1話 “あの世界” 側のヒト

「ねぇ、昨日のテレビ見た?」

「見た見た!!!」

「あの芸人の場面良かったよね〜」

「それな、わかる〜」


「それでは、今日の午後3時に御社前のロビーにて。失礼します。」


「今日のテストだりぃなぁ・・・・・・。」

「それな!!!!おっしゃ、どっかでサボろ!」

「おけOK!ちな、どこ行く?」

「うーん・・・・・・。とりま、腹ごしらえどうよ?」


渋谷スクランブル交差点からは、今日も様々な喧騒が伝わってくる。


そんな人を眺めるように、交差点のど真ん中に立っているヒトが居る。



彼女の体は半透明で、反対側の景色が見えていた。

そんな彼女の体を色んな人や物体がすり抜けて行く。



だが、誰1人して彼女の姿を視ることの出来る者が居なかったので、誰も不思議には思わなかった。


彼女の名前は、佐藤結。


結はこの人だかりを眺めながら、ため息をついた。


今の結には『なんで私だけ?』という疑問だけが大きく渦巻いている。


死ぬ直前に見た走馬灯を思い出し、今度は眉尻を下げた。


私の境遇、不幸すぎる───


母親は『私の5歳の誕生日の日に交通事故で死んだ』ということを中学生の時に叔父さんから聞いた。


私は、私のことを産んだ人のことをほぼ覚えてないに等しかった。


母親の葬儀が終わって数日が過ぎた後から、お父さんは私に暴力を振るうようになったらしい。


これも、あとから聞いたことだ。


それからは、常に体中で青あざ・かさぶたと共存していた。


小学校2年生の頃に、お父さんに1度だけ反論したことがある。


その時は首を絞められて、息をするのが苦しなって死にかけた。


そこからは『お父さんに反論すると死ぬ』という言葉が頭の中を駆け巡るようになった。何事にも首を縦に振ることしかできなくなり、暴力を振るわれても受け入れることしか出来なかった。


さすがにその状況を見かねた児童相談所の人が、私をひと月の間だけ保護してくれたこともあった。

ひと月が経って家に帰されてからも、お父さんの暴力が止むことは無かった。


だから、お父さんが再婚すると知った時は嬉しかった。


『新しいお母さんは、きっとお父さんの暴走を止めてくれるのだろう』ということを、その頃は信じていた。


そこから2ヶ月が経ち彼らは入籍し、一緒に暮らし始めた。


でも、状況が変わることは無かった。

むしろ、悪化した。


再婚相手の新しいお母さんには、既に2人の私より年上の子供たちが居た。


お父さんはその2人にはゾッコンで、愛情を注ぎに注ぎまくっていた。


お父さんがその愛情を私に向けるということは無かった。


まるで、汚いものを見るかのような目を向け、こき使われることが毎日だった。


新しいお母さんも、2人の兄も私のことを腫れぼったい物でも見るように扱った。


楽しそうに会話をしている彼らに近づいていくと、あからさまに視線をそらされたり『なんで空気を読まないの?コイツ。』みたいな視線を送られたりした。


そんな家族の反応を見て、結は幼いながらも『どこにも自分の居場所は無い』と悟った。


そして、今居る渋谷のスクランブル交差点の人の様々な喧騒の中にも結の居場所はなかった。


どこか場所を変えよう。

正直言って、結には行きたいと思う場所なんて無かった。


かといって、この喧騒を聞いていると『お前にはここにいる価値なんてない』と言われているようにしか感じることが出来なかった。


静かな場所に行けば、この感情が収まるのだろうと思い透明の足を動かし始めた。


自分がかつて通っていた小学校は閉校になり取り壊されていた。

人が過ごした跡なんて、何1つ見つけることが出来なかった。


保育園に行った帰り道、友達と一緒に遊んだ公園は、小さな子供を連れた数人の人で賑わっていた。


結は『自分の居場所なんてどこにも無い』ということを改めて見せつけられているかのように感じた。


ブランコに座って揺らそうとしたが、少し揺れる・・・・・・というような奇跡さえも起きなかった。


「なんで、生まれてしまったのかなぁ・・・・・・。生きていても苦しい思いをするだけで、死んだとしても誰も悲しまなかったし・・・・・・。やっぱり、私の生きてる価値なんて無かったのかな?こんな事なら、生まれ来なければ、良かったのに。」


そんな本心が口をついて出てきた。



《死んだ人の魂は、亡くなった日から49日の間、この世に留まっている》というあの噂が本当ならば、1人であと49日生きることになるのかな・・・・・・。


ついさっきまで『常に1人だったから慣れてる・・・・・・』と思っていたはずなのに『死んだ人同士喋ったりすることは出来ないのか』と何かを期待してしまう。


もう、何度ついたかさえも分からない溜息を再びついた。






───そうだ、行こう!

あの日、あの二人と出会った、あの神社ならば・・・・・・・・・


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る