第285話 工業地帯
その翌日、俺はチガラ海軍基地に船で視察に向かった。ホンナイ湾を出て東に向かい、チガラ湾に入るところで、海軍の軍艦が船の進路を妨害するような動きを見せたが、この船が俺の乗る御座船だと分かると離れていく。
チガラ湾に入り沿岸に近付くと広大な海軍基地が目に入る。何本もの高い煙突が見え、そこから煙が吐き出されている。最低限の環境対策は行っているが、十分ではない。これは将来的な課題として残るだろう。
湾の西側に海軍基地があり、東側にはアマト国で一番の工業地帯があった。この工業地帯の中心は、コークス工場と製鉄所になっている。ここには全国で採掘される瀝青炭が集められ、それを蒸し焼きにしてコークスが作られる。
また鉄鉱石も工業地帯にある製鉄所に集められ、大量の鉄が作られていた。
「ドウゲン型戦艦を建造するには鉄が足りないが、新しい製鉄所はどうなっている?」
一緒に船に乗った海軍工廠のナガツカが、
「ハジリ島のヤタテ郡に新しい製鉄所を建設しております。そこが完成すれば問題ないでしょう」
ヤタテ郡に新しい製鉄所を建設したのは、この地方に良質の鉄鉱石を産出する場所があるからである。ちなみに、鉄鉱石はバイヤル島でも鉱床が発見されているので、そこからも運び込まれる予定になっている。
御座船が海軍基地の湊に到着すると、船から降りて海軍基地の東隣にある海軍工廠へ向かった。ナガツカが完成させたという砲塔を確認するためだ。
厳重に警備されている工廠に入ると、ナガツカが砲塔の開発を行っている場所へ案内する。海に面した場所に、その砲塔が置かれていた。但し、外からは見えないように高い塀がある。
砲自体は二十センチ速射砲であるが、改良され砲身が長くなっている。その御蔭で射程も伸びた。
「砲塔が動くところを見せてくれ」
「畏まりました」
ナガツカは部下たちに命じて、砲塔を海に向けるように命じた。砲塔内の旋回装置が回転して砲身が海に向けられる。そして、上下方向の
「なるほど、問題ないようだな」
それを聞いたナガツカがホッとした顔をする。
「ドウゲン型戦艦には、この砲塔を前方に三基、後方に二基搭載する事になるが、速度が遅くなるのではないか?」
「いえ、石炭重油混焼ボイラー六基と二基の蒸気機関で、時速二十五キロほどの速度が出せます」
ナガツカが誇らしそうな顔をしている。この時代の戦艦としては、まずまずの速度なのだろう。贅沢を言ったら限がないので、速度はそれで満足する事にした。
工廠内部や海軍基地を視察して、ホクトに戻ると桾国の首都ハイシャンに潜入している忍びから報告が届いていた。
桾国の晨紀帝は、オサに居るハン王が、勝手に湊をユナーツに開放した事に激怒しているらしい。イングー人だけでも面倒なのに、ユナーツ人も桾国の領土を狙っていると考えたのだ。
その考えは的外れではなかった。その一ヶ月後、オサの湊にユナーツの軍艦が停泊するようになり、桾国の沿岸を探るように往復し始めたからだ。
俺は海軍のソウマ提督とクゼ海将を呼んだ。
「その方たちを呼んだのは、ユナーツが桾国の近海に軍艦を送り込んだ、との情報が入ったからだ」
ソウマが俺に視線を向けた。
「上様、ユナーツの軍艦というと、どのような船でございますか?」
「列強諸国の戦列艦ほど大きくはない。三十二門艦ではないかと報告にあった」
ソウマが頷いた。
「それが本当ならば、本格的に戦争を起こす気はないようです。本気なら、そんな中途半端な軍艦ではなく、大型の輸送船で多くの兵を送り込むでしょう」
「だが、相手が桾国となると、三十二門艦でも十分に脅威になるのではないか?」
「沿岸の町は脅威に思うかもしれません。しかし、首都ハイシャンは内陸にあります。攻めるには兵が必要なのです。それに太平洋を越えて大きな兵力を送るのは難しいでしょう。我々が所有する兵員揚陸艦より大きな輸送艦が必要になると思われます」
そこにクゼが口を挟んだ。
「上様、我々も今までより大型の兵員揚陸艦が必要だと思われます」
「今の船ではダメなのか?」
「航続距離が不足しているのです。太平洋に散らばるアマト国の島を守るためにも、輸送能力と航続距離を拡大した船が必要なのでございます」
アマト国では製鉄所を増やし新しい造船所も建設している。それでも必要な船を建造できない状況だった。船を効率よく建造するには、溶接技術を開発するしかない。
一番簡単そうなのが、電源さえ有れば実現できそうなアーク溶接である。発電機はすでに開発済みなので、溶接の道具を開発するだけで始められる。
但し、道具を開発しても船の建造に使えるまで技術を高めるには時間が掛かりそうだ。このアーク溶接の道具を開発する事と溶接技術者の養成は優先的に始める事にした。
俺は海軍の二人と話し合ったが、ユナーツの動きが何を意味しているのか推測できなかった。そこでホシカゲを呼んで、オサに居るユナーツ人たちを監視するように命じた。
「ふむ、ユナーツについての情報が不足しているようだ。何か手を打たねばならんな」
「夜霧の忍びたちを使っては如何でしょう?」
ホシカゲがハジリ島のオトベ家の忍びだった夜霧を使う事を提案した。
「夜霧の忍びは、バイヤル島と桾国を探らせるために使っているはず、余裕が有るのか?」
「桾国が、あのような状況ですので、サイゾウ殿と話し合い人手を減らそうかと、話し合っていたのです」
桾国が戦国時代のような状況になったので、他国の者への警戒が強くなっているという。なので、忍びの人数を減らし現地の住民を雇って調査させる方法に変えたいという。
「分かった。そうしてくれ」
忍びは貴重な人材だ。あんな混乱した国で無理をさせる必要はないと考えた。
「引き上げた忍びに、ユナーツの言葉を覚えさせ、商人に化けさせてユナーツへ送り込みます」
「サイゾウに了解を取らなくても良いのか?」
「ユナーツの件は、某も気になっていたので、事前にサイゾウ殿と話をしておりました」
「さすがだな。ユナーツの件はホシカゲとサイゾウへ任せよう」
俺はホシカゲに権限を与えた。
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