第16話 須藤さんの秘密
俺は2人について行き、広々としたリビングに通された。あまり家の中をじろじろ見るのも失礼かと思ったのだが、気になってしまうものはどうしようもなく、わかる範囲だとそれなりな大きさの庭があって、リビングには大型スクリーンとプロジェクター、キッチンにはコンロが4つ以上はあってどれもIHだった。庶民の感覚からすれば十分お金持ちな部類だろう。
まぁ須藤さんみたいな人を雇えてる時点で十分お金持ちではあるんだろうけど。
取り敢えず夕食の時間まで寛いでいて下さい、と大きなソファに掛けさせてもらった。このソファもふかふかで、この前晶にもらったぬいぐるみの感触を思い出す。
ちなみに須藤さんは紅茶を用意してくれた後、少し用があると別室に行ってしまった。
「そうだ優希、今日はもう遅いから夕食は食べていったらどうかな?」
俺と間を一つ開けてソファに座っている晶が時計を指差しながら提案して来た。
「それはありがたいけど、それより誰なんだよ紹介したいのって」
「もうすぐ来るよ。ねぇ、そういえば前赤坂くんが聞いていたけど、優希は出会いが欲しいから参加したのかい?」
「うぇ⁈あ〜…いや、あれは赤坂が適当に言っただけで」
そういえばそんなこと言ってたな…特に言い返さなかったから、他の参加してるメンバーにはそう思われてるのかな。
「それなら、どうして?」
「だから…お前だけ行かなくなると、変に思われるんじゃないかって思ったから。俺が行けばお前も来るんじゃないかなぁと」
晶はそれを聞くなり、目を丸くした。
「それってつまり、私のためってことかな?」
「ま、まぁこの前話してて分かったけど、そういう連中じゃなさそうだし、杞憂だったけどな」
なんか本人前にして改めて説明するとめちゃくちゃ恥ずかし!
俺は顔を背けて誤魔化すことしかできず、初めて来た空間ということもあってそわそわして落ち着かないし、ドキドキが止まらない。なんか今日コイツに心臓握られすぎな気がする。
「ねぇ、優希」
「だ、だから……そうです!お前のために行くことにしたんです!わざわざ言わせんなぁあああ‼︎」
俺に左肩をボカボカ殴られるも、気にせず楽しそうな晶。顔が熱いし、ドキドキしすぎて息も苦しい。
「本当に優希は可愛いね、私のためにそこまでしてくれるなんて」
まだ言うかコイツは。
次はほっぺたグニグニでもお見舞いしてやろうかと思って、少し身を乗り出そうとしたとき。
「うわッ⁉︎」
————ドサっ————
その手を掴んで、自分の方へ引っ張るようにした晶の方へ俺の身体は吸い込まれ、晶へ寄りかかるような体制になってしまった。
晶が俺の手を引いているので、まるで俺が壁ドンをしているような体制だが、されているコイツは澄ました顔をしている。俺は動けずに固まってる。
「優希の顔、こんなに近くでじっくり見るのは初めてだ。やっぱりこっちの方が良いね」
なににも隠されていない俺の顔をジッと見ながら、晶が呟いた。
「別に、そんな変わらないだろ」
「私はそうは思わないよ」
晶の手が頬に伸びてくる……ち、ちょっと……
「ほら、こんなにk「お嬢様、薪村様が困っております」おや、それはすまないね」
呆れたような声見上げた須藤さんがソファの後ろから顔を覗かせていた。いつの間にか戻って来ていたらしい。
「す、すみません!俺変なことしようとしてた訳じゃなくて……!」
「大丈夫ですよ、そういった方でないことは重々存じ上げております」
こちらを安心させるような優しい笑顔を向けられ、冷や汗が止まってくれた。
体勢を直し、もう一度謝罪と感謝を述べようと須藤さんに向き直って、愕然とした。
「須藤さん、どうして学生服を着てるんですか?」
黒の学生服に身を包んだ須藤さんの姿があった。ご丁寧に学生鞄まで持っている。
「似合わないでしょうか?」
「いや、そういう問題じゃなくて」
「それは、私が無理を言って頼んだんだよ」
「はぁ?」
意味がわからなすぎる。俺は須藤さんのコスプレを見せられ……あ。
「お前まさか、紹介したい人って……」
「流石優希だ。そう、須藤のことだよ」
いやいやいやいや!合コンのメンバー探してるのに大人の女性紹介されても。連れて行けるわけないだろ。
それに須藤さんの制服姿、なんかレベル高すぎて現役のJKだと絶対に出せないような色気まで出ちゃってるし、こんな10代いるわけないでしょうよ。
「いや、それは流石に無理があるでしょう……」
「別に高校生の、とは言われていないから大丈夫だと思ったんだけど」
「いやいや、絶対に浮くって」
レベル高すぎて。
「浮く……」
何故かショックを受けたような須藤さん。学生鞄が手からするりと落ちていった。
あれ、俺何か不味いこと言っちゃった……?
