第258話 コンベル国の人質

 コンベル国が混乱した状態になったと報告を受けた俺は、コンベル国に使者を出す事にした。その使者というのは、ヤミセ家に婿入りしたソウリンである。


 小姓から陸戦部隊に配属され、コンベル国でホアン将軍と一緒に戦った経験がある。その後、ソウリンは外交奉行のコニシの下で外交や交渉術について勉強し、外交方の一員として仕事を熟していたのだ。


「上様、コンベル国について、話を伺いたいのですが」

 ソウリンが声を上げた。俺は頷く。

「その事だが、コンベル国には慎重になるように、伝えて欲しい」


 ソウリンが俺に目を向ける。

「それは戦を始めるな、という事でございますか?」

「まあ、そうだ。コンベル国が単独でフラニス国と戦った場合、負けるかもしれぬ」


「しかし、コンベル国軍はイングド国との戦いを経て、実力を上げております。簡単には負けぬと思います」


「なるほど。しかし、考えてみよ。コンベル国とイングド国との戦いは、森の中での戦いだった。だが、今度はチュリ国の湊町オサやコンベル国の首都パンチャナが戦場になるだろう」


「コンベル国の海軍力を心配されておられるのでございますか?」

「パンチャナは、海岸沿いに存在する町だ。なので、海からの攻撃に弱い。コンベル国には、それを防ぐだけの海軍力がない」


 ソウリンは納得したようだが、コンベル国の国民は納得しないだろうと言う。

「分かっておる。自分たちの族長が殺されたのだ。その怒りを抑えられるものではないだろう」


「そこまで分かっておられて、抑えろと言われるのですか?」

「パンチャナから、住民を逃がすまでは、軍を動かすなと伝えてくれ」


 俺はパンチャナの住民を南の町グルサ経済特別区に避難させようと考えていた。グルサ経済特別区には、アマト国海軍が寄港できる唯一の湊がある。


 同盟国だから許されているもので、その湊以外はアマト国海軍の軍艦は停泊できない決まりとなっていた。


「グルサの町なら、我らの海軍力で守れる。旧型の装甲巡洋艦や装甲砲艦をグルサに向かわせる準備をしているところなのだ」


 ソウリンが不満そうな顔をする。

「上様、その海軍力をオサのフラニス国軍を攻撃するために、使えないのでございますか?」

「どんな理由で、フラニス国軍を攻撃する?」


「フラニス国の連中が、族長を殺したというのは理由にならないのでしょうか?」

「大麻の密輸も、犯罪者集団がやっている事で、フラニス国には関係ないと言い切った連中だぞ。族長を殺した件も関係ないと言うだろう」


「ですが、族長たちを襲撃したのは、フラニー人と桾国人だったのです」

 襲撃者を返り討ちにした族長も居り、死んだ襲撃者の遺体を調べて、フラニー人と桾国人だったと分かっていた。


「フラニス国軍が関与していた証拠にはならない」

「族長を殺された遺族は納得しません」

「そうだろうな。そして、事が大きくなるのを、フラニー人は待っている」


 ソウリンが鋭い視線を俺に向ける。

「それでは同盟の意味がありません。我が国が関与する事はできないのでございますか?」

「同盟国会議を開き、フラニス国が同盟の敵だと承認されれば、アマト国軍も動ける。だが、コンベル国の者は同盟国会議を開くつもりはないようだ」


 コンベル国だけで、族長の仇を討とうと考えているのだろう。困ったものだ。このままではアマト国が動けないうちに戦が起こり、パンチャナが占領されるという事もあり得る。


 万一パンチャナが占領され族長たちが人質になれば、厄介な事になる。それに備えてパンチャナの住民、特に族長たちの家族をグルサ経済特別区に避難させたかった。


 俺の意図を理解したソウリンは、船でコンベル国へ向かった。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 コンベル国に到着したソウリンは、族長会議の議長であるティック・ティ・ハンに面談を申し出た。それが許可され、ソウリンが族長討議堂へ行った。


「ティック議長、アマト国外交方のヤミセ・ソウリンでございます。またお会いできて光栄です」

「ソウリン殿、イングド国との戦い以来ですな」


 ソウリンとティック議長は、広間で話を始めた。その周りには族長を守る警護の兵が囲んでいる。


「コンベル国は、どうして同盟国会議を開こうとしないのですか?」

 ソウリンは問題の核心を尋ねた。

「フラニス国との件は、我が国の誇りを傷付けたのです。その誇りを取り戻すためには、コンベル国だけでフラニー人に罰を与えねばならないのです」


 アマト人であるソウリンには、理解できない考え方だった。コンベル人特有のものなのだろう。


「しかし、コンベル国は海軍力が弱い。このままではパンチャナの町が、フラニス国海軍の軍艦から攻撃されてしまいますぞ」


 ソウリンが指摘すると、ティック議長が顔をしかめる。

「確かに、わが国の軍艦は時代遅れの船です。しかし、それに乗り組む兵は精鋭です。必ず敵艦に乗り込んで攻撃を防いでくれるでしょう」


 敵艦に乗り込んで制圧するなど、海賊のやり方だ。ソウリンは溜息を漏らしたくなった。とは言え、そんな事は無理だと言えなかった。侮辱する事になるからだ。


「例え、コンベル国海軍が何隻かのフラニス国軍艦を制圧したとしても、全部を制圧できるとは思えません。その残った軍艦が、パンチャナを攻撃します。そこで住民を避難させてはどうでしょう?」


 ティック議長が驚いたような顔をする。住民の避難を勧告されるとは思ってもみなかったようだ。

「しかし、どこに避難させると言うのです?」


「地方に親類縁者が居る者は、そこへ避難して、あてがない者はグルサ経済特別区に避難するのがいいと、上様が仰られていました」


「ほう、将帝殿がグルサ経済特別区に避難せよと……しかし、グルサもフラニス国に狙われるかもしれませんぞ」


「アマト国海軍の軍艦を派遣して、グルサだけは守れるようにすると、仰っています」

「それはありがたい。だが、無用です。グルサもコンベル国の軍が守ってみせます」


 ソウリンはティック議長の目を見た。

「上様は、族長たちの家族が捕らえられて、人質になる事を恐れているのでございます」


「どういう意味でしょう?」

「家族を人質に取られた族長たちが、フラニス国の植民地になるという条約書に署名する事を恐れているのです」


 ティック議長の顔から血の気が引いた。

「馬鹿な。そんな署名をする者など、族長の中には居りません」

「絶対にないと言いきれますか? 目の前で息子や娘が殺されるかもしれないのですよ」


 議長の身体が怒りで震えていた。

「わ、分かりました。族長たちに家族をグルサ経済特別区に移すように伝えます」


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