第268話 和睦の交渉

 アマト国では遠征艦隊の勝利を祝って大きな祭りが行われた。

 同じ頃、南方にあるハチマン諸島では、ハチマン島にあるハリマの開発が進んでいる。生い茂っていた木々を伐採して更地に変える作業が進み、一万人の人々が住む土地が確保された。


「ナイトウ様、ここがハチマン諸島の中心地になるのでござりますな?」

 副官を務めるアサイ・ナガミツが調査開発部隊の責任者であるナイトウに尋ねた。


「上様はそのように考えておられるようだ。前面に広がるハリマ湾と、そこに流れ込んでくる三本の大河を考えれば、妥当な考えだと思う」


 大河により飲水や生活用水・農業用水が確保でき、広大な土地は田畑に変わるだろう。この島がアマト国の穀倉地帯として発展するだろうと、ナイトウは考えていた。


「将来、この島がアマト国の中心地となるかもしれませんな?」

 アサイが言うと、ナイトウは首を傾げた。

「さて、それはどうだろう。大陸との交易を考えると、ミケニ島が便利だという点を考慮しなければならん」


「なるほど、交易でござりますか。それは某の頭から抜けておりました」

「上様からは、人が住める場所を確保した後に、炭鉱の開発を優先せよ、と命ぜられている。炭鉱はどうだ?」


 炭鉱の調査を任されていたアサイは、ハリマに近い二つの炭鉱を調査した事を伝えた。

「一つは瀝青炭、もう一つは無煙炭が採掘できます。瀝青炭は露天掘りが可能ですが、無煙炭は鉱脈が地下深くへ伸びているようで、苦労するかもしれません」


「ふむ、ならば瀝青炭から採掘を進めよう。輸送はどうする?」

「石炭の輸送は、鉄道が良いと思われます」

「ホクトでも完成していない鉄道を使うというのか。大丈夫なのか?」


 アサイが頷いた。

「ホクトの工場で、完成した機関車を見ました。重い物を運ぶだけの馬力があり、石炭を運ぶには最適だと思います」


「だが、鉄道は線路を敷かねばならん。莫大な費用が掛かるぞ」

「アマト国では、鉄の生産が増えております。それには石炭が必要ですので、鉄道を敷くために使った金は、石炭の販売で取り戻せるはずです」


 カイドウ家に仕えるようになった武人は、金の計算ができるようになる必要があった。作戦案を提出する時に、必要な費用を計算して出さねばならなかったのだ。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 祭りが終わって十数日が経った頃、ホクトにイングド国の全権大使が現れた。

 俺はホクト城に案内するように命じた。登城した全権大使は、ウィリアム・ハドックという人物で、外務卿の片腕と呼ばれるほど優秀な男だった。


 この人物については影舞が調査しており、俺は大体の事を知っている。評議衆を集めた大広間で挨拶を交わした後に、ハドックが用件を切り出した。もちろん、イングド語であるが、ドウセツが通訳する。


「我が国の誤解から始まった戦いに、この辺で終止符を打とうと考えているのですが、如何でしょう?」

 俺は誤解という言葉に引っ掛かりを覚えた。

「ほう、誤解というのは、何ですかな?」


「文明国だとは知らずに、野蛮な国だと勘違いしていたのです」

 野蛮な国なら攻め滅ぼして植民地にして良いのかと思ったが、列強諸国の間ではそれが常識なのだろう。


「しかし、勝手な言い分のように聞こえますな。自分たちが優勢だと考えている時には攻め込み、劣勢になると和睦しようと言い出す」


「それは重々承知しております。ですが、このまま戦いを続ければ両国が疲弊するでしょう」

 俺は感情を顔に出さないまま考えた。イングド国の根本は変わっていないと思っており、これは時間稼ぎなのだと推測する。


 破壊された海軍基地や造船所を再建し、新しい艦隊を建造するまで戦を起こしたくないという事だろう。分かってはいるのだが、俺としても戦を続けたくなかった。


 何の利益も生み出さない戦より、内政を充実させハチマン諸島の開発を進めたかったのだ。


「なるほど、和睦したいというイングド国の意志は理解しました。ただ和睦するのは、条件次第だと考えております?」


 ハドックがホッとした様子を見せる。

「我が国の誤解によって起きた戦いですので、お詫びとしてチュリ国を差し上げようと考えているのですが、如何でしょう?」


 チュリ国と聞いた瞬間、こいつはアマト国に喧嘩を売っているのか、と思った。評議衆たちの顔を見ると不機嫌そうな顔が並んでいる。


 その顔を見て、ハドックは不安になったようだ。

「チュリ国では、不満でございますか?」

「あの国には、混乱と貧困しかない。そんな国をもらっても嬉しくないですな」


「では、どういう条件なら和睦して頂けるのでしょう?」

「イングド国は、アラビー王国の西にあるルブア島を所有されていましたな。それでどうでしょう?」


 ルブア島というのは、昔アラビア半島と呼ばれていた地が半分に割れて移動し島になった土地だった。砂漠だけの島で、イングド国では何の価値もないと考えられていた。


 全権大使としての交渉権を与えられたハドックは、ある程度の決定権を持っている。ルブア島を割譲する事で戦いが終わるのなら、それで構わないのではないかと考えた。


 但し、ルブア島の位置は中東の土地を狙うのに、都合の良い位置にある。

「まさかとは思いますが、中東の地を狙っておられるのでございますか?」

「アマト国は大陸に興味はない。ただ列強国との交易には力を入れようと考えている。そこでルブア島に湊を造りたいと考えたのだ」


 俺は嘘など吐いていないという顔で話していたが、嘘である。ルブア島がアラビア半島の一部なら、石油が有るかもしれないと考えたのである。


 ハドックはルブア島に海軍基地が築かれたら面倒な事になると思ったが、ルブア島の地理的条件を考えて大規模な海軍基地は無理だと判断した。


 ルブア島には水がないのだ。広さはミケニ島の二倍ほどあるのだが、農業にも工業にも使えず住む者も居ない島である。


「しかし、湊を築くとなると水が必要になります。それはどうするのでございますか?」

「水や食料は、周囲の国から購入するしかないだろう」


 ハドックは頷いた。ならば問題ない。水と食料を他国に依存するような場所は、軍事的拠点にならないと判断した。


 その条件で和睦が検討され、細かい条件が追加される。ハドックがアマト国と交易を行いたいと申し出たのだ。俺としては反対する理由がなかった。


 こうしてイングド国との和睦が纏まった。ただこの和睦が正式に決まるのは、イングド国のバンジャマン王が承諾した後になる。


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