「あ、あの須藤さん?」
「大丈夫、気にしないで。彼女も色々あってね」
「そう…まぁとにかく、この件は無し。いいな?」
「それは残念だね、須藤も少し楽しみにしてたのに」
マジですか須藤さん。
今日初めてお会いしたけど、俺の中の須藤さんのイメージがどんどん変化していく。見た目はクールだったけど、意外とお茶目な人なのかな?
「それでは夕食の準備をしますので少々お待ち下さい……」
少し気落ちしながら、須藤さんはそのままキッチンへと行ってしまった。学生服のまま。
「だ、大丈夫かな……ごめん、俺少しお手洗い借りたいんだけど」
「それなら、廊下を出て右のドアだよ」
「えぇ〜と、廊下を出て右……あれ、どっちのドアだこれ?」
長い廊下に出て、指示通り右側のドアに入ろうとしたら、ドアが2つあることに気が付いた。もちろん2つがすぐ近くに隣接しているわけではないが、どちらも『廊下を出て右』のドアだ。
いちいち聞きに行くのも面倒なのでリビングを出てから近い方のドアに入ってみた。
「失礼しま〜す……わ、凄っ」
俺が驚いたのは多機能トイレの高性能さなどではなく、部屋中の至るところに置かれているぬいぐるみの数々だった。
どうやらトイレは隣の方のドアだったみたいで、ぬいぐるみ好きの自分としてはもう少し物色したいところだが、部屋の主に隠れてコソコソするのは大変失礼だ。間違って入った時点でアウトなのだろうが。
早く出ようと、振り返る途中で箪笥の上に置いてある少し大きな白いぬいぐるみに視線が吸い寄せられた。青い大きな目に、二本のツノと翼のある竜を模したぬいぐるみだ。
「こ、これバンちゃんだ……!」
バンちゃんは昔やっていたヒーローものに出てきた主人公の相棒みたいな立ち位置のキャラクターだ。終盤で成長したが、そのせいで竜の本能が目覚めてしまい、最期は主人公に倒されてしまうという、少し悲しいキャラだった。
その可愛らしい見た目と主人公の相棒という立ち位置、成長した姿のカッコ良さや、最期の回が神回だったことなどから、とても人気がある。俺も大好きなキャラクターだ。
そして何より、このぬいぐるみは限定販売の超レアもの。完全受注生産のため高額だったはずだ。俺はまだ小さかったから買えなかった。
「うわ凄いなぁ。もっふもふだし、めちゃくちゃリアル……ここ誰の部屋なんだろう?」
疑問に感じつつも手の中にあるバンちゃんぬいぐるみに意識を持ってかれていると、突然背後からドアの閉まる音がした。
俺が反射に振り向くと、そこには目を見開いて固まっている須藤さんの姿があった。
「すみません須藤さん、勝手に入ってしまって!」
「薪村様……見てしまったのですね」
「えぇーっと、はい」
すると、何かを決意したかのような目になり、スカートの中におもむろに手を突っ込んだ。
「な、なにしてるんですか須藤さん!?」
「私は、もう……!」
なんと取り出したのは小さなナイフ。どんなところに隠してんだ、マンガかよ。
「私はお嬢様に仕える身です、こんな乙女のような趣味など……!」
「あぁ!早まっちゃダメです!!」
急いでナイフを持った腕を掴んで止めさせようとするが、女性とは思えないほど力が強い。
「なにしてるんですか……!」
「止めないで下さい、薪村様。私のようなものが、このような可愛らしいぬいぐるみに囲まれているなどということがお嬢様や奥様たちにバレでもしたら……!」
「別にそのくらい大丈夫ですって……あぁ、もうっ!」
渾身の力でなんとかナイフを手から離させることに成功した。
落ちたナイフを回収し、机の上に置くと。須藤さんが膝をついて、大袈裟に頭を抱え出した。何でそんなに怯えてるの?
「おかしいですよね……私みたいないい歳した、普段から執事服を着ている女が…こんなぬいぐるみ好きなんて。笑って下さってかまいません」
え?そんだけのこと?
