第391話 水上機母艦

 オーストラリアやその周辺では、ユナーツとアマト国が小競り合いを起こす事はあったが、全般的には平和な日々が続いた。


 ホクトではいろいろな変化が起きていた。一番顕著けんちょなのが、商店などの建物だろう。少し前までは木造の建物が主流だったのだが、製鉄技術やコンクリートを使った建築技術が発達して鉄筋コンクリート製の建物が増えたのだ。


 それに従い、二階建てだったものが三階建て、四階建てと背が高くなっている。それにガラス製造も盛んになり、窓が大きくなって店内が明るくなった。


 それに加えダムを造って安定した電源を確保したので、道路の地下に共同溝を掘って電線や水道管を設置するようになる。初めは電柱を立てて電線を張り巡らそうかと計画したのだが、上様が反対して共同溝になったようだ。


 久しぶりにホクトへ来たクロダ・ドウセツは、日に日に変わるホクトの街を確かめて、満足そうに頷いた。ドウセツは変わる街の様子を確認するのが好きなのだ。


 ドウセツはホクトから列車に乗って、チガラ湾にある海軍基地へ向かう。蒸気機関車の後ろに三両の客車が繋がっており、大勢の乗客が居た。


 ドウセツが席に座って窓の外を眺めていると、子供を二人連れた婦人が隣の席に座る。子供たちは前の席に座り、窓から外を眺め始めた。


「ねえねえ、いつ走り出すの?」

 小さな男の子が尋ねた。

「そうね。後五分くらいよ。大人しくしていなさい」


 汽笛が鳴り、列車が動き出した。ゴトンゴトンと規則正しい音を響かせて走り出すと、急に眠くなる。ドウセツは目を閉じて列車が響かせる音に耳を傾ける。


 眠っていたドウセツは、終点に着いたという声で目を覚ました。隣りに座っていた婦人と子供たちは先に降りたようだ。


「よく寝た」

 ドウセツは立ち上がり、荷物を棚から下ろしてドアから降りる。駅を出るとチガラ市の中心街が広がっていた。ホクトの街に比べれば規模が小さいが、極東地域で有数の規模を誇る街だ。


 バス停まで行って時間を調べると、次のバスは一時間ほども待たないといけないようだ。ドウセツは人力車が止まっているところまで行って、海軍基地までと頼んだ。


 人力車に乗って通り過ぎる街並みを眺めながら、建造される水上機母艦について考えていた。規模が大きく無骨な感じがする海軍要塞と呼ばれる建物が見えてくる。


 その海軍要塞の前で降りて中に入る。二階に上って会議室に入ると何人かの軍人が、すでに待っていた。

「ドウセツ、遅いぞ」

 海軍のイサカ・ソウリン提督が声を上げた。


「まだ会議が始まる時間より前ですよ。ソウリン提督が早すぎるのです」

 ソウリンはイサカ提督ではなく、ソウリン提督と呼ばれている。上様がソウリンと呼んでいるからだが、ソウリン自身もどうでも良いと思っているので、ソウリン提督が定着している。


 航空機戦術研究班の大尉であるドウセツは、持って来た風呂敷包みをテーブルの上に置くと椅子に座った。


 会議のメンバーが集まり会議が始まる。

「水上機母艦が、もうすぐ完成する。そこで水上機母艦の運用と戦術を協議したい」

 ソウリンが中心となって会議が進められた。


「一隻の水上機母艦で、八機の水上機を運用する事になっています。この八機は偵察機として使う事になるでしょう」


 ドウセツが説明すると、ソウリンが腑に落ちないという顔をする。

「どうしてだ。上様の説明では、敵艦を攻撃する事になっていたはずだぞ」

 それを聞いて、ドウセツが頷いた。

「それは承知しています。ですが、爆撃照準器の開発が遅れており、爆撃機としては、まだ使えない状況なのです」


 ソウリンが渋い顔をする。

「その爆撃照準器というのは、それほど難しいものなのか?」

「初めて作るものなので、開発が難航しているようです」

「それなしでは、爆撃できないという事だな」


 そう聞かれて、ドウセツは言葉に詰まる。

「できない事はありませんが、命中率がガクッと落ちます」

「どれほどだ?」

「二階から目薬をさすほどの命中率になるでしょう」


 その言葉を聞いた出席者が笑った。

「命中率が落ちるのは本当らしいが、冗談を言うほどの余裕があるのだな。なぜだ?」

「航空機戦術研究班の研究で、水上機を偵察機として運用した場合、爆撃機として運用した時と同じくらいの戦術的効果があると、分かったのです」


「戦術的効果だと……詳しく聞こう」

 ドウセツは持って来た資料を配った。そこに書いてあるのは偵察機を使った索敵方法だった。ドウセツは海上での索敵方法を説明する。


「このような索敵で、敵艦隊を先に発見すれば、我々は先手を打てる事になります」

「ほう、どのようにだ?」

「駆逐艦による魚雷攻撃です。敵艦隊の進行方向に回り込み魚雷を放つのです」


 それを聞いたソウリンは、頷いて考え始める。それから細かい運用方法が話し合われた。


 その会議が行われてから一ヶ月後に、水上機母艦が完成。そして、二つのフロートを持つスズラン型水上偵察機も完成する。


 ドウセツは三十人ほどの飛行チームを率いる指揮官として、水上機母艦に乗る事になった。本格的な運用が開始されると、ドウセツも含めて厳しい飛行訓練が始まる。


 それを経て問題点の洗い出しと修正、機体の改修などが行われ、水上機母艦が本当に使えるようになった。


 だが、その頃になって、南洋警備隊とユナーツのオーストラリア総督府の間で、小競り合いが発生した。その小競り合いでユナーツの軍艦が沈むと、戦争という大事に発展しそうな状況になったようだ。


 アマト国海軍では、グアム島に水上機母艦を含む数隻の軍艦を送る事を決定した。


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