第327話 ゲンサイと成王軍

 桾国軍は成王が支配下に置いている明華省に攻め入る準備を始めた。密かに準備しているつもりの討伐軍だったが、兵糧などの移送を隠そうともせず行ったので、軍事に詳しいものが監視していればバレバレだった。


 成王は桾国が明華省を狙っている事を知って、賦京省に派兵している兵の一部を明華省へ移動させる命令を出した。


「成王様、これほどの兵を賦京省から引き抜いて、よろしいのでしょうか?」

 朴軍師が確認した。

「構わぬ。万が一賦京省が奪い返されたとしても、また盗れば良いのだ」


 その結果、討伐軍五万と成王軍三万が明華省で戦う事になった。両軍がフォチョウ草原で対峙した時、宋将軍は敵の兵力が三万と知って顔をしかめた。

「おかしいではないか。なぜ三万もの敵兵が明華省に居るのだ?」


「たぶん賦京省から移動させたのでしょう。ここは一度退いて、作戦を立て直してはどうでしょう?」

 李副官が助言した。

「馬鹿な、必ず明華省を奪い返すと陛下に言ったのだぞ。そんな事ができるか」


「しかし、それでは無駄に兵を損耗する事になります」

「少しくらい兵が減っても構わん。何としても明華省を奪うのだ」

 宋将軍は自分の名誉のために、兵を成王軍に向かって突撃させた。当然、新式銃で武装している成王軍は銃弾の雨で出迎える。


 バタバタと倒れる桾国兵は、突撃の勢いが止まり敗走を始める。但し、このままハイシャンに逃げ帰れば処刑されるのは確実だと考えた宋将軍は、明華省のジェハンという町に立て籠もった。


 成王軍が町を包囲すると、宋将軍は降伏した。しかも晨紀帝を裏切り、成王に恭順する事を誓ったのである。


 この報告を受けた晨紀帝は激怒した。宋将軍の一族を皆殺しにしろと命じたが、その宋一族は一足先にハイシャンを抜け出し、チトラ諸島の難民村に逃げ込んだのである。


 晨紀帝は誰も近付けないほどに荒れた。その頃、ゲンサイがハイシャンに戻った。ハイシャンに残っていた忍びの者たちから状況を聞いたゲンサイは、渋い顔になる。

「へえー、そんな状況になっているんだ。しばらく宮殿には近付かない方がいいな」


 ヒョウゴもその意見に賛成した。

「『君子危うきに近寄らず』ということわざもある。それが賢明だろう」

 だが、ゲンサイが戻った事を知った桾国の重臣たちは、宮殿に呼び出した。


 兵部の陳尚書がゲンサイに厳しい目を向けて批判を始める。

「周太保補佐、ハイシャンに戻ったのなら、なぜ陛下に挨拶せぬ」

 ゲンサイは溜息を漏らしそうになるのを堪えて、弁明する。


「旅の疲れで、風邪を引いたようでして、少し熱が出たのです。この状態で陛下に会い風邪を移したら一大事でございますので、治るのを待っておりました」


 陳尚書が顔をしかめた。この陳尚書は前の尚書だった曹の親戚で、曹一族の後押しで兵部の尚書になった男である。


「それで風邪は治ったのか?」

「はい。だいぶ良くなりました」

「ならば、陛下へ挨拶に出向き、陛下の話を聞くがいい」

 陛下の怒りを沈めるように、とゲンサイに命じているのだ。


 仕方ないので、陛下の下へ向かった。ゲンサイが挨拶すると、晨紀帝が不機嫌な顔のまま口を開く。

「遅かったではないか。そなたが居ない間に、賦京省を奪われてしまった」

「陛下が本気になれば、賦京省を奪い返す事など、簡単なのではありませんか?」


「どういう意味なのだ?」

「二つの部隊を用意して、西と北から同時に攻めれば、完全に掌握されていない賦京省など、簡単に奪い返せたはずです」


 そうするためには、二つの部隊が連携して動かなくてはならないので、実際は難しいのだが、アマト軍なら普通に行っている事である。


「そうか、朕が本気を出せば簡単か。分かった。そなたに五万の兵を預ける。賦京省を取り戻せ」

「しかし、それは本職の将軍方にお任せした方がよろしいと思います」

「ふん、その将軍たちが不甲斐ないのだ」


「畏まりました」

 皇帝の機嫌を治すには、これしかなかったのだが、ゲンサイは心の中で溜息を吐く。


 晨紀帝はゲンサイを臨時の将帥に任じた。ゲンサイは鬼影隊の趙隊長と鄭将軍の副官だった林沁りんしんを使う事にした。


「周殿、将帥に任じられたそうですね。おめでとうございます」

 趙隊長がお祝いの言葉を贈った。


「私は医者なんだから、あまりお目出度くないのだけどな」

 それを聞いた趙隊長が笑う。林は少将に昇進しており、もう一つの部隊を預けようと考えていた。


「周殿とまた戦えると思うと、胸が高鳴ります。今回もよろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしく頼む」

 ゲンサイは大まかな作戦を二人に説明した。


「今回の作戦では、敵軍をカンシア平原に誘い込む事が重要になる」

 趙隊長がゲンサイに顔を向ける。

「なぜカンシア平原なのです?」

「あそこの地形は、西から東に向かって段々と高くなっている。つまり東に位置する軍が有利なのですよ」


 林少将が納得したように頷いた。

「なるほど、西から防御力の高い部隊を進ませて敵を誘い出し、北から侵入させたもう一つの部隊を敵軍の背後に向かわせるのですな」


「そうです。挟み込んで敵軍を磨り潰す作戦です」

「しかし、敵軍には新式銃があります」

「十字弓部隊で対抗するつもりですが、西側から侵入する部隊は強固な陣地を構築する予定です」


「しかし、臨時とは言え周殿が将帥に任じられる事を、現役の将軍たちが、よく承知しましたね」

「反対するのなら、五万の兵で賦京省を奪い返して来い、と陛下が怒鳴り返したからです。それを聞いて将軍たちは黙り込んだそうです」


 林少将が溜息を漏らした。

「情けない」

「だが、失敗したら一族全員が処刑されるかもしれないのです。軽々しく名乗り出られない」

 ゲンサイが将軍たちを庇うように言った。


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