第339話 桾国軍の悪魔

 ゲンサイは自分の部隊を百人程度の小部隊に分け、少しずつ伊魏省へ送り込んだ。まず省都クレンから遠い地方へ小部隊を送り込み、治安を回復させる。


 その繰り返しで少しずつ伊魏省を掌握していく。小部隊のユナーツ軍とかち合う事もあったが、ゲンサイの部隊は無理をせず逃げた。そして、味方を集めてユナーツ軍の小部隊を倒すという事を行う。


 伊魏省のほとんどが桾国側に戻り、残りは省都クレンと炭田のある地方のみとなる。ユナーツ軍は桾国軍の動きを恐れ、奪い返された土地をもう一度取り戻そうと攻めたが、桾国軍はまともに戦わずに待ち伏せ・奇襲・夜襲などを駆使してユナーツ軍が消耗するように努力した。


 この状況を知ったユナーツ軍の幹部たちは、省都クレンの陣地で軍議を開いた。

「この戦況を、どう思う?」

 プレストン将軍が配下の将校たちに尋ねる。


「何だか、桾国軍と戦っているとは思えません」

 ダンフォード大尉が声を上げる。それを聞いたプレストン将軍が頷いた。

「それは私も感じている。何か老練な政治家の手のひらの上で、転がされている感じだ」


「今回の指揮官は、周将軍だと言われています。我々が何度か敗北した智将です」

「まずいな。このままでは、いいようにやられて敗走する事になる。どうすれば良いと思う?」


「敵の大将を倒すしか無いのでは」

「だが、その大将の居所が分からない。普通なら陣地を構えて、そこから指揮を執るはずなのに、一向に姿を見せぬ。私には理解できんよ」


「多くの桾国兵を捕らえて聞き出すしかないでしょう」

 その意見に従い、桾国兵狩りが行われる。その結果、伊魏省のマイケン村に居る事が分かり、プレストン将軍はマイケン村を奇襲するように命じた。


 ユナーツ軍は二千名の奇襲部隊を編成し、ダンフォード大尉に任せた。奇襲部隊は目立たないようにマイケン村に向かい、山間にある村に近付く。


 ダンフォード大尉は村の家々から食事の用意をしている煙が上がっているのを見て、周将軍がここに居ると確信する。


「いいか、周将軍を見付け出して、必ず殺せ」

 そう命じるダンフォード大尉は、部下たちを戦いに送り出した。そして、ダンフォード大尉自身も村へ近付いて行く。


 大尉は銃声が聞こえない事を不思議に思った。

「部下たちは、何をしているんだ?」

 その部下の一人が走って戻って来る。

「大尉、おかしいです」

「何がおかしいんだ?」


「村に誰も居ないのです」

 それを聞いた瞬間、血の気が引く音が聞こえた。そして、大尉の横を矢が通り過ぎて、報告した部下の胸に突き立つ。


「クソッ、罠にはめられた」

 大尉は部下たちに撤退するように命じたが、全てが遅かった。その頃には、矢の雨が部下たちに降り注ぎ、村の周囲から火の手が上がったのだ。


 村を取り囲むように燃え上がった炎は、ユナーツ兵と村を閉じ込める。ユナーツ兵は一人として逃げる事ができず、マイケン村と一緒に滅んだ。


 その結果を知ったプレストン将軍が、

「桾国軍の周将軍は、悪魔なのか。それ以外に、こんな事ができるとは考えられん」

 と唸るように言った。ゲンサイはユナーツ軍により悪魔にされてしまった。


 ゲンサイはユナーツ軍の兵站部隊を襲い、着実だがゆっくりと伊魏省のユナーツ軍を締め上げ始める。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 アマト国では農作物が豊作で、冬支度を始めた人々の顔に笑顔がある。

 俺は順調に発展していくホクトの街を見下ろしながら、イングド国の事を考えていた。西方のキナバル島に海軍基地の建設を始めたイングド国が、本国から次々に軍艦を運び込んだという報告を聞いて、憂鬱になった。


「イングド国の連中は、勝つまで戦争を続ける気なのだろうか?」

 評議衆が苦笑いを浮かべている。

「一度のお仕置きでは、理解できなかった。という事でござろうか」

 クガヌマが気に入らないという顔をしている。


「もう戦争は嫌だと思うまで、叩かねばならんのでしょう」

 トウゴウが冷たい目をして言った。

「そうだな。もし、戦になるようなら、徹底的に叩こう」


「上様、列強諸国が所有している植民地に、独立運動の組織を作っては如何でしょう?」

「面白い。だが、多くの血が流れる事になる。慎重に調査して、始める事になるだろう」


「上様が、イングド国のやり方を不快に思っていると、伝えては如何でしょう」

 外交奉行のコニシが言う。

「どうやって伝えるのだ?」

「親書を列強諸国の首脳に送るというのも考えられますが、それだと握り潰される恐れがあります。そこでホクト新聞の極東版のようなものを作り、それを列強国で売るという方法で配るのです」


「無料で配るのではなく、売るのか?」

「紙やインクも無料ではありません。それに無料で配れば、陰謀だと思われるかもしれません」


「なるほど。それならば、桾国軍とユナーツ軍の戦いの様子も書いて、ユナーツでも販売しよう」

 この作戦はすぐに始まった。極東新聞と名付けられた新聞は、イングド語・フラニス語・ユナーツ語に翻訳されて印刷し、船で運ばれて列強諸国やユナーツで販売された。


 それらは評判になってかなり売れた。極東地域の情報が、格安で手に入るというので評判になったのだ。


 それを読んだユナーツ人の中には、自分たちの国が遠い極東で戦争をしていると、初めて知った者も多かった。特に極東へ派遣された軍人の家族は、本当の情報が入り不安を抱いた。


 またキナバル島の土地を住民から騙し取ったイングー人のやり方に、アマト国の支配者が怒っていると聞き、どうなるのだと思い始めた。


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