追憶に潜む未熟な影

田埜 マキ

追憶に潜む未熟な影

少し眠ったらスッキリした。ここ数日は眠りが浅かったから寝不足気味だったのかもしれない。夢を見た。この夢を見るのはおそらく最初で最後だろうと思う。胸の中に今も残る重たい鉛のようなものが鈍く光るのが分かった。




「私と付き合ったら絶対楽しいよ。だから付き合ってみよ!」


そうやって強引に付き合わされた事があった。


彼女は天真爛漫で怖いもの知らず、感情表現がストレートでまるで自分とは違う種の生き物だった。会う度に未知との遭遇な訳だから楽しくない訳がない。愛読書を携帯するのも忘れるくらい彼女に夢中になっていった。


やがて彼女の家が僕のもう一つの居場所になった。読書中に邪魔されるとイラッとする沸点の低い僕であったが彼女だけはなんだかんだ許せた。そもそもその自覚があるのなら図書館や自宅で読書を楽しめば良いだけの話。つまりはそういうこと。


読書中にやたらちょっかいを出してきたから「かまちょしつこい」と言ったら、笑いながら「ゲームの続きしよ」と悪びれもなく言う始末。こんな仏頂面で無口な男の何が気に入ったのだろう?そう思って訊いてみた。すると


「何言ってるかよくわかんなーい。どこが気に入ったかが気になるなら、、、教えてあーげない。それより早くゲームのつづき!」


案の定、はぐらかされた。彼女は日中働いてる割にゲームがとても上手かった。僕もこっそり練習してるんだけどなぁ…


力量の差が無いのは共にゲームをする上ではあまりマイナスにはならず、寧ろメリットの方が大きかった。協力プレイは非常に快適で、すごく相性の良いバディを見付けられて嬉しかった。小さい大会ではそれなりに上位に組み込めたほどだ。その達成感や充実感、勝利した時のハイタッチは気分が良かった。


そんなある日、彼女が珍しくベッドの上でゴロゴロしている。腹でも下したのかな?と思いながら「体調悪いの?」と訊くと「全然いいよー」と明るい声が返ってきた。ますます分からなくなって放っておいた。すると次はやたら絡みついてきた。


「え?なに?なにぃー?えぇーー?」プロレス技はよく知らないけど、それっぽいのを掛けられてるらしい…


「あのー、、体が絡み合ってるんですけど」

「ムラッとこない?」

「村?この状況で何言ってんの?」


技が解かれた。ジーっと珍しい生き物でも見るような目つき。


「なんだよその目は!言いたいことあるならその饒舌な舌で訴えてみぃ!」


次の瞬間、下半身に抱き着かれてズボンを下ろされた。彼女の顔がすごく近くて少しドキッとした。お互い無言のまま見つめ合った。しばらくしたらふぅーと彼女はため息をついて部屋から出て行った。この時、僕は彼女を女性扱いしていないことに気付いた。ゲーム友達という感覚だった。なんとなく居心地が悪くなってその日は帰った。




その後、彼女の家に遊びに行った時は今まで通り普通の様子だった。その次も、またその次も。そんな感じがしばらく続いたある日、ちょっとした触れ合いがじゃれ合いになり、気付いた時には僕が彼女を押し倒す格好になっていた。よく見ると大人びて整った顔立ちをしている。真顔だとまるで別人だ。それまでは彼女の顔をまともに見てなかったことに気付く。正直、ムラッとした。顔をゆっくり近づけて唇を重ねた。首の下から腕を回して顔を近づけた時


「ゴメン!今日は出来ないんだよね。本当にゴメン」


彼女はゆっくり起き上がって僕の前にちょこんと正座した。いつもの表情に戻っていた。


「あ、、んーと、こっちこそ急にゴメン」


ばつが悪くなり帰ろうとしたら手を掴まれた


「もう少し一緒に居て欲しい」


僕等はベッドの上で添い寝して時間を過ごした。彼女の生い立ちや夢、僕の知らない話をたくさんしてくれた。今思えばこの時に僕も僕が大事にしてるモノについて語っておくべきだったのだ…


