第390話 キャンベラ族の長老

 オーストラリアはユナーツのボウマン総督が更迭されたので、新しい総督が任命された。新しい総督はジョーダン・デクスターという人物で、規則にうるさい堅物だという評判である。


「ダウエル長老、このままではユナーツの植民地にされてしまいます」

 長老の補佐をしているジャックマンが言った。

「分かっている。だが、ユナーツ人は強い」

「あいつらの強さは、武器の強さです。イングー人の商人から、武器を買って戦いましょう」


 長老が渋い顔をする。

「だが、その武器の代金を支払うためには、土地を売らねばならん。イングド国も侵略者なのだぞ」

「ですが、殺して土地を奪うユナーツよりはマシです」


 そう言われた長老は額にシワを寄せて深く考える。長老は悩んだ末に、

「アマト人はどうだろう?」

「ニューカレドニア島やニュージーランドに住み始めた連中ですか?」

「そうだ。彼らはユナーツと敵対していると聞く。上手く交渉したら、武器を援助してくれるのではないか?」


「敵の敵は、味方という事でしょうか?」

「そうだ。まず交渉してみよう」

 ダウエル長老は、数人の従者を連れてニューカレドニアのヌメアへ向かった。ヌメアはアマト人たちが海軍基地を建設している場所で、ニューカレドニアの中心地になると言われている。


 小さな帆船に乗ったダウエル長老たちは、ヌメアの湊に到着。そこで目撃したのは、先進国の街に生まれ変わろうとしているヌメアの姿だった。


 大勢の人々が森を切り開き、そこに道と建物を造り始めていた。長老たちが驚いたのは、土木作業で使われているブルドーザーなどの重機の存在だった。


「長老、あの鉄の塊が動いて、土を運んでいます」

 ジャックマンが見たままを言う。

「分かっておる。同じものを見ておるのだぞ」


 そこにアマト人が来た。長老たちを見て少し迷っていたが、

「あなたたちは、オーストラリアの方ですか?」

 と長老たちと同じ言語で話し掛けてきたので、ダウエル長老は頷いた。


「我々はキャンベラ族だ」

「おお、有名なキャンベラ族の方たちでしたか。どうしてニューカレドニアへ?」

「代表の方と話があって来た」

「代表……となると、ロクゴウ少将が適任でしょう。呼びますので、私の屋敷で待ってもらえますか?」


 声を掛けたのは、ヌメアで警邏隊を任されているタカヤマ・マサナオである。ヌメアの警察署の署長のような地位にある人物で、趣味でオーストラリアの歴史を研究している人物だ。


 長老たちはタカヤマの屋敷に案内された。この屋敷はタカヤマの所有物という事ではなく、警邏隊の隊長に貸与される官舎である。かなり大きな屋敷で、外からのお客を歓待する宿泊施設としても使う事になっていた。


 なので、屋敷には大勢の使用人が居る。長老たちを客室に案内して、グアム島のロクゴウ少将に無電を打つ。ちなみに無電というのは無線電信の事だ。


 南洋で使われている無電符号は、暗号化されていない。敵が無線通信技術を持っていないので、暗号化する意味がないと判断されたのである。


 長老が案内された部屋は、十五畳ほどの広さがあった。そこに寝台とテーブル、ソファーが置かれ、寛げる部屋となっている。


 その長老の部屋に従者を含めた全員が集まって話し合っていた。

「タカヤマ殿の話では、代表であるロクゴウ少将は、明日ヌメアに到着するそうだ」


 ジャックマンが気に入らないという顔をする。

「おかしくはないですか。そのロクゴウ少将というのは、グアムに居るのですよね。グアムからニューカレドニアまでだと……」


 話の途中で長老が遮った。

「ジャックマン、自分たちのものさしで測ろうとするな。あの鉄の塊が地面を均しているのを見ただろう。ここには、我々が知らないものがあるのだ」


 その日、オーストラリアから来た者たちは、中々眠れなかった。夜になると、街路灯が灯され窓から幻想的な街の風景が見えたのだ。それを何時間も見ていたのである。


 翌日、ロクゴウ少将が到着すると、役所の会議室で話し合いが始まった。まず自己紹介をしたロクゴウ少将は、長老たちが尋ねてきた理由を質問する。


「我々が来たのは、ユナーツとの戦いを支援して欲しいからです」

 ロクゴウ少将は支援と聞いて、難しい顔になった。アマト国とユナーツは、まだ戦うには準備が足りないと考えており、戦う切っ掛けを作らないように注意している。


 そんな時期にオーストラリアへの支援は、戦いの切っ掛けになりかねないのだ。ロクゴウ少将は詳しい話を聞いた。


「すると、欲しいのは武器なのですね?」

「そうです。我々は銃と銃弾が欲しいのです」

 以前にイングド国から購入したのだが、その代金として領土を要求されて、さらなる銃器の購入をためらっているという。


 イングー人は貪欲だ。長老たちに売ったのは、旧式の単発銃らしい。イングド国でも連発銃を開発しているのだが、新型の銃は売らなかったようだ。


「欲しいというのは単発銃でいいのかね?」

 長老が頷いた。

「もちろん、連発銃をもらえるというのなら、喜んで受け取る。ですが、購入するとなると、そんな高額な代金は払えないのです」


「そうですな。アマト国も新型の銃を無償で提供する事はできない。いいでしょう。単発銃と銃弾を提供するという方向で、本国に検討してもらいます」


「それで、その代価として、我々は何を提供したらいいだろう?」

 長老がロクゴウ少将の目を見ながら言った。

「労働力という事になるでしょう。我々の街を建設する手伝いをしていただく事になるでしょう。もちろん、給金は払います。タダ働きでは長続きしませんから」


 ロクゴウ少将は、この件をホクトへ報告し判断を仰いだ。その結果、支援する事になった。本国の判断は、ユナーツがオーストラリアを手に入れれば、アマト国にとって不利になると考えたらしい。


 実際、ユナーツがオーストラリアを領土化すれば、ニュージーランドやニューカレドニアはいつ攻撃されるか分からない危険な地域になってしまう。


 直接対決はしたくないが、キャンベラ族を支援する事で、ユナーツの拡大を阻止しようという事である。

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