俺と僕の英雄
チョコチーノ
光の物語
始まりは、俺たちが住んでいた村が魔物たちに襲われた事件だった。
あの時の光景は、忘れもしない。
獣の形をした魔物は畑や家屋を踏み荒らし、鳥の形をした魔物は天空から人々を攻撃していた。
俺が好きだった食堂も、俺が通っていた学び舎も、俺が通い詰めていた本屋も、俺が住んでいた家も、全てを破壊して回っていた。
当時俺は村の外れの森の中で、たった一人の親友を待っていた。
親友の名前は、ユウラ。女っぽい名前をしているけど、俺と同じ年齢のれっきとした男の子だ。
俺とユウラが何よりも好きだったのが、英雄譚だった。かっこいい英雄に、胸が熱くなるような物語。2人で一緒に本屋に駆け込んで、好きな英雄を発表し合ったりもしていた。
俺もユウラもただの村人で、ただの少年だ。英雄なんかにはなれっこない。
そんなことは心のどこかで分かってはいたけど、英雄に対する憧れはどうしても尽きることはなくて。
「危ないからやめなさい」と親に散々言われてもなお、ユウラと森の中でこっそりと英雄になるための剣の特訓をしていた。
「………おっそいなあ」
いつもはユウラが先に素振りとかして先に待っているのだが、この日に限って俺が一番乗りだった。
珍しいこともあるな、としか考えていなかった俺は、その辺にある石を投げてユウラを待っていた。
きっとユウラは、家を出ようとしている所を運悪く親に見つかってしまったんだろう。この秘密の特訓は俺とユウラの秘密だから、言い訳をするのに時間がかかってしまっているのかもしれない。
最初の頃は、そう考えていた。
でもユウラは、いつまで経っても来ることはなかった。石を何十回投げようといくら素振りをしようと、足音一つすら聞こえなかった。
(……もしかして、迷子になってるのか?)
それは考えにくかった。
そもそも、この秘密の特訓場を見つけてくれたのはユウラだったからだ。しかも猟師の父を持つユウラは、この一帯の森に関してとても詳しかった。
「この一帯の森は僕の庭だよ!」と豪語していたユウラが、森で迷ってしまうなんて思えなかった。
(……さてはユウナのやつ、ばれちゃったか?)
だとすると、俺がここにいるのは危ない。
ユウラが1人で森に行くなんて誰も信じないだろう。誰かと一緒にいくとなれば、親友である俺が疑われるのも時間の問題。
俺は、その最悪のケースを避けるために一目散に村に走った。
この時俺は、保身のためと言えばそうなのだが、ユウラが少しだけ心配だった。俺の親はただの農家だからまだいいとして、ユウラの親は猟師。怒ったら何をするのかわかったものじゃなかった。
だから俺が村に残っていることがわかれば、ユウラが受ける罰も軽減されるんじゃないかと思っていた。
今考えるとバカバカしい理論ではあるけど、俺の中で構築された最悪のケースを避けるために、ただただ我武者羅に森を走り抜けていた。
村にたどり着いた瞬間、俺の周りの時間が止まったのはそのせいかもしれない。
俺の考えた物よりも、村は最悪な光景に包まれていたのだから。
▼
「……あんた、まだ寝てないのね」
「うわっ! なんだ、ナターシャか……驚かせるなよ」
俺たちは今、魔王が支配する『
俺たちは、勇者だからだ。
俺たちは今、四人パーティーを組んで様々な土地を旅している。
俺の後ろから突然話しかけてきたナターシャも俺たちの仲間で『王都最強の魔法使い』と言われているらしい。
こんな最果ての場所まで俺たちが来たのは、「魔王を倒す」という固い決意があるからだ。
太陽が沈んでしまって夜になった
こんな時間帯に動き回るメリットは少なく、結論として魔王城に攻め込むのは明日になってからとなった。
いよいよ、俺の旅が終わろうとしている。
最終決戦を前にして、俺は興奮からなのか全く寝付けなかった。ただぼんやりと綺麗な星空を見上げて、こうして惰性に時間を浪費している。
きっとナターシャにとって、そんな俺の様子が目に余ったんだろう。早く体を休めろと催促しているように、俺には聞こえていた。
「で? 最終決戦直前の夜に人類の勇者であるラルフ様は何してるわけ?」
「厳しいこと言うなあ……何もしてないよ。寝れなくて」
「ふうん」
ナターシャはそっけない返事を返す。
初めて出会った時から口調は全く変わらないものの、この旅の中で長い時間と苦楽を共にして、随分と俺に対する風当たりは穏やかになっている。
