第338話 ホクトからの指示

 晨紀帝から伊魏省のユナーツ軍を撃退するように命じられた劉将軍には、五万の兵が預けられた。前回は十二万の兵力だったのに敗退した事を考えると、劉将軍は不安になる。


 劉将軍は、正面からの戦いでは伊魏省を取り戻せないと悟った。結果、私財を投入して『闇の処刑師』と呼ばれる組織に、ユナーツ軍の幹部を殺害する依頼を出した。


 暗殺によりユナーツ軍を混乱させようと考えたのである。但し、それが簡単にできる状況にない事は明白だった。ユナーツ軍の幹部は、いつ戦場になるかもしれない伊魏省に居る。


 その周囲には警備兵が配置されており、簡単に近付く事はできない。特に総指揮官であるプレストン将軍は、伊魏省のユナーツ軍陣地の奥に居る。厳重に守られているので、暗殺は難しかった。


 それでもユナーツ軍のシェーン大佐が暗殺された。ただ以降の暗殺は尽く失敗し、暗殺者は捕縛、もしくは殺された。


 伊魏省へ移動中だった劉将軍は、暗殺が失敗した事を知り顔を歪めた。

「チッ、役に立たん者たちだ」

 吐き捨てるように言った劉将軍が伊魏省に入った時、激しい銃声が鳴り響いた。待ち伏せ攻撃を受けたのである。


 劉将軍の乗っている馬に銃弾が命中し、暴れた馬は劉将軍を放り出した。地面に叩き付けられた劉将軍は、混乱する将校の馬に蹴られて死んだ。


 正面から戦う前に、決着がついてしまった。指揮官を失った桾国軍は、ハイシャンに引き返し始める。

 その報せを受けた兵部の陳尚書は頭を抱えた。


「何という事だ。我軍は呪われておるのか?」

 そう言いたくなる気持ちに共感する者が、兵部には多かった。だが、この報せを聞いた晨紀帝の反応を考えると、関わり合いになりたくないと兵部の大多数が思う。


 予想通り報せを聞いた晨紀帝は、大激怒した。だが、劉将軍を任命したのは皇帝自身である。

「陳尚書、軍にはまともな将は居らぬのか?」

 怒りが込められた質問に、陳尚書は頭を下げて答える。


「劉将軍は、運が悪かっただけでございます。あのままユナーツ軍と戦っていたら、伊魏省からユナーツ軍を叩き出していたでしょう」


 晨紀帝が目を吊り上げたまま陳尚書を見下ろした。

「本当に、そう思っておるのか?」

「ほ、本当でございます」


「それで、どうすれば良いと思う?」

「ここは韓将軍に任せてみては、如何でしょう」

 陳尚書の一派に属する将軍の名前を挙げた。


 晨紀帝が怖い顔になっている。

「周将軍を呼び戻す。手配せよ」

 陳尚書は反対しようとしたが、晨紀帝の顔を見て諦めた。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 その頃、ゲンサイは湊町ナンアンで町を警備しながら、衛生兵の教育を行っていた。そこに首都から戻れという命令書が届いた。


「せっかくゆっくりしていたのに、またハイシャンか」

 ゲンサイが愚痴ると、ヒョウゴが苦笑いする。

「今回はホクトから指示が来ておるぞ」

「誰からの指示だ?」


 ヒョウゴが書状をゲンサイに見せた。

「アマト国軍、軍司令部からのものだ」

 ゲンサイは書状を受け取って読んだ。そこには対ユナーツ戦についての細かい指示が書かれていた。


 ゲンサイでも、今度任されるだろう伊魏省のユナーツ軍に勝つのは難しいとホクトでは考えたようだ。そこでアマト国軍の精鋭に検討させて、結果を送ってきたらしい。


「なるほど、こうすれば伊魏省から、ユナーツ軍を追い出せると考えたのだな」

 それは伊魏省の状況や桾国の懐具合まで考えて考案された作戦だった。


 ゲンサイは、その作戦案を頭に叩き込んでから首都ハイシャンへ向かった。宮殿ではまだかまだかと晨紀帝が待ち構えていたらしい。


 ゲンサイがハイシャンに戻ると休む暇も与えず、宮殿に呼び寄せた。

「ご苦労であった。そなたを呼び戻したのは、伊魏省からユナーツ軍を追い出す戦いを命じるためである。兵はどれほど必要だ?」


「私に預けられている二万の兵で、十分でございます」

 ゲンサイがナンアンへ行っている間、二万の兵のほとんどを林少将に任せていた。ナンアンへは五百ほどの兵と八人の衛生兵を連れて行ったのだ。


「なんと! 二万だけで良いと申すのか?」

 晨紀帝が驚きの声を上げる。

「但し、陛下には時間を頂きたいと、思っております」

「どういう事なのだ?」


「一年掛けてユナーツ軍をゆっくりと締め上げ、追い出そうと思っているからでございます」

「ふむ、一年も掛かるというのか。それはなぜなのだ?」


「我が国の国庫に、戦費が無いからでございます」

 晨紀帝が一緒に聞いていた陳尚書へ視線を向ける。

「そうなのか?」


「王将軍と劉将軍の遠征に、多くの戦費を使い。国庫がほとんど空なのは事実でございます」

 目を瞑った晨紀帝が、玉座の肘置きを叩いた。

「そんな状態で、韓将軍を任命して、何をしようと考えていたのだ?」


 その質問に陳尚書が慌てた。

「も、もちろん周将軍と同じでございます。時間を掛けてユナーツ軍を追い出そうと考えておりました」

 晨紀帝が溜息を漏らした。


「そういう事にしておいてやる。ところで、周将軍。具体的な策を説明してくれ」

 ゲンサイは伊魏省でユナーツ軍が制圧しているのは、省都クレンと炭田地帯だけだと説明した。その二つを除いた地域は、ほとんど元のままなので、その地域の治安を回復させる事が第一だと告げる。


「その後、江順省と省都クレンとの補給路を攻撃し、兵糧を断ちます」

「そのような事をすれば、クレンの住人が飢え死ぬのではないか?」

「省都の住民は、他の地方へ逃げるように誘導します。これは一時的なものです」


 晨紀帝はゲンサイの作戦案に納得したようだ。

「なるほど、伊魏省はそれでいいと思うが、国庫の件はどうしたら良い?」

 いきなり聞かれても困るとゲンサイは思った。


「それは吏部・戸部・礼部・兵部・刑部・工部の各部署が検討される事だと思います」

 陳尚書が渋い顔をしたが、ゲンサイは自分には関係ないと考えた。


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