それからも遊びに行ったが、今までとはなんとなく雰囲気が違った。彼女も僕もゲームや会話に夢中なフリをしながら何かを探ってる妙な感じ。こういう場面は男がリードすべきなのは知識として知っていたけど、僕は小心者の臆病者だった。


そして事件は起きた。僕が大事にしている日と彼女の誕生日が重なったのだ。直前まで気付かず、気付いてすぐに彼女に謝罪の電話を入れる。


「今年の誕生日は一緒に過ごせない。ごめん」


理由を述べていくと


「それは私より大事なんだね」


消え入りそうな声で返された。


こんなに頼りない声を聞いたことが無くて心配になったから、実際に会って話し合うことにした。二人の価値観は平行線で終いには皮肉を返されるようになった。僕が大事にしてるモノの意味や意義、その重要性を持ちうる限りの言葉を尽くして語ったのだが、彼女には通じなかった。そして彼女の意地悪な一言が癇に障って言ってはいけない言葉を放った。


「メンドクサイなぁ、、、もう別れようか」


半分は本音、半分は強がり。彼女の表情が凍り付いた。何か言われた気がしたが気付かないふりをしてその場を後にした。




数日経っても、モヤモヤしていたから姉に相談した。話し終える前に平手を食らって唇が切れた。


「お前のやったことは男として最低だ。例え相手が年上であっても、お前がそこに甘えてどーすんだよ!本気で相手と向き合う気がねぇなら、ハナから恋愛なんてすんじゃねー」


ドスの利いた声。鉄の味を感じながら、もっともだなと思った。何も言い返せずに黙っていると


「その子の住所を教えな!身内の不始末だ。当事者が木偶の坊な体たらくなら、姉が責任とらねーとな」


指示に従い、姉の後姿を見送った。



慌ただしく帰って来て


「お前はまだあの子に未練はあるか?」

「ない」

「それは本音かい?」

「ああ」

「彼女もともと華奢なんだろうけど、やつれてたぞ」

「そう」

「それでも会ってやらないのかい?」

「会わない覚悟で別れを告げたから」

「ふーん、、後悔はないね?」

「ああ」

「お前ら似た者同士だな」


呆れた様子で家を出た。姉はある種の女性たちを纏める立場にいたから、色恋沙汰の面倒見には慣れていた。



今度は疲れた様子で帰って来て


「先にシャワー浴びさせろ」


と一言。自室で待つことにした。


「とりあえず収拾はついたと思う。だけど、お前なぁ、、、あの子のどこがそんなに気に入らなかったんだよ。器量よしの性格よし、拗ねて出ただけの言葉じゃねーか!それにどうにだって解決策はあっただろ?芯が強いと言えば聞こえはいいがお互い頑固者同志なんだよ」


缶ビールを数本抱えている。これは長くなるなと覚悟を決めた。


しばらく説教がつづき


「大事なコトを関係が深くなる前に伝えてなかったことを反省しろ。それと、、もっと素直になれ。パートナー関係ならもっと相手を信頼しろ!」


「以上」と言って解散となった。


しばらく経って彼女が引っ越したことを風の便りに聞いた。




今から数年前、全国紙でとある賞の授賞式の様子が小さく伝えられた。受賞者の名前に見覚えがあり検索してみた。その人のプロフィールを見ると好きな言葉の欄に最初で最後の口げんかの時、僕が何度も何度も言い聞かせた言葉が掲載されていた。


いろんな感情が押し寄せてきて涙が滔々と流れた。謝罪も感謝も祝福も意味を持つことはないだろう。全ては自己満足に過ぎないのだから…


一緒に祝う事が叶わなかったあの年のあの日。その日に渡す予定だったプレゼントは今も実家の机の引き出しの奥深くに眠っている。帰省した際ときどき取り出して記憶を反芻する。雑貨屋で見つけたそのブレスレットは自戒の道具となった。


あれからどれだけ僕は成長できただろうか。たくさんの愛情を受けた恩知らずは命を削ってでも何かを残さねばならない。そんな使命感に今の僕は突き動かされ生かされている。達成したとき未来に繋げなかった数々の出来事や思いがすべて報われ昇華される。


そうであると信じたい。

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追憶に潜む未熟な影 田埜 マキ @ReCLuSe

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