「別におかしなことないと思いますよ。俺もぬいぐるみ大好きですし」
「ぇ?」
「別に、人がなにを好きだっていいじゃないですか。須藤さんが、ぬいぐるみ好きで誰かに迷惑を掛けるんですか?」
なんて、俺が人に言えたことじゃないか。好きなら好きなだけ夢中になればいい、ってアイツが言ってくれたんだし。
「俺だって男だけどぬいぐるみとか大好きですし、バンちゃんぬいぐるみ持ってるなんて凄く羨ましいです。何か夢中になれるものがあるってとても素敵なことです」
「薪村さま……」
「俺は同じぬいぐるみ好きがいて、すっっっごく嬉しいです!それに、お母さんはわかりませんけど、晶は須藤さんの趣味がぬいぐるみ集めだと知ったくらいじゃ幻滅しませんよ」
晶とそれなりの時間一緒にいるならそれくらいわかると思うんだけど……
————バタン!————
「何か大きな音がしたけど大丈夫……これは…」
今度はドアを打ち破る勢いで晶が入ってきた。当然ながらこの状況が理解できていないようだ。
「まずはリビングで少し落ち着きましょう。ね、須藤さん」
「はい…」
「申し訳ありません、お嬢様。先程のような見苦しい姿をお見せしてしまい」
「いや、気にすることはないさ。でも一つだけ。刃物を使うのは台所だけにするように」
「はい…薪村さまも、本当に申し訳ありませんでした」
ことの顛末を話し終え、ソファに座る晶と俺に対して、もう一度須藤さんは頭を下げた。
「悪いね優希、須藤は元々あまり男性慣れしていなくて、今日も少し緊張していたのもあるんだと思う」
「そうなんですか?」
「はい、中学生の頃からずっと女性ばかりの環境でして、宮代家に支えてからも男性の方は旦那様くらいしか関わることがなかったもので」
「所謂箱入り娘みたいなものだね。その上、須藤は容姿も整っているから女子生徒から人気だったのもあって少し特殊でね」
まるでお前みたいだな、とわ言わない。
「だから、ぬいぐるみのことも自分に似合わないって思っていたんですか?」
「はい……」
なるほど、自分はこういう人間であるべきだ、って環境や他の人との関わりで固定化されてたから、好きだっていう思いとその人物像とは正反対だっていう部分で板挟みになってたのかもな。
「須藤さん。俺もぬいぐるみ大好きですけど、恥ずかしいヤツだって思いますか?」
「い、いえ!そのようなことは…!」
「好きなものに良いも悪いもありません。好きなら好きなだけ夢中になれば良いんです。少なくとも俺はぬいぐるみが大好きだったから、須藤さんとも色んな話しが出来そうで、嬉しいですもん」
「薪村様……ありがとうございます」
「ふふ………須藤、雇い主という立場からは別に私も父や母も君の趣味についてとやかくいうつもりはないよ。でも、私は君の友人でもあるんだ。どんな君でも受け入れるさ」
「お嬢様……」
全く、初の自宅訪問に加え初対面だってのに色んなことが起こりすぎだっての。疲れた……。
結局、予備候補の確保には至らなかったし、やっぱり黒川に頼るしかないか。
「悪いね優希、今日は無駄足になったどころか色々と迷惑をかけてしまって」
「気にすんな、そんなこと」
「ありがとう。そう言えば聞いてなかったけど、優希が誘っている人というのは誰なのかな?」
「あ〜、そういえば言ってなかったな。この前駅で見た黒川なんだけどさ」
そう言った瞬間、晶の目が大きく見開かれた。まるでそんな答え予想もしていなかったかのように。
「あ、なんかダメだったか?」
「いや……でも、たしか彼女はそこまで乗り気ではないんじゃなかったかな?」
「あぁ、だから今週の土曜日に条件として、最近テレビとかでも取り上げられてるテーマパークに連れてかれることになっててな。それで楽しかったかどうかで判断する、って意味わかんないだろ?」
「そう、なんだね」
なんだか少しだけ晶の歯切れが悪い気がする。この前の駅前でのやり取りをまだ気にしているのか?
あのときは少しだけ言い合いというか、空気が悪くなってしまったがそこまで引きずることでもないだろうし、何より晶自体がそういう性格ではないはずだ。
———パンッ!———
須藤さんが突然手をパンと叩いた。
「申し訳ありません、夕食をお待たせしておりましたね。今すぐご用意するのでもうしばらくお待ち下さいませ」
「それじゃあ、私も着替えてくるよ」
どうかしたのか、俺がそういう前に晶はリビングから出て行ってしまった。
それからの晶はいつも通りだったので、もしかしたら様子が変に見えたのも俺の気のせいだったのかもしれない。
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