第335話 伊魏省の炭田

 マサシゲとドウセツの二人は、ユナーツで暮らして感じた事がある。この国が広大だという事だ。広大だから交通網が重要になり、道路の整備が進められている。


 だが、アスファルトがないので、七、八センチの砕石を二層にして敷き詰め、その上に二、三センチの砕石を敷き詰める、という方法で整備されているらしい。


「しかし、ここは馬が多いな」

 マサシゲがドウセツに話し掛けた。

「そうですが、ポンポン自動車も多いですよ」

 意外にもアマト国で開発したポンポン自動車が、多い事にドウセツは驚いていた。この燃料となる軽油はアマト国から購入しているはずなのだ。


 アマト国はユナーツから、どれだけの富を吸い上げているのだろうか、とドウセツは気になった。だが、ユナーツは大国なので、この状態が十年、二十年続いても財政が少し苦しくなるぐらいだろう。


 ただユナーツとしては面白くないはずだ。何とかして軽油や灯油を自分たちのものにしようと考えるだろう。そのために多くの戦艦を建造していると聞いている。アマト国は大丈夫なのだろうか?


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 マサシゲとドウセツがユナーツで学んでいる時、ユナーツが支配している桾国の江順省の東隣りにある伊魏省で大きな炭田が発見された。


 それを知ったシーモア総督は、陸軍のプレストン将軍を呼んだ。

「将軍、伊魏省で炭田が発見された事は知っているな」

「はい。かなり大きな炭田だそうです」

「その通りだ。ユナーツとしては、その炭田が欲しい」


 プレストン将軍は渋い顔になった。欲しいと言われても、持ち主は桾国なのだ。

「総督、現在我々はボドル部族連合と戦っております。この状況で伊魏省へ手を出すのは危険です」


「分かっている。そこでボドル部族連合とは、話し合いで決着できないか?」

「話し合い? 何を話し合うというのです?」

「撤退条件だ。我々が撤退する代わりに、ボドル部族連合に金を出させるのだ」


「……それは無理な話です」

「なぜだね? 金を出せば、我々が撤退すると言っているのだよ」

「撤退するという事は、我々が負けたという事を意味しています。負けた側が金を要求して、勝った側が金を出すとは思えません」


 そんな事を言い出せば、こちらが弱っていると思われるだろう。

「ふん、面倒なものだ。だったら、我々が撤退した場合、伊魏省を攻められるようになるのは、いつ頃だ?」


「少なくとも三ヶ月は必要だと思います」

「三ヶ月か、それで伊魏省は攻め取れるのか?」

「伊魏省の桾国軍は、二万程度の兵力しかありませんので、制圧は難しくありません。ただ桾国は奪還しようと、大軍を派兵するはずです」


「持ち堪えられないというのかね?」

「我軍の兵力が少なすぎるのです」

「本国の兵力を移動させるには、膨大な費用が必要となる。大統領は承知せんだろうな」


「諦めるしかないと思います。それより、ボドル部族連合のマライ州を何とかするのが、先です」

 シーモア総督の顔が不機嫌そうになる。


「マライ州の攻略が、これほど手間取っている理由は、何なのだ?」

「州境にある砦を奪還されたせいです。それにボドル部族連合が正面から戦おうとせず、少人数の部隊で絶え間なく襲ってくるからです。前線の将兵はゆっくりと休む事もできずに、疲れ果てています」


「マライ州を制圧できたとして、利益はどれほどになると思う?」

「あまり期待しない方がいいでしょう。今回の戦いで土地が荒れてしまいましたから」


 それが普通なのだ。荒れた占領地を掌握して、植民地経営を進めていくのが普通のやり方なのである。だが、伊魏省は制圧すれば、膨大な利益が手に入る。


 総督は損得を計算し、マライ州から撤退する事にした。

「伊魏省は、全部を制圧する必要はない。発見された炭田がある地方だけを制圧し、それを維持する事は可能か?」


「それならば可能でしょう。そんなに石炭が欲しいのですか?」

「我々は祖国の利益のために、こんなところまで来ているのだよ」


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 負傷したゲンサイは松葉杖を突きながら、宮殿に向かっていた。晨紀帝の息子である天順殿下が、熱を出したというのである。


「それは医者の仕事ではないですか?」

 とゲンサイが言ったら、『周将軍は名医だと聞きました』と言われた。左軍都督中将に任じられたばかりなんだが、と思いながら、ゲンサイは薬箱を持った従者ヒョウゴと一緒に東宮へ向かう。


 東宮に到着すると天順殿下の寝所へ連れて行かれ、診察するように言われる。

「将軍に手を煩わせるのも、どうかと思ったのですが、他の医者が頼りなかったのです」


 ゲンサイを呼んだ女官が言い訳をする。ゲンサイ自身、自分は医者だと思っているので診察するのを嫌っている訳ではない。だが、今まで医者だと言っていたのに、軍の仕事を与えられているので、少しくらい文句を言ってみたい気分なのだ。


 ただ相手が天順殿下なので、文句を言いたい気分を抑えて、診察した。横になっている天順殿下は、汗をかき苦しそうにしている。身体を調べると蕁麻疹じんましんが出ている。


 ゲンサイは天順殿下の具合が悪くなる前に、何を食べたのか尋ねた。父親である晨紀帝がアレルギーで具合が悪くなったのを思い出したのである。


 食べたものは記録が残っているので、普段食べないものを食べたのではないかと確認する。すると、ピーナッツが入った菓子を食べた事が分かった。


「天順殿下は、ピーナッツが毒になる体質なのかもしれません」

 そう言われた女官は驚いていた。天順殿下はピーナッツが入った菓子を食べて美味しいと喜んでいたからだ。


 薬を処方して、ピーナッツやピーナッツ油を食べないように注意すると医者としての仕事は終わった。また松葉杖を突きながら帰ろうとすると、今度は晨紀帝から呼び出された。


「人気者ですね」

 ヒョウゴがからかうように言ったので、ゲンサイが溜息を漏らす。

 ゲンサイが晨紀帝の下へ行くと、何人かの重臣が集まっていた。話は伊魏省で発見された炭田の件らしい。


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【あとがき】

執筆用の参考資料を公開します。みてみんにアップロードした極東地域の桾国詳細版地図です。

未完成ですが、よろしかったら参考にしてください。地図をクリックすれば大きくなります。


https://15132.mitemin.net/i633540/

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