゴメンなさい」

 口元を緩く抑えて、彼女が肩を小刻みに揺らす。毛先の縦カールがフワフワと過剰に揺れる。

「追加の風船、持ってきたわ。今度はあっちの方歩いてみようよ」

「…………」

 小さく頷くぼく。表情は、相変わらず変わっていないらしい。


 白い手袋に包まれたぼくの左手を、彼女はキュンと握って、ぼくと同じ歩幅を意識して歩きだした。

 当然、ぼくの方が彼女よりも二〇センチ以上背が高いのだから、ぼくの方が歩幅がある。それに彼女は利き足である右足が義足だ。そんなに大きく歩幅は取れない。

 そんなわけで、ぼくの方が歩幅を小さくしなければならない。

 これは、いつものこと。息をするのと同じレベルの自然な行動。だから気を使うとか、そういうことは一切感じない。お互いにそういうものだと知らぬ間にすりこまれ、生きてきたのだから。


「あ、人がいるよ」

 彼女が左手で眼前を指す。繋いでいた手を何の気なしにほどき、背負っていたアコーディオンを胸の前へと持ってくる。

「じゃあ、始めよっか。客引き」

「…………」

 彼女のアコーディオンのツルリとした茜色を、一目だけチラリと見て、ぼくは腹のそばに提げたポシェットから、紙束を取り出した。


 左手には紙束、右手には飛べてしまうのではないかと思うほどの風船。

 頭には愉快な色味のアフロヘアーのウィッグ。

 ロンパースつなぎのような赤い服は、オーバーサイズで多少動きにくい。

 大きなマシュマロのようなまんまるボタンが胸に五つ。


 ぼくはそんな格好をした道化師ピエロなんだ。




 ズンチャッチャ

 ズンチャッチャ

 ズンチャッチャッチャ


  レーヴ・サーカスやってきた

  愉快な友達やってきた

  抱腹絶倒のステージショウ

  きみの笑顔をいただくぞ


  レーヴ・サーカス観においで

  愉快な一夜が始まるよ

  奇想天外なステージショウ

  きみの笑顔をいただくぞ


 ズンチャッチャ

 ズンチャッチャ

 ズンチャッチャッチャ




 彼女が奏でるアコーディオンからの三拍子。それに乗せて、彼女はにこやかに歌う。

 彼女が歌うと、人々は誘われるようにやってくる。ぼくは、やってきた人々へ風船やビラを配る。

 ピエロのぼくは、無言の無表情を徹しているのが仕事。顔面に塗りたくった厚化粧が、ぼくの代わりに笑っているし、泣いているから。

 彼女は歌うのを止めない。

 ぼくも寄ってきた人々へビラ配りを止めない。

「今夜一七時から公演します! よろしくお願いしまーす!」

 歌の合間に、彼女はにこやかに叫び伝える。たくさんお客が入るといいね──ぼくはチラリと彼女を見て、微笑ましく思った。


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