第326話 成王とイングド国

 桾国の蘇采省で旗揚げした成王は、イングド国から交渉を持ち掛けられて戸惑っていた。そこで相談するために朴軍師を呼んだ。


「朴軍師、イングド国の件をどう思う?」

「イングド国は、拠点となるチュリ国・黒虎省・江順省をユナーツに取られました。その代わりとなる拠点を欲しいのでしょう」


「あの国は、まだ海翁島を所有していたはずだ」

「あそこは島ですので、大陸に拠点が欲しいのです」

「しかし、我らを援助する事で、どうして大陸に拠点を持つ事に繋がるのだ?」


 援助して成王を勝たせる代わりに、拡大した領土の一部を手に入れようと考えているのではないか、という推測を朴軍師が述べた。


「そんな事をすれば、イングド国に侵略する拠点を与えるだけではないか」

「ですが、イングド国を利用する利点もございます」

「それは何だ?」


「新しい武器を手に入れるのでございます」

「銃の事なら、アマト国から手に入れている」

「数が少なく、ほとんどは旧式の火縄銃でございます。イングド国には新式の単発銃を提供させるのでございます」


「だが、あれは銃弾を作れないぞ」

「はい、最初はイングド国で製造した銃弾や単発銃を買う事になるでしょう。ですが、本国が遠方に有るイングド国は、輸送するのが大変であるはず。そこで我々が材料を提供するので、近くで製造してくれと頼むのです」


 成王が頷いた。

「なるほど、製造するとすれば海翁島か。あそこに工場を建てるしかないな」

「海翁島は小さな島です。警備も十分ではないでしょう。その作り方を盗み出す事も可能かと思います」


 成王がニヤッと笑う。

「面白い。イングド国を利用してやろう」

 イングド国と成王の思惑が重なり、イングド国から新しい武器の援助を受ける事になった成王は、勢力を拡大した。


 蘇采省の北にある賦京省に攻め入り、制圧してしまったのである。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 張王軍を滅ぼした事で一息ついた桾国は、新たに成王軍が北に向かって勢力を伸ばし始めた事に、驚き脅威を感じた。


 晨紀帝は兵部の新しい尚書であるちん文洲ぶんしゅうと将軍たちを集め、軍議を開いた。その中にはゲンサイの姿はない。ゲンサイは張王軍討伐の成功により、休暇をもらい旅に出ているのだ。


 桾国内を見て回るという事になっているが、実際はアマト国に帰り家族と楽しい休暇を過ごしていたのである。こういう休暇をもらわなければ、精神的に疲弊するだろうというアマト国の判断だった。


 集まった将軍たちを見回し、晨紀帝が陳尚書に成王軍の状況を説明させた。

「逆賊軍を討伐する方策を述べよ」

 その命令により、将軍の一人りゅう将軍が意見を述べ始めた。


「逆賊軍は、イングド国から新式銃を手に入れ、戦力を充実させ勢いを強めております。その逆賊軍を倒すためには、十万の兵が必要と思われます」


 それを聞いた陳尚書は顔をしかめた。十万の兵を遠征させるために、どれほどの費用が必要か考えると頭が痛くなったのだ。


「劉将軍、本当に十万の兵が必要なのかね?」

「逆賊軍が賦京省に派兵した数は三万、その兵は新式銃を装備しております。打ち破るには三倍の兵が必要だと判断いたしました」


 晨紀帝が陳尚書に視線を向ける。

「賦京省の守備軍はどうしたのだ?」

「……最初の一戦で、逃げてしまったようです」

「そんな者たちを、兵として養っておったのか。これから派兵する兵たちは大丈夫なのだろうな?」


「もちろんでございます。首都がある漢登省を守る兵は、精鋭ばかりでございます」

 劉将軍は断言したが、晨紀帝は納得しなかった。派兵した兵が何度も敗退していたからだ。


「他に意見はないのか?」

 宋将軍が賦京省へではなく、明華省に攻め入るのはどうでしょうと提案した。蘇采省の西にある明華省は成王軍の支配下にあり、今なら手薄になっているのではないかと判断したらしい。


 それを聞いた陳尚書が頷いた。

「明華省を攻めるのに必要な兵力は、どれほどなのかね?」

「五万ほどで十分でしょう。明華省を制圧した後は、蘇采省に攻め入り逆賊どもを成敗してみせます」


 どちらの作戦が有効なのか、軍議で話し合い明華省に進軍する作戦が採択された。この事は宮殿に入り込んでいるアマト国の忍びたちも知る事になる。


 桾国内にある通信所からホクトへ通信された。いくつかの中継所経由でホクトに届いた報告文を読んだアマト国の武人たちは、成功するかどうかで論議となった。


 成功するという者は、明華省の防備が手薄になっているのは事実である事から、成功するのではないかと予想した。一方、失敗すると主張した者は、桾国の情報管理が酷すぎる事を問題にした。


 桾国が明華省に攻め入る事は、事前に成王軍に知られて対策を講じられるのではないかと予想したのである。


 アマト国で行われた論議など知らないハイシャンでは、討伐軍の編成が行われていた。

 その報告を受けた晨紀帝は、傍に居た陳尚書に確認した。


「太保補佐の周は、まだ戻らぬのか?」

「はい、予定では後一ヶ月ほどで戻る事になっております」

「なぜか、周が傍に居らぬと不安になる」

「ですが、功績のあった者に休暇を与えるのは、当然の事でございます」


「そうなのだが、周の代わりが居らぬというのが問題なのだ」

 それを聞いた陳尚書が顔を強張らせた。

「陛下、太保補佐以外にも優秀な者は居りますぞ」

 晨紀帝が陳尚書に目を向けた。

「例えば、今回の作戦を進言した宋将軍か? 実績を示せば認めてやろう」


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