第306話 海水淡水化装置と浄水器

 今年はアマト国の農業は不作だった。これはアマト国だけでなく極東地域全体がそうだった。極東地域の東半分では雨が多く、西半分では雨が少なかったらしい。


 ラクシャ王国やアラバル国は、川が干上がり水不足となった。特にラクシャ王国は雨の降らない日が続き、同盟国であるアマト国に助けを求めた。


 助けを求められたアマト国は、ルブア島に設置するはずだった海水淡水化装置を改造して、ラクシャ王国に融通する事にした。これはラクシャ王国の首都サンドマーの水源となっているナムウィン川の水量が極端に減ってしまったためだ。


 ナムウィン川の流れが細り、その残った水も濁ったものになった。その水を飲んだラクシャ人は、腹痛を起こし酷い状態になったらしい。


 外交方のロクゴウは、海水淡水化装置と浄水器、それに支援物資を持ってラクシャ王国の首都へ向かった。サンドマーに到着したロクゴウは、ラクシャ王国のエーヤパガン王に謁見する。


「陛下、御目に掛かれて光栄でございます」

 ロクゴウは桾国語で挨拶する。ラクシャ王国の王族や高官は桾国語を勉強しているのだ。長年桾国が極東地域の盟主だった影響だろう。


 将来的には極東地域の公用語が桾国語からミケニ語に変わる事を期待しているが、それは極東同盟の発展に掛かっている。


 挨拶を交わしたロクゴウとエーヤパガン王は、水不足について話し始める。

「我が国の水不足は、深刻な状況に陥っておる。アマト国は砂漠の島であるルブア島で水を製造していると聞いた。その技術を教えてもらえないだろうか?」


「その件に関しましては、使者の方から聞いております。そこで海水淡水化装置を持ってまいりました」

 エーヤパガン王は海水淡水化装置が一基だけだと聞いて、溜息を漏らす。


「その海水淡水化装置は一日で、どれほどの水を作れるのだ?」

「そうでございますね。一万人分ほどの飲水になるでしょう」

「それでは足りぬ。何とか増やせないものだろうか?」


「海水淡水化装置の他に、浄水装置を持ってきております。これを使えば、汚れたナムウィン川の水を綺麗にして飲む事ができます」


「本当に大丈夫なのか。ナムウィン川の水を飲んで死んだ者まで居るのだぞ」

「試してみましょう。どなたか、ナムウィン川の水を汲んで来てもらえませんか」


 エーヤパガン王は家来の一人に水を汲んで来るように命じた。その水が謁見の間に持ち込まれると、ロクゴウは小さな樽を国王に見せた。


「これが浄水器でございます」

「ほう、予想したものより小さいな」

「これは各家庭に置いて、水を浄化するものになります。仕組みはこれでございます」


 ロクゴウが浄水器の設計図を渡す。そこには樽の中に詰め込まれた布や砂、木炭、砂利、小石などが層に分かれて敷き詰められている事が説明されていた。


 ロクゴウが樽の上部から濁った水を入れて、しばらくすると樽の下部から綺麗な水が出てきた。その水をコップに入れて、国王に見せる。それを見た国王は、なるほどというように頷いた。


「その水は飲めるのかな?」

「いえ、これにカルキを入れます」

 ロクゴウは少量のカルキ、別名『さらし粉』と呼ばれるものを入れる。さらし粉は次亜塩素酸カルシウムの事である。消石灰に塩素を吸収させて作るもので、漂白や殺菌に使われる。


「これで飲めるようになりました」

 国王は臣下の一人に飲むように命じた。その男がロクゴウから水を受け取ると、恐る恐る飲む。

「陛下、この水は変な臭いがします」


 エーヤパガン王がロクゴウへ視線を向ける。

「その臭いは、邪気を消し去るために入れた薬の臭いでございます」

 桾国語には『菌』という言葉がないので、ロクゴウは邪気と言った。


「何という事だ。ナムウィン川の水に邪気が入っているというのか?」

「汚れた水には、悪いものが湧くものでございます」

「その薬は高いのか?」

「いいえ、これは簡単に製造できますので、安いです」


 国王がホッとしたような顔をする。浄水器は大量の木炭と布が必要になるが、ラクシャ王国の東部には森が残っており、そこから切り出された木材を木炭にする事は可能だろう。


「ふむ、この構造なら、我が国でも作れるのか。アマト国には感謝の言葉しかない。ただ海水淡水化装置を増やしてもらえないだろうか。もちろん代金は払う」


 ロクゴウは頭の中で計算した。

「分かりました。追加で三基を製造して持ってまいります」

 ロクゴウは海水淡水化装置の設置場所を確認した。


「そうよな。パーム漁港がよかろう」

 ロクゴウたちはパーム漁港へ海水淡水化装置を運び設置した。海水を汲み上げるポンプと海水を蒸気にするボイラー、蒸気を冷却して液体に戻す冷却装置などを組み立てて海水淡水化装置を完成させる。


 その試運転の時、国王も見物に来た。アマト人の技術者がボイラーに燃料である石炭を供給する。ルブア島に設置した海水淡水化装置は、原油を燃料にしているのだが、ラクシャ王国に原油はないので石炭燃焼のボイラーにしている。


 ポンプが稼働して海水が汲み上げられ、それがボイラーで蒸気となる。その蒸気が海水を使った冷却装置で液体に戻り、淡水となる。


 ロクゴウが淡水を溜め込むタンクから水をコップに汲んで味を確かめる。お世辞にも美味しい水とは言えないが、淡水だった。


「その水は薬を入れなくとも良いのかね?」

 国王が尋ねた。

「はい、過熱すればほとんどの邪気は消えるので、大丈夫でございます。ただ海水から作った水は美味しくありません」


「飲んでみても良いかな」

 国王の頼みなので、ロクゴウはコップに水を汲んで渡した。毒味はロクゴウが済ませた事になるので、国王はそのまま飲んだ。


「塩気はないな。だが、美味しくもない」

 一応エーヤパガン王も満足したようだ。ロクゴウはその言葉を聞いてホッとした。


 ラクシャ王国が海水淡水化装置と浄水器を導入したと知ったアラバル国も、導入したいと言い出す。それを切っ掛けにアマト国へ、それらの装置を欲しいと申し出る国が増えた。

 これらの装置の御蔭で、極東同盟の絆が強固になったと思われる。


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