第四話
葬式と言うものはかなり長いものだと思う。今回のそれは記憶に残っているものに比べれば比較的短く終わったようにも思えるけれど、ソレにしたってもう月の微妙な青白い光が私たちを照らしていた。空は街中の明かりで薄く明るいけれど、ソレにしたって、もう夜中になっていた。
「なんでお前がこっちにいるんだ」
コウタがいなくなって、葬式も終わって、ようやく気持ちも落ち着き始めた頃、清水の提案で住宅街の近くにある公園に来ていた。こうしてみると、中学校の時にはそれほどイケている側の人間だったはずの清水の変わり様が酷く目についた。
「んだよ、俺がいちゃ出来ない話でもすんのか」
しかしそれよりも目につくのは、その懐かしさが同期の夜遊びについてきたもはや人間としての身体を失ったコウタの姿。葬儀場の中ではまだ違和感は少なかったものの、夜中の公園では微妙に発行しているらしいコウタの身体は否応なく注目してしまう。どうしてこいつは、風情がないのかと皆一様にため息を吐く。
「今頃、お前の身体が焼かれるんだろうが」
「コウタに正論言っても無駄でしょ。馬鹿なんだし」
あれほど儚さを見せていた清水でさえ、昔懐かしい嘲笑をかつてとはまるで違う華やかになった彼女の顔に浮かばせている。化粧に興味のない私とは違って、どんどんと大人へ向かって進んでいる彼女の姿の中に、よくよく馴染んだその表情があって、どことなく安心する。美しく照らされている彼女も、昔の彼女もあまり変わっていないらしい、と気付いたのです。
「うっせ、今は俺の身体よりもお前らの変化の方が重要なんだよ」
そう言ってまず彼が指をさしたのは、分かりやすく姿かたちが変わっていた清水だた。そんな、いつもと変わらない様子に思わず頭を抱えてしまう。こいつは、死人じゃなかったのか、と。もう少しそれらしくできないのか、と。
「最初見た時、マジで誰か分からなかったからな、性悪女」
「ここにいる女、どっちも性悪だろ」
私と清水のどちらともに喧嘩を吹っ掛ける、
「文脈で考えてみろ。あと目を使え」
「そうだ、ここには中学の時とまるで変わらない性悪女と、面白いくらいに変わった性悪女の二人しかいなんだから」
と、あらに火に油を注ぐ様な事を喋る宮原と栗下。
酷く懐かしい光景が広がっていた。
「キミたちじゃァ、相手してもらえない位の美貌でしょう?」
ニンマリと笑う清水には、先程までの月光の下の美女と言うような印象は消え去った。ただの悪女か、あるいは悪魔か、化粧で彩られたからこそ彼女の腹の中に秘められたあくどさが、中学時代よりも強調されて感じられる。
しかも、なんだかこちらに挑発的な目を寄せてくるのだ。
「まぁ、私は化粧しなくても十分美しいから。本気出したら清水泣いちゃうし」
「ほんっと、こいつら性格ブスすぎ」
そんな冗談が、いつまでも続くと、私も今日まで思っていたのだ。
「なんでお前は死んだんだ?」
それから一時間近くふざけ合った頃だろうか、そろそろ夜も深くなってきて人通りも少なくなった頃、私は彼に問いかけた。
「夢を失うことが、怖かった」
コウタは一つ、そういった。
その言葉の重みは、きっと私たちくらいにしか分からないだろう。
■
これは中学一年の頃の話。
まだ、私が例の『どうしようもない連中』というグループに入る前のこと。
その頃私は酷く色彩の薄い人生を歩んでいました。今でさえ無為特徴で、喜怒哀楽の薄い人生を歩んでいると思いますが、これでさえ昔に比べたらまだ色鮮やかな方なのです。本当に、生きる意味をその頃は喪失していたのでした。
酔生夢死。私には趣味がありませんでした。楽しいことがなかったのです。逆にそれほど辛いこともありませんでした。極々平坦な人生だったのです。のうのうと暮らしていくだけなら十分な中身のない日常でした。本来なら、何もしなくても大して困ることなく生きていけるというのは贅沢な事だろうと思っていました。
けれど時折、自分が何で生きていてなんで死んでいないのかを、ふと考えていたのです。死ぬときに感じられる、痛みがなかったとしたら、私はもう死んでいたと思うくらいに、死と生との境界線が限りなく融和していたのです。
そんな頃、薄く細く、私の中では一番関係を持っていたコウタが話しかけてきてくれたのです。
「お前って、なんのために生きてんの?」
