第303話 桾国の十字弓
若手将校を集めて意見書を書かせる試験が、曹尚書の手配で行われた。その意見書を審査する役目は、皇帝の命令でゲンサイが行う事になった。
「また厄介な役目が、回ってきたな」
ゲンサイは憂鬱な気分になった。若手将校の意見書を読み始めたゲンサイは、予算面を考えずに兵の武装強化を主張する将校が多いのに気付く。
「野戦砲を多数装備するという意見の将校が多いが、どこから購入するつもりなんだ」
自分たちで開発するつもりはないらしい。どうやって開発するのかも分からないのだろう。
意見書の中にはアマト国との友好関係を深め、アマト国から野戦砲を購入するという意見もあった。だが、歴史的な事を考えると、それは難しいと分かると思うのだが、理解していないようだ。
中には前線に効果的な陣地を構築して防御力を向上させるとか、銃攻撃を想定して部隊編成を変えるというまともな意見もあり、こういう意見を書いた若手将校の名前を記録した。
それらの意見書の中にいくつかおかしなものがあった。古典的な戦術論を引用しながら、銃攻撃にも対応できるような戦術を記述しているものだ。同じような意見書がいくつかあり、その名前を見て、ゲンサイは顔をしかめる。
同じような意見書の書き手は、曹尚書の派閥に属する将校たちだったのだ。
「面倒な事をしてくれる。こいつらどうしたものか」
曹尚書が背後に居るらしい若手将校の名前も記録に残した。これらの将校を切り捨てると、曹尚書が反発するだろう事は予想できる。
ゲンサイに強大な権力が有れば、曹尚書など無視して事を進める事もできるのだろうが、そんな権力はないので、曹尚書が付いているらしい若手将校も優秀な者として選抜する。但し、それらの若手将校をどこに配置するかは、慎重に考える必要がある。
優秀な若手を選び終わったゲンサイは、その結果を皇帝に報告。それを見た晨紀帝は、満足そうに頷いた。
「この丸印が付いた将校は、特に優秀だという事かな?」
「いえ、曹尚書の派閥に属する者たちです。意見書は優秀なものでしたが、本人が考えたのか分かりません」
晨紀帝が顔を歪める。
「この者たちを外せないのか?」
「そうすると、曹尚書の協力が得られなくなる恐れがあります。この者たちを配置する場所を考えれば良いと考えております」
ゲンサイの意見に渋々皇帝が頷いた。
「しかし、十六名とは思ったより少ないな。意見書を書いたのは四百人を超えていたはずだが、基準が厳しすぎたのではないか?」
「軍事の専門家でない私から見ても、穴が有ると思われる意見書が多かったのです。これは将校の教育に問題が有ると思われます」
「なるほど、教育か。他国はどのようにしておるのだ?」
「列強諸国は、専門の学校を作り、基礎から教えているようでございます」
「我が国にも必要なのだろうか。真似するようで面白くないが、考えねばなるまい」
最優秀だと思われる若手将校は、前線で戦う将軍の下へ副官として送った。そういう者たちは、皇帝との食事会には出られないが、直接皇帝に状況報告を送れるという特権を与えた。
そして、選ばれた将校たちが将軍などの副官として配置されると、前線の様子が少し良くなった。そこでゲンサイはもう一つ手を打った。
アマト国で使われていた
この十字弓については、ホクトの了解を取っている。上様は同じ極東の住民が反旗を翻し桾国を攻めても、あまり問題にしないが、ユナーツや列強諸国が侵略するのは気に入らないようだとゲンサイは感じた。
十字弓をユナーツとの戦いに投入しろという指示があったのだ。
桾国の力が衰えていると言っても、広大な領土と人口を持つ大国である。本気で武器の開発と大量生産に取り組めば、短期間に大量の十字弓や専用の矢を揃える事は難しくなかった。
晨紀帝は初めて開発した十字弓を見た時、あまり感心しなかった。この手の弓は、昔から使う者は居たのだ。だが、優秀な弓兵の攻撃に比べると遅いので広まらなかったらしい。
だが、大量の十字弓を用意して一斉攻撃を行う訓練の現場を見た皇帝は、その価値を見直した。
「中々使えそうな武器ではないか。なぜ我が国では広まらなかったのだ?」
「これほどの数を揃えなかったからでございます。この武器は大人数での一斉攻撃が有効なのでございます」
ゲンサイが説明すると、晨紀帝は頷いた。
「この十字弓が有れば、ユナーツの連中を倒せるのか?」
「いえ、敵には単発銃と大砲がありますので、正面から戦えば不利でございます。そこで少数の部隊に分けた兵を四方八方から攻撃させるという攻め方をすれば、敵を押し戻せると思われます」
「ふむ、それはイングド国とコンベル国が戦った時の戦法に似ておるな」
「はい、地の利を活かして勝つのです」
十字弓と戦術の変更により、初めて桾国はユナーツより優勢となり晨紀帝は安堵した。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
俺は桾国のゲンサイから送られた報告を聞いて、納得したように頷いた。
「上様、ゲンサイに何をさせるつもりなのでございますか?」
ゲンサイが属する忍び集団『夜霧』の頭領であるサイゾウが尋ねた。
「このままでは、二、三年で桾国が滅んでしまう。そこでゲンサイに頑張ってもらい、十年ほど滅ぶのを遅らせようと思っている」
「なぜ、そのような事を?」
「今滅べば、ユナーツや列強諸国が、桾国の領土を食い荒らすだろう。それは避けたいのだ。桾国の領土に先進国の強力な軍事基地が出来れば、脅威となる」
「ならば、アマト国が桾国を攻め取ればよろしいのではないかと、思うのでございますが」
「前にも言ったが、一時的に桾国の領土を植民地にしても、将来きっと桾国人は独立するだろう。そうなった時、桾国人が憎むのは、植民地にした者たちだ」
「植民地がなくなると確信されているようですが、なぜでございますか?」
「歴史がそれを証明している。と言っても、大昔の歴史だがな」
俺は日本人と呼ばれていた祖先の話を伝えた。
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