ナターシャは俺の横に座り、静かに話しかけてきた。
「ねえ、全然興味ないから今まで聞かなかったんだけどさ」
「ん……?」
「あんた、なんで勇者なんて面倒な役してんの。選ばれた人間だー、みたいな事は聞いたことあるけど」
俺は一瞬、言葉を迷った。
確かに今までほとんど誰にも話していないし、別に隠すようなことでもない。でも俺にとっては、なんとなく言い辛い話題ではあった。
それを察したのか、ナターシャは慌てたように言葉を続ける。
「まあ、あんたが話したくなったらいいけど。別に興味な——」
「いいさ、隠すことじゃないしな」
「……そう」
変に気を使わせるのが嫌で、俺はとっさに立ち去ろうとしたナターシャを引き止める。
そして俺は、俺が住んでいた村で起きた大事件のことを話した。あちこちで上がる火の手。潰されていく建物。鳥獣に攫われていく人々。さらに、俺は幸運にも村ではなく森にいた事。
ありのままを、そのままナターシャに話していく。すると彼女の表情は、みるみるうちに曇っていった。
「……そう。辛いこと思い出させてしまったわね」
「いいさ、このくらい」
「で、その後あんたはどうしたの? 勇者らしく立ち向かったってわけ?」
ナターシャのその言葉に、俺は苦笑いを浮かべてしまう。当たらずとも遠からず、もしかしすると皮肉と言えるのかもしれない。
俺の表情に納得がいっていない様子のナターシャに、俺は静かに答える。
「いいや、逃げたさ。情けないけどな」
「へえ? あんたが?」
ナターシャにしては珍しい、驚愕を
それもそうだ。俺が正式に勇者として旅をしていた時には敵から逃げ出すことなんて一度もしなかった。ナターシャに、俺が敵前逃亡するような姿は想像できないだろう。
「一目散に逃げて……で、引き返したんだ」
「ふうん、やっぱり正義感からとか?」
「いいや。当時の俺には……たった1人だけ、親友がいたのさ」
ここまで言えば、賢いナターシャにはオチが読めるだろう。実際にナターシャの顔を盗み見してみると、「なるほどね」と言わんばかりの表情をしていた。
それを承知で、俺は喋り続けた。
「名前はユウラって言うんだけどな」
「ユウラ……ガールフレンドかなにか?」
「ははは……名前はあれだが、ちゃんとした男子だよ。一緒になって英雄譚を読んだり、剣の特訓とかをしたりした唯一無二の親友さ」
「何それ。案外あんたも子供っぽいのね」
「ほっとけ」
ナターシャはこうやって、すぐに茶化してくる。
……まあ、間違いではないけど。英雄譚に憧れて剣の練習をするなんて、子供そのものじゃないか。
「で、その子は強いの? ユウラって子は」
「いや、強くはなかったさ。あいつが俺に剣で勝てる時なんて、お前が笑顔を見せる時くらい珍しかった」
「なにそれどーゆー意味? 感情がない女とでも思ってるわけ?」
「時折」
次の瞬間、俺の体には強力な電気が流れた。
俺も長い旅路で強くなっているから問題はないが、ダメージはどうしてもある。そういうとこだぞ、ナターシャ。
「……で? そのユウラがどうしたの」
「け、剣の練習してる時に、ユウラが俺に言ってくれたセリフがあってな。それがどうしても忘れられなかったんだよ」
「あー……あんたって友達少なそうだもんね。『唯一無二の親友』とか言ってたし、そんな親友が言った言葉は印象に残るでしょうねえ」
「なんでそういう所をピンポイントでチクチクするかなぁ」
そういうとこだぞ、ナターシャ。
ちなみに、このツッコミは絶対に口には出さない。言おうものなら、きっと電撃じゃ済まないだろうから。
「で? ずいぶん勿体ぶってるけど、なんて言われたのよ」
「……『君は僕の英雄だ』ってさ」
「………………………ブフッ」
「笑う所かぁ……?」
ナターシャの吹き出し笑いを見れるなんて思っていなかった俺は、物珍しさもあいまってか困惑する。まさか、笑われるとは思っていなかった。
もう少しこう……しんみりした空気になるかと思ってたのに。
「プクク……ご、ごめんごめん。何と言うか、ありきたりだなー、と」
「えぇ……」
「で。あんたはユウラの言葉を思い出して『英雄と呼んでくれたんだから!』と奮起したってわけね」
「……まあ正解だけどさあ」
「ありきたりすぎるのよ、何もかもが」
そう言われると、もう何も言い返せない。