あまりの言葉にさすがの私も硬直しました。彼のことを詳細に知り尽くしているとは言いませんが、しかしながら真っ向から人を虐めるような人間でないとは知っていました。そもそもあまりに影の薄い私には虐められるに足る要素などなく、第一仲が良好だった彼に何かをしたわけでもありませんでした。
「……どういうこと?」
ある程度身構えながらも、人格を否定されたような台詞に質問を投げ掛けたのです。もちろん、そもそも私自身が私の人格を良く否定していて、私の人生を全否定しているのですから、別に相手から何を言われようとも傷つくことはありませんでした。ただ、単純に何を意図しているのかを聞きたかったのです。
そんなときでした。
「アンタばかでしょ。ダチョウでももうちょっと脳みそ使ってる」
「痛った、俺の灰色の脳細胞が死ぬだろ」
背後からコウタを教科書で叩いた清水が、今よりも直接的な悪口を吐いたのです。私と清水の出会いはその時が初めてという訳ではなかったのですが、直接的にこうやって話をするのは初めてなのでした。
「ごめんね、コイツ阿呆すぎるから日本語下手でさ、あんまり怒らないでね」
だから、コウタの横に清水が座り込んだときは驚いてしまった。少なくとも社交性がまるでないと思われているであろう私に、たとい共通の友人がいたとしても話しかける人間はいないと思っていたから。
「コイツはあなたのことを心配してるって言いたいのよ」
「……心配?」
最初思ったのは、なにか私で遊ぼうとしているのかなということ。確かに私の中ではコウタとはかなり仲が親密な方とは言ったけれど、比較対象であるクラスメイト達とは基本的に喋ったことがないのだ。名前すらまともに覚えられていない。そんな中での、一番親密な人、というだけ。
普通に考えて、心配されるほどの仲ではなかったのだ。
「だって、お前いっつもつまらなそうにしてるだろ? なんか、目を話したらそのまま死んじゃうんじゃないかってくらい覇気もないし」
「……それを直接的に言ってどうすんのよ、このバカ」
なんだか夫婦のように思ったのを今でも覚えている。
「まぁ、あなたがコレのことを不審がるのは十分わかるけど、本気で心配してんのよ。コイツはその抜けの馬鹿だから」
その声色の中に、心からの信頼が混じっていたのを覚えている。
「あなたがそうかは知らないけど、私はこれでも自殺未遂者なのよ」
ぴくり、と体が震え、なんのために彼らが話しかけてきたのかをそこで気付いた。
「家庭環境が酷くて、二回くらい。実際に行動に移したけど寸の所で救われたの」
あまりに重い話に硬直した。
「それでも、私はさ、このバカの底抜けの明るさに助けられたのよ。あんまり言葉にするのは難しいけど、私も私みたいに苦しんでる人がいるのは見たくないの」
その純粋な瞳に当てられて、私の心は委縮する。なにせ私は今の現状が辛いとは思っていない。親は別段暴力とかを振るってくる人じゃない。だから、そのこちらを救おうとする意志の籠った瞳は、私には高尚過ぎた。
「まぁ、なんか相談したいことがあったらメッセージ送って来てよ」
そうして書かれたのは、メッセージアプリのID。
「じゃあ最後に、夢を持て!」
そう叫んだコウタは、顔を赤く染める清水に連れて行かれた。
そうして書かれていたIDが、『どうしようもない連中』という残念極まる名称のグループだった。そこで初めて、白木と栗下と宮原とも接触した。
そこ知ったのは、このグループの人間は一度以上自殺を考えたことがあり、かつコウタによって気付かされた己の夢のお陰で今を生きているという人たちだった。
白木は己を必死に救ってくれた医者のようになって、恩を返したいと言っていた。
栗下は自分の希望となったアイドルのグループを生来作ることを夢としていた。
宮原は己の不安を解いてくれたコウタのような人間になりたいと語った。
清水は、親を見下せるような多くの人に知られた人間になりたいと話した。
コウタは、何故か恥ずかしそうに夢をかなえたい、とだけ口にした。
そうして彼らは皆一様に、私に夢を見つけるようにと言った。
■
私の心の拠り所となっていた『どうしようもない連中』というグループは夢を追うことを目的にして集まった一歩間違えればこの世にはいなかった人の集まりだった。
このグループは夢を作り、夢を追うことを生きる目標にする、そんな人間の集合体だった。
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