第307話 食糧不足対策
極東地域の水不足は、海水淡水化装置と浄水器の導入で死者を出さない程度にまで回復した。
二つの装置の中で評判になったのは、意外にも浄水器の方だった。自分たちでも作れる装置なので、ラクシャ王国やアラバル国の職人たちが凄い勢いで作り始めたのである。
さらし粉は作れなかったが、元々の値段が安かったので多くの店が仕入れて販売するようになった。このさらし粉の販売は、この二国だけに留まらず極東同盟の国々にも広がった。
水で腹痛を起こす地域が多かったのが原因である。そればかりでなく、浄水器とさらし粉は列強諸国やユナーツにも広まった。浄水器は自国で作れたが、さらし粉はアマト国から購入したので膨大な利益となる。
水の問題が解決すると、今度は食糧問題となった。ただこの問題は、簡単に解決できるようなものではない。
今年の収穫はダメだったので、来年という事になるのだが、来年の天候がどうなるかは分からない。そこでジャガイモや
そして、製造を始めた肥料の増産である。肥料工場の人を増やし、製造装置も増設する。ミケニ島やハジリ島の農民に販売するほどの量を製造できるようにするのが目標だ。
年を越えて冬が終わった頃、製造装置の増設と人員の確保が終わり肥料の本格生産が始まった。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
その頃、桾国ではゲンサイが皇帝に呼び出された。ゲンサイが頭を下げたまま皇帝の前に進み出ると、晨紀帝の声が聞こえた。
「
不作は天候のせいなので、どうにもならないとゲンサイは思った。
「このままでは、またぞろ一揆が起こり、反旗を翻す者が増えるかもしれん」
「陛下、農業に関係する対策は、時間が掛かるものでございます。その土地の土壌や気候を調査して、土地に合った作物を育て、工夫する必要があるからです」
「それは理解しておる。だが、このままではまずいと考えている」
ゲンサイは何かないかと考え、成長が早い蕎麦を思い出した。
「それでございましたら、戦で放棄した農地や未利用地で蕎麦を育てるのは如何でしょう?」
晨紀帝が顔をしかめる。蕎麦は好きではないようだ。
「あのような不味いものを栽培するのか?」
「陛下、蕎麦も料理のやり方によって美味しくなるものでございます」
「そうなのか。朕が食べたものは旨くなかったぞ」
「料理人が美味しい蕎麦料理の作り方を知らなかったのでしょう」
そう聞いた晨紀帝は、不満そうな顔をする。
「そちは美味しい蕎麦料理を食べた事があるのか?」
「アマト国に行った時に、蕎麦料理を食べました。美味しいものでございました」
「ほう、アマト国の料理か。そちは何のためにアマト国へ行ったのだ?」
ゲンサイはギクリとしたが、顔には出さずに答える。
「医術の修業でございます。アマト国には独自の医術があるのです。私は医術修業のために中東やバラペ王国、コンベル国も旅しました」
「中東やバラペ王国、コンベル国に進んだ医術が有ったのか?」
「医術ではなく、その地方で使われている生薬を調べに行ったのでございます」
「ほう、それだけの修業をしたから、一流の医術を身に付けられたのだな。いや、話が逸れたな。問題は朕が旨い蕎麦料理を食べた事がないという事実だ」
いや、問題は食糧不足だったはずだが、皇帝の脳では食糧問題より蕎麦料理の方が問題となっているようだ。溜息が漏れそうになるのを堪える。
「それでしたら、料理人にアマト国の蕎麦料理を伝えて、作ってもらうのは如何でしょう?」
晨紀帝が嬉しそうに頷く。
「気が利くな。それが旨ければ、蕎麦栽培を進めさせよう」
皇帝が食べるのではなく飢えた人々が食べるものなのに……ゲンサイは頭が痛くなった。
「ところで、なぜ蕎麦なのだ?」
「蕎麦は成長が早く。種を蒔いてから三ヶ月で収穫できるからでございます」
「ほう、早いのだな。それで蕎麦を栽培させようと考えたのだな」
「その通りでございます」
それを聞いた晨紀帝が満足そうに頷いた。
皇帝の前から離れたゲンサイは、料理人に皇帝が蕎麦料理を食べたいと言っているのを伝え、良い蕎麦を仕入れるように伝えた。
その蕎麦が用意されると、ゲンサイは料理人に『鴨南蛮そば』の作り方を教えた。これはゲンサイが知っていたのではなく、ゲンサイを支援している夜霧の忍びの一人が知っていたのだ。
何度か作らせて美味しい鴨南蛮そばが出来上がった。ゲンサイも試食したが、満足する味だ。さすが皇帝の料理人である。
その鴨南蛮そばを晨紀帝に試食してもらう。
「ふむ、焼いたネギの香りいい。しかも鴨肉から出た脂がつゆにコクを加えておる。蕎麦がここまで旨くなるとは……よかろう。蕎麦の栽培を進めさせよう」
気が付けば、鴨南蛮そばをぺろりと完食している。美味しい料理になるから栽培しようと言っているのではなく、蕎麦が飢饉に備える
晨紀帝は何か問題が起きるとゲンサイを呼ぶようになっている。これはゲンサイとしては困るのだが、上様からの命令を遂行する上では具合が良い。
晨紀帝が支配する桾国の地域では、未利用地で蕎麦の栽培が始まった。三ヶ月後、蕎麦を収穫した農民はホッとする。これで飢えずに済むからである。
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