forbidden love
琳
第1話 偶然の出逢い
―――
「おかえり。」
「おぅ。ごめんな、急に来て。仕事が早く終わったからさ。」
「ううん、大丈夫。今日休みだったから、家でずっと絵を描いてたんだ。」
「そっか。いいの描けた?」
「うん!次の休みの日に色をつけるんだ。」
「出来たら見せて。」
「もちろん!邦宏くんに見せるために描いてるんだから。」
「楽しみにしてる。」
僕たちはそんな会話を交わしながら、リビングへと向かった。
僕の名前は、加賀美圭吾。一応画家だが、絵だけでは生活していけないため、近くの美術学校の臨時講師をしている。将来は一人前の画家になって絵だけで生きていくって思ってたけど、最近は学生に教えるのが楽しくなってきて、このままでもいいかな、なんて甘ったれた事を思っていた。
それでも休みの日にはこうやって、一日中家にこもって絵を描いている。
――いつからだっただろうか。自分の夢のためではなく、誰かのためだけに絵を描き始めたのは……
僕は、ソファーに座って上着の内ポケットからタバコを取り出す邦宏くんを見つめた。
彼は甲斐邦宏。一流商社に勤めるサラリーマン。
仕事に対して真面目で、自分にも他人にも厳しいけど、仕事以外ではその明るい人柄と誰にでも優しい性格で、男女問わず人気者だ。
そして一応、僕の恋人。
男同士だとかそんな事気にしてたのは最初だけで、今ではこうして二人でいられればそれで良かった。
「圭吾?」
「え?」
「どうした?ボーっとして。座れよ。」
「う、うん……」
邦宏くんが怪訝な顔で僕を見る。僕は慌てて隣に座った。すぐ側に邦宏くんのぬくもりがある。
僕はそっと彼の肩に頭を乗せた。
「ん?」
「ふふふ。邦宏くんだぁ~」
「俺じゃなかったら、誰だよ。」
「んふふ。」
邦宏くんの心地良い声を聞きながら、僕はふと視線を移した。
「…………」
「圭吾?」
何も言わなくなった僕を不思議そうな声で呼ぶ。それでも僕はそこから目を離せなかった。
白く残った指輪の跡。
左手の薬指に刻まれたそれは、無言で僕を睨んでいた……
「……ごめんな。」
「邦宏くん……」
僕の視線に気付いた邦宏くんは、その手でそっと僕を抱き寄せる。逆らうすべを知らない僕は、されるがまま邦宏くんの胸の中に収まった。
「圭吾、ごめんな。」
「……謝らないで。僕が悪いんだ。邦宏くんを好きになったから……」
「いや、全部俺が悪いんだ。お前は悪くないよ。俺が…弱いから……」
そう言うと、僕の肩に顔をうずめてくる。僕はそっと手を伸ばして、邦宏くんの頭を撫でた。
―――
あなたはズルいね……
そうやって全部自分のせいにする。悪いのは全部自分だって、いつも僕に言うんだ。
安心させるため?不安にさせないため?
……僕を悪者にしないため?
そんなの求めていない。本当に欲しいのは、あなたの愛だけ……
――僕と彼は男同士だ。
そして彼には、愛する人がいる……
―――
彼と出会ったのは、僕が初めて個展に自分の絵を出す事になった去年の春だった。
個展といっても自分のではなく、美大の先輩の個展で、是非描いて欲しいと頼まれたのだ。急な頼みで最初は断ったものの、たくさんの人から自分の絵を見てもらえるかも知れないという思いから、承諾した。
期限は二週間。僕はアイディアを練るため、その日から街中を散策する事にした。
――散策を始めて三日目。
全然良いアイディアが浮かばない僕は、ちょっと焦り始めていた。
家の近所は二日でほとんど廻ってしまったから、今日はもうちょっと遠くまで足を運ぼうと、隣町に来ていた。
「いい天気だなぁ~」
歩きながら空を見上げて、そっと呟く。僕はそのまま空を見上げたまま、ボーっと歩いていた。
「わっ!」
「え?わぁっ!」
突然驚いたような声が聞こえたかと思うと、僕は何かにぶつかって尻餅をついていた。
「いたた……」
「いってぇ~…」
僕以外の人の声が聞こえたので慌てて顔を上げると、スーツを着たいかにもサラリーマンっていう格好の人が、腰を押さえながら立ち上がる所だった。
「ごめん、大丈夫?」
「え?あ、はい……」
さっと手を差し出されて、僕は戸惑う。そっと見上げるとその人はふっと笑って、僕の手を少し強引に掴むと引っ張った。
「よっと!ホントごめんな。俺がよそ見してたから。」
僕を立たせてくれた後、自分のスーツの汚れを払いながら、ちょっと困った顔でそう言う彼。僕は慌てて首を振った。
「いえいえ!僕が空なんか見ながら歩いてたから……」
「空?」
「あ、いや、あの~……いい天気だなぁ~と思って。」
「うん?」
僕の言葉に空を見上げる彼の横顔。何故か僕は目が離せなかった。
身長が平均より高めの僕より少し低いだろうか。スーツに包まれたその体は小柄で、手足はすらっと長い。最近お腹が気になっている僕には、ちょっと羨ましい……なんて関係ない事を思いながら彼を観察する。
身長は低いけどただ華奢なだけではなく、ついている所にはちゃんと筋肉がついていそうな感じ。さっきだってこの僕を片手で立たせてくれたし。
そして顔は小さくて、キレイに整っていた。
空を眩しそうに見上げるその憂いのある横顔は、いつまでも見ていたい程だった……
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