こんな展開は数多ある小説や英雄譚で使い古されているベタベタの展開だ。俺自身、ある意味出来過ぎな展開に驚いているくらいなのだから。
「で。あんたのその勇気が、光の女神に気に入られて聖剣を授けてくれた、と? どーせそんな感じでしょ」
「ああ、それすらも言わせてくれないとはね……」
「だから言ってるでしょ。ありきたりだって」
もうここまでくると、俺から語れることはなにもなくなってしまう。
俺は村に戻った後、エセ剣術を駆使して魔物たちを退けてユウラを必死に探し回った。
当然、なっちゃいない剣術で魔物の包囲を攻略できるわけもなく。俺はユウラと会えないまま魔物に囲まれ、窮地に陥った。
そんな時だった。
俺を中心にして光の輪が広がり……女神が現れた。その姿は英雄譚に出てくる『光の女神』そっくりで。
俺は状況を忘れて、その女神様に魅入ってしまっていた。
———『………』
光の女神は、何も言わなかった。口すら開くことはなかった。
ただ、黙ったまま俺に一振りの聖剣を授けたのだ。
聖剣の力を使って、俺はなんとかして村の危機を救った……と、そういうことになる。
その活躍が王都にまで知れ渡り、王様に呼び出され、魔王の討伐を命じられ、今に至っている。
「で、そのユウラって子は今どうしてるの」
「……」
「……なによ」
俺はここで初めて、黙りこくってしまった。
もし口にしたら、それが現実になるような気がしたからだ。もう割り切っている事なのに、俺はいつまで経っても真実に向き合うのを躊躇ってしまっている。
「そう、別に言わなくても——」
「死んださ」
「……」
「いくら探しても、結局見つからなかった。多分……鳥獣に攫われてしまったんだと思う」
ナターシャの表情は相変わらず変わらないままだ。
しかし、強い絆で結ばれているから。きっとそうだから、俺には彼女の心がなんとなく分かってしまう。
だからこそ俺は、もう話を切り上げることにした。
「さて、と。久々に昔話をしたからかな、眠くなってきちまった。明日は大事な最終決戦だ。さっさと寝ないと」
「……ラルフ」
「ナターシャも、早く寝るんだぞ? 寝坊するとジョルジとクリシアがうるさいからな」
「……」
俺はさっさと寝袋にくるまるために、テントの奥に引っ込む。
これ以上、この場に留まってしまうとナターシャに気を使わせてしまうだろうから。
(……ユウラ)
今日は、懐かしい良い夢が観れそうな気がする。
▼
魔王の討伐に成功して、もう1ヶ月が経つ。
だというのに、至る所で行われている『勇者帰還パレード』は鎮まるどころか過去最高のボルテージを見せていた。
これではオチオチ街ぶらりもできやしないって言うか、誰もそれを許してくれない。
ちなみに、パレードの一環として俺たちが街に繰り出すときはこんな感じ。
「勇者様ー!」
「こっち向いてー!」
「ナターシャ先ぱーい!」
「この世界の英雄のお見えだー!」
「ガッハッハ! どーもどーも!」
1ヶ月もこんなだと、俺たちはもうヘトヘトだ。豪快に笑いながら手をブンブン振り回しているジョルジを除いて。
俺はなんとか笑顔を作って手を振り返すが、もう腕が
ナターシャなんか、パレード3日目の時点で魔法で外界の音を遮断しているし、クリシアは職業が
とどのつまり、魔王の討伐に成功した俺たちが本当の意味で心から安らげる場所は、王様が用意してくれた
正直、ただの村の少年であった俺にとっては、ここでさえ僅かながら緊迫感を感じてしまってはいるが。
それは言わないお約束ということで、身の丈を忘れて満喫すると決めている。それに俺は勇者だ。これくらい普通と思っておくくらいが丁度良いのだろう。多分。きっと。
「おーいラルフ! こっち来いよ、飲み比べといこうぜ!」
「い、いや、やめとく。俺が酒に弱いの知ってるだろ、ジョルジ」
「知らねえ! さあ飲むぞお!」
「よくあんなに元気ね、あのアル中は」
「ジョルジ様は元からそういう方でいらっしゃいますから…」
「なんにせよ、ご愁傷様ね。ラルフ」
後ろから女性二人組の可哀想な人を見るような視線を浴びながら、渋々俺はジョルジの酒の飲み比べに参加させられた。結果と言うと、当然惨敗。
あっという間に俺は酔い潰れ、気を失うようにして深い眠りについた。ここ最近のパレードラッシュの『せい』か『おかげ』か、深い眠りにつけた気がする。
目が覚めると、もうすでに深夜になってしまっていた。
