クリスマスプレゼント

@forokata

クリスマスプレゼント

「次のニュースです。先日地球に到着したアレクシオ星商船から脱走した地球外生物は依然として捕まっておらず―――」


 女は昼食を食べ終え、興味のないニュースを喋り始めたテレビを消した。

 今日は12月の24日である。別に女はキリスト教徒という訳ではないのだか、夜のパーティーには参加する予定である。

「ねぇ、あなた。今夜はどうするの?」

「どうするのだって?みたらわかるだろうが。残念だが今年のクリスマスは家で1人酒だよ」

 寝込んでいた男は、口ではそう答えたが、実際のところそんなに残念がっているようには見えなかった。もう既に成人式から5年の歳月を数えた、立派な大人である。先のパーティーには毎年参加しているが、騒ぎたいだの、女と遊びたいだの、そんな感情は流石になく、もはや酒のためでしかないだろう。

『今年のクリスマスは』などと言っているが、暇さえあれば酒に手を出し、延々と愚痴を並べ立てるこの男の酒癖には、もう蔑む感情以外に何も残らない。現にこの男の周りには、飲んだ後の酒缶が幾つも転がっていた。

「それならケーキでも持って帰ってくるわ。それまでチロとでも遊んで待ってて」

『チロ』とは、女が今朝、散歩のときに拾ってきた、犬に似た動物の名前である。この名前にとくに意味は持たせておらず、無難であったためである。

 最近の地球には、色々な惑星からの動物が入り込んでいる。つまるところ、初めて見る動物などいくらでもいるということである。

「こいつも外から来たんだろうが、大丈夫なのか?歯がかなり尖ってるし、何というか目が怖い。襲ってきたりしたら嫌なんだが」

 男は身体を起こして、近くで寝ているチロの背中を軽く撫でた。

 チロは気持ち良さそうに寝たままだった。

「こんなに大人しいのに襲ってくるだなんて、あなたは想像力が豊かなのね」

 男は、「そりゃどうも」と女の皮肉に適当な返答をして、また布団にくるまって寝始めた。



「結婚はしてるんですか?」

 今、女と席を共にしている男は、先ほどのパーティーで偶然知り合った好青年である。女は目の前にいる、自分よりもいくつか若そうに見えるその男性に、現時点でそれなりの良い印象を抱いていた。

「してるわ。一応はね。でもなんだか、最近はうんざりって感じかしら」

 女はワイングラスを軽く揺すり、男性の反応を待った。

「何かあったんですか?自分で良ければ相談に乗りますけど」

 普段ならば、他人の家庭の事情を心配されるのは余計な御世話だと思っていただろうが、この時ばかりは嬉しく思えた。今の夫はこの男性のように、私のことを気遣ってくれるとは思えなかったためである。女の中では男性の評価がさらにあがっていた。    

 女は、いつもよりも多めのワインを流し込んでから、飲んだくれの夫の話をした。

「いっそのこと死んでくれないかとも思ってしまうわ。そしたら、多少なりとも保険金が貰えるでしょう?今までのあの人の酒代をそれで打ち消したら、素敵な誰かと人生をやり直してみたいものだわ」

「あはは。流石に疲れてきちゃいましたかね。冗談がきつくなってきてますよ。今夜はここらへんで締めておきましょうか」

私にはもう既に愛想の尽きた夫しかいないから、まだあなたのような人との出会いを待っていると、遠回しに伝えたつもりだったが、男性は全く意図を理解した様子をみせず、軽くたしなめらてしまった。

 だが、きっとこの出会いはサンタクロースからの贈り物だろう。私が不憫な生活ながらも懸命に新しい何かを見つけ出そうとしているところを、何処かから見ていてくれたのだろうか。こんなチャンスはこの後の人生で何度あるだろうかと考えてみると、少々卑怯な手を使ってでも物にしたかった。

「そうね、少しだけ疲れてきたみたい。でも、終電ももう過ぎてるし、今から家に帰るのは少し面倒だわ。どこか休めるところに行きたいわ。ホテルとかなにかないかしら」

 電車がダメなら、自動運転タクシーという選択肢もあったが、敢えて言わなかった。さらに幸いなことに女は、自分のスタイルや顔立ちには幾らかの自信を持っていた。

 流石にここまで直球で言ったのだ。ないとは思うが、万が一にもこの男性が私の誘惑に勝とうものなら、恥ずかしくて比喩ではなく本当に顔から火が出るだろう。

 だが、そんな考えも杞憂に終わってくれた。

 かなり分かりやすく驚いた表情を見せた男性は、幾許かの時間の後に、「そしたら…ええと…」と言って、

 腕に巻かれた、高性能端末をいじり始めた。

 この男性が未経験者なのがよくわかったが、今はそんな不器用さも愛おしく思えた。

 ホテルで2人で過ごした後、家に帰ったときに、本当に夫が死んでくれていたら、最高のプレゼントなのにと思う。そうしたら、この男性とずっと一緒にいられるのではなかろうか。



 とあるホテルのとある一室にて。

 ついたままのテレビは、軋むベットで重なる2人に、一切のお構いもなしに色を明滅させ、音を垂れ流し続けていた。


「――から脱走した生物は依然として捕まっていません。地球外生物の専門家の間では『Murder Dog』などとよばれることもあるというこの生物は、縦に割れた瞳孔の目を持ち、体つきは中型犬のように見えます。しかし、夜になると行動を開始し、人に襲いかかります。その際に噛まれるなどして傷を負い、唾液内に含まれる強力な毒素が体内に入り込んだ場合、致死率は100パーセント――」

 勿論、このときの女にとって、こんなニュースは雑音でしかなかった。



 その日の朝、適当なクリスマスケーキを買って家に帰った女は、サンタクロースの存在を確信せざるをえなかった。

 

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