少年、赤ん坊、女性。

千島令法

体験談

 私が中学生だったころの夏。今のようにうだるような暑さが漂った夏でした。

 当時、私は田舎に住んでおり、近所にある10人も生徒が入らないような小さな塾に自転車で通っていました。自宅から10分もかからないほど近いところにある塾です。私が通っていた時は、9人の塾生がいました。

 普段であれば、塾で20~22時までの2時間、勉強をすることになっていましたが、その日は先生がホラー怪談をしてくれるというイレギュラーな日でありました。

年に数回だけ、その塾ではいつも頑張っている私たちをねぎらって催し物を行ってくれるユニークさがあり、私も催し物を楽しみに塾に通っていた記憶があります。催し物を行う日は、いつも先生がお菓子やジュースを用意していてくれていました。

 ホラー回であるその日も例に漏れることなく、先生がお菓子やジュースを並べて待っていました。しかし、1つ異なる点があったのです。天井の照明が消されていました。代わりに部屋の隅に懐中電灯が1つだけあり、心許ない光を放っていました。それを見たホラー好きな私は「うわ、先生、気合い入ってるな」なんて、わくわくした浮ついた心持でいました。

「今日は好きな席に座っていいよ」

 その声の主は、雰囲気づくりの装飾とは似つかわしくない、いつもの明かるいトーンで話す先生でした。ホワイトボードの前にある椅子に先生は座って待っていました。

「さすがに、どっぷりホラー演出をする訳ないか」と心の中で思いながら、私は先生の言う通りに、適当に席に着きました。

 そして、薄暗い部屋で塾生全員が集まるのを待ちました。


 塾生が全員集まってから、先生はホラー話をしました。ですが、正直言って期待外れで、ネットで一度目にしたことがあるようなものばかりでした。それでも、みんなで一緒に怖がりながら話を聞くことが楽しかったです。

 先生のホラー話が全て終わり、室内の電気が点けられると同時に、その部屋に張り詰めていた緊張は解け、自然とみんな笑顔になっていました。すると、緊張から解放されたせいか分かりませんが、みんな他愛無い雑談を始めました。何を話していたのか覚えていないほどの雑談です。不思議とその雑談が、盛り上がりに盛り上がってしまい、時刻は23時を優に超していました。もしかしたら、夜中に1人自転車で帰るのが心細くて、盛り上がったのかもしれないなんて、今になって思います。

さすがに時間も遅くなりすぎては親も心配するということで、解散することになりました。

 私の暮らしていた田舎は、23時を回ると車はほとんど通らなくなり、カエルの鳴き声しか聞こえなくほど、過疎としていました。まばらにしかない電灯に頼りなさを覚えながら、自転車に乗り自宅を目指しました。期待外れだったとはいえホラー話を聞いた後の田舎道は、怖さを引き立てるには十分でした。私はびくびくと怖がりながら、早く自宅に帰りたいという気が逸るままに、強くペダルを踏みました。

 そして、この道を抜ければ自宅であるというところまで進みました。

 その道はアスファルトで舗装されてはいるが、人の手がほとんど加えられていないような竹林に挟まれており、電灯もぽつぽつとしかありません。今でも、日中でさえ幽霊が出るのではないかと思うほど薄暗く、通りたくない道です。ですが、自宅に帰るにはその道を通る他なく、いつも勢いに任せて過ぎていました。

 その晩も勢いのままに、息を切らしながら速度を上げました。

 自宅の屋根が見え、ふっと気持ちが緩んだ瞬間。竹林の中からポンッと人の拳よりわずかに大きい青いボールが飛び出してきたのです。私は驚き、力一杯にブレーキをかけました。そして、ボールに視線を奪われ「なぜこんな時間にボールが飛び出してきた?」と思った時は、そのボールの横に6歳ほどの少年が立っていました。その少年を見た時、全身に鳥肌が立ち「近付いてはいけない」と私の本能が訴えてきました。すぐに地面を蹴り上げ、ペダルを踏み、先を急ぎました。


 自宅に着くと、母が風呂から上がってくつろいでいるところでした。リビングには、さっきまでの緊張などを忘れてしまうほど、安堵に包み込んでくれる空気がありました。私の張り詰めた心も解けていき、ここなら大丈夫だと安心して、両親に「ついさっき子供が飛び出してきて怖かった」と笑い半分で話しました。両親も「塾でホラーの話聞いたからって、怖がりすぎよ」と、笑いながら私の話を聞き流しました。不思議と何でもなかったのかもしれない、ただの子供だったのかもと思えました。そして、宿題をし、風呂に入り、24時過ぎ頃にベッドに入りました。


 そして、夢を見ました。

 暗闇の中、遠くの方に電灯が1つだけ。その電灯に照らされた下で、赤ん坊が泣いていました。私は、その赤ん坊に近寄ると、まだ生後間もないほどの幼子であることが分かりました。可哀想にと思い、手で拾い上げた途端、私は目を覚ましました。目を覚ましたと同時に、横になっている私の腰にドンと何かが落ちてきました。5kgにも満たないほど軽いもので、痛いと感じるほどでもない軽く叩かれたぐらいの衝撃でした。何だろうと眠たい目をこすりながら不思議に思いつつ、電気を点け、辺りを見ましたが、何も転がっていませんでした。寝ぼけているせいかと思い、もう一度寝ようと思いました。そして、電気を消す前に、時計を確認しました。時刻は、4時20分頃でした。なんだか気味悪い時間に起きたなと思い、電気を消し、眠りにつきました。


 また夢を見ました。

 暗闇の中、遠くの方に電灯が1つだけ。さっきと同じ景色でした。しかし、今度は赤ん坊がいませんでした。その代わりに、腕をだらんと下げ、真っ白な服をまとった女性が電灯に照らされ立っていました。女性の髪は床につきそうなほど長く、顔を完全に隠していました。近寄りがたいなと思いつつも、私の足は勝手に前に進んでいました。そして、女性に手で触れられる距離まで近づくと急に「子供を返せ!!」と女性は叫びました。驚きに身を固まらせた私は、そこから離れることが出来ずに、ただジッと女性の髪の奥にあるだろう顔を見ていました。そんな動けない私の両肩を女性は掴み、ただひたすらに「返せ! 返せ! 私の子供を返せ!」と訴え続けました。5分か10分か分からないですが、何もしないでいる私を見かねてか、女性は「もういい! お前の子供をよこせ!」と言って、私の肩を解放しました。そして、私は目を覚ましました。


 目を覚ました私は、全身に汗をダラダラと垂らして、シーツを湿らせていました。暗い部屋の中に居たくないと思い、すぐに部屋の電気を点けました。そして、ふっと時計を見ました。4時20分でした。二度寝する前の時間から、ほとんど進んでいなかったのです。


 それからは、また同じ夢を見るのではないかという恐怖から、朝日が昇り両親が活動を始めるまで、一睡も出来ずに夜を越しました。

 竹林から出てきた少年は何だったのか。夢に出てきた赤ん坊や女性が何だったのか。腰に落ちてきたものは、赤ん坊だったのだろうか。

 もしかしたら、竹林から出てきた少年と会った時に憑りつかれたのだろうか。少年が見せた夢だったのだろうか。などと考えたりもするのですが、真相は謎のままです。

 ただ一つだけ。支離滅裂のように感じられる一連でしたが、私の心には何か関係があったのではないかと根拠のない自信のようなものが、今もしこりとして残ったまま確かに在り続けています。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

少年、赤ん坊、女性。 千島令法 @RyobuChijima

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