俺を見捨てた女性ペアは既に眠ってしまっているようで、リビングではジョルジが外の景色を眺めながら一人酒を楽しんでいる途中だった。
「ジョルジ……まだ飲んでんのか……」
「お? おお、ラルフ! 眠気覚ましに一杯どうだい」
「お断りだ」
俺はジョルジの誘いをキッパリと断り、冷蔵庫から冷水を取り出した。やはり、こういうアルハラには強く対抗していかなければならない。
水をコップに注ぎ、俺はジョルジの隣に座る。窓からは王都の街を一望でき、この部屋のランクをひしひしと感じることができた。
「なあラルフ。ナターシャに聞いたぜ、てめぇとユウラの話」
「ああ……聞いてたんだ」
ジョルジは落ち着いた口調で、俺の顔すらも見ずに話しかけてきた。
こういうときのジョルジは、ほんのちょっぴりだけ真面目な時だ。
「まあ……なんだ。たった四人で魔王を討伐できたんだ。そのユウラってのも喜んでるさ」
「……そうだな」
俺は少しだけひどく冷えた水を口に含む。
それを、まるで酒みたいに口の中で何往復もさせて飲み込んだ。
「なあ、そのユウラってのはどんなやつだったんだ?」
「……俺なんかよりも、よっぽど勇者らしいやつだったよ。俺なんかよりもずっと頭が回るし、いつも笑顔でハキハキしてた。周りの人たちも笑顔になるような、そんな底無しに明るいやつだよ」
「ムードメイカーってやつか」
「まあ、そんな感じ。俺がユウラに勝てるのなんて、剣の特訓くらいでさ」
ジョルジが、酒がたっぷり入ったグラスを一気に傾ける。
ゴクゴクと、気持ちの良い音が2人の間だけで響いた。
「……なんで、俺だったんだろうなあ」
「馬鹿野郎、てめぇがンなこと考えても仕方ねえだろ? それに、まだ死んだとは限んねえじゃねえか」
「……ああ、そうかもな」
「なんにしても、てめぇは良い親友を持ったもんだなあ! 俺なんか、知り合いなんてロクデナシばっかりだったもんだぜ」
ガッハッハ! と大笑いして、俺の背中をバシバシと叩くジョルジ。俺とジョルジじゃ筋肉の量が違うんだから、力加減というのをいい加減知って欲しい。
そう思いつつ、ジョルジの言葉を頭の中で何度も反芻させて……ふと、言葉が漏れた。
「親友……か」
「あァ? 親友って話だろ?」
「そうなんだが……正確には違うかな」
ジョルジが不思議そうに俺を見つめる中、ジョルジの真似をして冷たい水を口の中に放り込んだ。
「ユウラは俺の、英雄……みたいな。憧れの的だったんだよ。俺もいつかユウラみたいに、何でもできて頼れる人になりたいって、そう思ってた。ユウラみたいに……優しいやつに、なりたかったんだ。ずっと、ユウラなら……俺なんかよりも賢いユウラならどうするかって、ずっと考えてたんだよ。ユウラが俺を英雄だと言ってくれてたから……俺は、勇者になる事ができたんだと思う」
「……ガッハッハ! そうかそうか!」
あまりにも稚拙な俺の独白のような言葉を聞いて、ジョルジが大袈裟に、いつも以上に強く背中を叩いてきて、俺は思わず咳き込んでしまう。
俺はまだ誰にも言ったことのない、ずっと昔から抱いていた本当の気持ちを吐露した事実と、こうしてジョルジが嬉しそうにしている事から赤面してしまっていた。
今の俺をユウラがみたら、どう思うだろう。
誇らしく、思ってくれるだろうか。あの日話した『英雄』に、俺はなれたのだろうか。
ずっとずっと、この長い旅の間。それをずっと、夜空を眺めて考え続けていた。
今もなおバシバシと背中を叩くジョルジを腕で静止して、俺は窓から夜空を眺める。
綺麗な星が輝いている。あの日、ユウラと眺めた夜空と同じように。
『ユウラが死んだとは限らない』
ジョルジの言っていた言葉が、ずっと頭の中で木霊していた。
確かにそうだ。俺はハッキリとユウラの死体を見たわけでもないし、そういう記録や証拠があるわけでもない。
魔王討伐という大きい目標を達成してしまった今、第二の勇者生活の内容は未だにはっきりと決まっていなかった。
ならば、ユウラを探すというのはどうだろう。生きているなら最高だが、死んでいるのならしっかりと供養をしたい。最後に一目、ユウラの顔を見たい。
きっと、仲間たちも協力してくれるだろう。
俺は無意識に、誰にも聞こえないような声で呟いていた。
「また、会えるかな」
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