第353話 ユナーツとの交渉

 チュリ国のエナムから逃げ出したシーモア総督は、太平洋の真ん中にあるウォルター諸島へ逃げた。ウォルター諸島は昔のハワイ諸島が存在した位置にある島々である。


 大変動が起きた時にハワイ諸島は海に沈んだ。その後もう一度隆起してウォルター諸島が生まれたらしい。但し、ウォルター諸島がユナーツに組み込まれたのは最近の事なので、小さな湊町が一つあるだけの未開拓の島だった。


「ディラック主任、陸軍はアマト国軍を撃退できると思うかね?」

 シーモア総督が役人のディラックに質問した。

「無理でしょう。アマト国軍は兵力が足りなければ、本国から増援できますが、我が軍は減った人員を補充する事もできません」


「だが、我が陸軍は最強だと聞いている」

「それが嘘だという事は、桾国軍との戦いで証明されています」

 シーモア総督が渋い顔になる。

「あれは桾国軍に補給線を叩かれて、撤退しただけだ。そうでなければ、我が陸軍は勝利したはずだ」


 その前にもゲンサイが率いる桾国軍に負けているのだが、シーモア総督の頭の中から消えたようだ。その時、総督の部下が走り込んできた。


「総督、プレストン将軍が率いる陸軍が、エナムで敗れ降伏いたしました」

「な、何だと!」

 シーモア総督が驚いて大声を上げた。ディラックは分かっていた事だと溜息を漏らす。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 クガヌマは占領したチュリ国を見て回った。戦争が続いた土地である。田畑は荒れており、多くの農地が放棄されていた。


「この農地を元に戻すには、長い年月が掛かりそうだな」

 クガヌマがチュリ国を視察している間に、黒虎省と江順省のユナーツ軍が降伏した。補給が途絶えたユナーツ軍は単発銃の銃弾がなくなり戦えなくなったのだ。


 ユナーツ人の捕虜は三千人ほど、チュリ人や桾国人の捕虜は五千人ほどになったようだ。その捕虜の数を聞いたクガヌマは顔をしかめた。


「多すぎる。なぜ、こんなに多いのでござろう?」

 その疑問を聞いた副官トカイは、シーモア総督が逸早く逃げたからだと答えた。

「組織の頭が逃げたのですから、士気が上がるはずがありません」

 クガヌマは頷いた。


「某もそう思うが、軍人なら最後まで死に物狂いで戦うべきだと思う」

「自国民を守るためなら、そうしたでしょうが、今回は植民地が欲しいという一部の者の欲だけで、手に入れた土地でしたから」


 捕虜たちはチトラ諸島の小さな島に連れて行かれ、捕虜生活を送る事になった。ユナーツが組織した植民地軍は、解体せずに警邏兵として活用する事に決まる。


 チュリ国・黒虎省・江順省が落ち着くのに一年という歳月が必要だった。そして、その間にユナーツとアマト国では何度か交渉が行われた。


 場所はウォルター諸島の湊町である。外交奉行のコニシがウォルター諸島まで行って交渉の席に着いた。相手はギネス大統領の命令で来た国防省のドノヴァン長官だった。


 本来なら国務省のスペンサー長官が交渉すべきなのだが、アマト国との戦争は国防省が強い指導力を発揮して始めたものだったので、最後まで国防省が担当しろと大統領に命じられたのである。


「コニシ殿、ユナーツ語が話せるそうですね」

「ええ、ユナーツ人と交渉する事も有るだろう、と思い勉強したのです」

「それは素晴らしい。アマト国は本当の文明国だと痛感しました」


 言い返せば、それまで文明国だと思っていなかったという事だ。

「さて、今回の戦いはユナーツが仕掛けてきた事であり、ユナーツに賠償を要求します」


「待って頂きたい。すでにチュリ国・黒虎省・江順省を、我々から奪っているではありませんか」

「その三つは戦いでアマト国が手に入れたもの。賠償にはなりません」


「それは欲張り過ぎというものです。賠償などと言わずに、この辺で手を打ちませんか?」

 コニシはドノヴァン長官の心を読もうと集中した。

「ユナーツ海軍は、アマト国のミケニ島を攻撃するつもりだったようですな。それが成功したら、どれほどの犠牲者が出ていたでしょう」


 ドノヴァン長官の顔色が変わる。

「いや、我が海軍は本気で攻撃する意図はなかったのです。脅すだけで引き上げる予定でした」

 嘘だ、そうコニシは判断した。


「あり得ませんね。あれだけの艦隊を用意して、脅すだけ。馬鹿を言わないで頂きたい。あなた方は我が領土を攻撃して、植民地にしようと考えたのではありませんか?」


 交渉が続けられると、ユナーツ側の旗色が悪くなる。

「交渉が纏まらなければ、戦争が続く事になる。アマト国は、それを望んでいるのですか?」


 コニシが笑った。

「私個人としては、望んでいませんが、武人たちの中には戦いの継続を望んでいる者も居ます」

「馬鹿な。これ以上の継続となると、ユナーツ本国まで行き攻撃する事になる。本気ですか?」


「ええ、そうです。我々には列強諸国まで行って、首都を攻撃したという実績がある。できない事ではないのですよ」


 ドノヴァン長官の顔から汗が噴き出し、それをハンカチで拭き始める。

「ま、待って頂きたい。貴国は賠償金を求めているという事でしょうか?」

「そうですね。貴国の国家予算の半分で構いませんよ」


「じょ、冗談じゃない。そんな法外な賠償金など承知できるはずがない」

 それから交渉を続け、コニシが諦めたように溜息を吐く。

「仕方ありません。それでは、このウォルター諸島を割譲するというのは、如何でしょう」


 ドノヴァン長官はウォルター諸島の割譲で承諾した。但し、これを正式なものにするには、大統領の承認が必要になる。


 ドノヴァン長官は本国に帰って大統領に報告した。

「手に入れたばかりのウォルター諸島を手放せというのかね?」

「ウォルター諸島がダメなら、国家予算の半分です」

 大統領は口をへの字に曲げ、ドノヴァン長官を睨む。


「アマト国海軍が仕掛けて来るのが分かっているのなら、防ぐ事ができるのではないのかね?」

「我が国土は広いのです。どこを攻めるのか分からなければ、防ぐのは、難しいでしょう」

 大統領は渋い顔をして、ウォルター諸島の割譲を承認した。


 これは歴史的とも言える判断ミスだった。ウォルター諸島はアマト国とユナーツの真ん中に位置する島々である。そこに大海軍基地を建設すれば、太平洋を支配する根拠地になるからだ。


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