第336話 劉将軍と王将軍

「伊魏省で大きな炭田が発見された事は知っておるだろう。伊魏省は桾国にとって重要な地方になった。そこで、警備を厳重にしようと考えている」


 兵部尚書の陳が、一番に発言した。

「劉将軍に任せるべきでしょう」

 陳尚書の一派である劉将軍は、『任せて欲しい』と頷いた。

「任せた場合、誰を伊魏省へ送るのだ?」


 晨紀帝が尋ねると、劉将軍は子飼いの将軍であるワン将軍の名前を出した。

「待て、周将軍に任せるのが、良いのではないか?」

 その皇帝の言葉を聞いた劉将軍は、ゲンサイに目を向けた。

「周将軍は、まだ怪我が完治しておりません。さすがに怪我人に軍を任せるのは、どうでしょう?」


 晨紀帝もゲンサイに目を向ける。そして、松葉杖を見ると溜息を漏らす。

「確かにそうだな。では、王将軍に任せる。但し、ユナーツの連中が動いているという情報もある。間違っても奪われるという失態を、朕が耳にする事がないようにせよ。もし、伊魏省が奪われた場合は、王将軍だけでなく任命した劉将軍にも責任を取らせる。良いな」


 劉将軍の顔が強張った。皇帝から解放された劉将軍と王将軍は、劉将軍の部屋に行って話し始める。

「面倒な事になったな。ユナーツが動いているというのは、本当なのか?」


 劉将軍の質問に、王将軍は困ったような顔をする。

「さあ、私は聞いておりません。誰からの情報なのでしょう?」

「分からん。だが、皇帝独自の組織が有るのは、確かなようだ。問題はユナーツ軍が本当に攻めてきた場合、それを撃退できるかだ」


 王将軍が従士に地図を持って来させる。

「ユナーツが支配している江順省から、伊魏省を攻める場合、シャオタン平原を通過しなければなりません。この平原には三つ砦があり、各五千の兵が常駐し守りを固めています」


 この砦はユナーツ軍に江順省を奪い取られた後に、建設が始まったものだ。

「堅牢な砦とは言えませんが、総数一万五千の兵が守っておりますので、簡単にユナーツ軍が突破できるとは思えません」


「周将軍がユナーツ軍と戦った時に、崩壊させたユナーツ軍の砲兵部隊はどうなっている?」

「ボドル部族連合との戦いでは、ユナーツ海軍の砲兵が活躍したと聞いております」


「という事は、海軍に援助を頼めば、野戦砲が使えるという事だ。あの砦は野戦砲の攻撃に耐えられるのか?」

 王将軍が唇を噛み締めて首を振る。

「急造の砦ですので、無理でございます」


 劉将軍と王将軍は話し合い、できる限りの大軍を伊魏省へ派兵する事にした。その数は十二万である。それを聞いたゲンサイは、それだけの兵を遠征させるだけの資金が有ったのかと感心した。


 ゲンサイは宮殿にある自分の部屋で、ヒョウゴと話をしていた。

「王将軍が十二万の兵を率いて、伊魏省へ出発したらしい」

 ヒョウゴの情報にゲンサイは驚いた。

「早いな。十二万だから、準備に一ヶ月ほど掛かると思っていた」


「碌な準備もせずに出発したようだ」

「しかし、最低限の準備はしたのだろう?」

 ゲンサイが最低限と言ったのは、兵糧と水、それにシャオタン平原で寝泊まりする場所である。


「どうだろう?」

 ヒョウゴは最低限の事もちゃんと準備したとは、思えないようだ。

「問題が起きそうな気がする。調べた方がいいようだ」

 俺は鬼影隊の趙隊長を呼んだ。


「お呼びでございますか?」

「ああ、鬼影隊に調べて欲しい事が有るんだ」

「ユナーツ軍の動向ですか?」

「そうじゃない。シャオタン平原へ向かった王将軍の部隊を監視して、報告を上げて欲しいのだ」


 趙隊長は怪訝そうな表情を浮かべる。

「なぜ味方を調べるのでしょう?」

「あの部隊は、ちゃんとした準備もせずに出発した。このままでは問題を起こすのではないかと、心配なのだ」


「なるほど、そういう事ですか。承知いたしました」

 ゲンサイが危惧した通り、王将軍の部隊は、手持ちの兵糧を太香省を半分ほど通過した地点で消費した。その部隊を監視していた趙隊長は、王将軍がどうするのかと思っていたら、近隣の町や村を襲い食糧を徴集し始めたのである。


 それを目にした趙隊長は、目を吊り上げて怒った。

「あの外道めが、陛下の民を何だと思っているのだ」

 趙隊長はすぐに報告書を書いて、首都ハイシャンに送った。その報告書を読んだゲンサイは、暗い表情になる。


「これでは民を敵側に追いやってしまう」

 こんな蛮行が続けば、皇帝を信頼できなくなった民が、敵側に寝返るようになる。そうなれば、戦争などできない。


 人々は協力しようとせず、太香省出身の兵は、部隊を脱走して家族の下へ行ってしまうに違いない。


 報告書を握り締めたゲンサイは、皇帝に謁見を求めた。散々待たされて、夕方に晨紀帝と会ったゲンサイは、趙隊長が書いた報告書をそのまま皇帝に渡した。


 それを読んだ晨紀帝は、顔色を変える。

「王め、何をしておるのだ。劉将軍を呼べ」

 慌てた様子で皇帝の前に現れた劉将軍は、青い顔をしていた。


「陛下、何かございましたか?」

「その方が任命した王将軍が、太香省の町や村を襲っているようだ。これは如何なる事なのだ!」


 晨紀帝の叱責の声は厳しいものだった。皇帝は趙隊長の報告書を劉将軍へ渡して読ませた。

「た、確かに、これは褒められた事ではございません。ですが、王将軍は太香省の民を犠牲にしてでも、伊魏省を守ろうとしているのです」


「他に方法がなかったというのか?」

「十二万という大軍を、一刻でも早く伊魏省へ送り込むために取った苦肉の策でございます」

 怒っていた晨紀帝だったが、劉将軍に丸め込まれてしまう。それを見ていたゲンサイは、アマト国へ帰りたくなった。


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