第252話 イングド国海軍の出港

 チトラ諸島のクルル島にある平野は『クルル平野』と呼ぶ事になった。そのクルル平野に大勢の桾国人とアマト人が向かった。


 ここを難民村とする事業が始まったのである。クルル平野の中央にはクシラ川という河川がある。水が豊かで農業用水としても活用できそうな川だ。


 クルル平野開拓事業の責任者に選ばれたのは、クゼ・ヨシノリだった。海将クゼ・ヒデノリの弟で、築城や土木工事の知識が豊富な人物だったので選ばれた。


「クゼ様、難民村はどれほどの規模となるのですか?」

 副官であるチネン・マサユキが尋ねた。

「上様からは、まず一万人ほどが暮らせるようにしろ、との命令だ」


「まず、と仰られたのですか、そうなると将来的に増えるのでございますな?」

「桾国の人口は、数千万だ。それぞれの王は、戦力を増強するために、徴兵を進めている。それを嫌がる桾国人が国外へ逃げ出している。その数は膨大なものになると上様は考えられているのだ」


「なるほど、戦に巻き込まれたくないのでございますな。その気持は分かりますが、わざわざ遠いアマト国まで来るのは、どうしてでござろう?」


「アマト国に来たのは、船賃を出せる者たちだけだ。アマト国へ行けば、仕事が見付かり裕福な暮らしができるという噂が広まっているらしい」


「迷惑な話でございますな。船賃を出せなかった桾国人は、どこへ行ったのでございます?」

「首都ハイシャンに向かったようだ。首都の周りには難民村が出来ていると聞いた」


「ならば、アマト国へ来た桾国人を、ハイシャンに送ればいいのでは?」

「ハイシャンの難民村での生活は、酷いものらしい。食糧も中々手に入らないようだ」

 アマト国が首都へ行くように提案しても、アマト国へ逃げてきた人々は承知しないだろう。その辺を考慮して、クルル平野で難民村を建設する事になったのだ。


「飲水の確保を優先する。まずは井戸掘りだ」

 地下水脈がある場所は、ダウジングによって調査した。素人が行うと外れる事もある方法だが、ベテランの者が行うとかなり的中する確率が高い。


 地下水脈を探し特定してから井戸を掘り始める。十二メートルほど掘ると水が出た。こういう井戸を八箇所ほど掘った後、集合住宅の建設を始めた。


 この集合住宅、短期間しか使わない事を前提とした竹筋コンクリート製になった。桾国人が住むのだから、竹筋コンクリートにしたという訳ではなく、竹筋コンクリートでもきちんと作れば数十年使えるという事が分かっているので、竹筋コンクリートにしたのだ。


 竹筋コンクリートにしたのは、この島には竹林が多く材料が豊富にあったという理由もある。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 クルル島で難民村建設が始まった頃、フラニス国とアムス王国の戦いが激しくなっていた。国境線には大勢の兵士が集まり、銃や大砲を敵側に撃ち込んでいた。


 海では戦争の原因であるマルシェル島近海で、大きな海戦が行われた。戦列艦十二隻、戦艦二十六隻、その他艦艇六十三隻が入り乱れて砲撃する大海戦であった。


 フラニス国元老院の議長であるフォルチエは、長引く戦争に頭を抱え、主だった元老院議員を招集して会議を開いた。


「承知している通り、アムス王国の戦いが長期戦となっておる。これを打開するための方策を検討したい」


 フォルチエ議長の言葉を聞いたオズボーン副議長は、将軍たちから聞いた戦況を述べ始める。

「国境線における戦いは、我々が優勢です。これは雷管を用いた単発銃の御蔭で火力で圧倒しているからです。但し、単発銃の優位も長続きしないでしょう」


 議長がオズボーン副議長に目を向けた。

「なぜ、単発銃の優位も長続きしないと言えるのかね?」

「雷管の秘密を横流しした馬鹿者が居たからです。アムス王国では単発銃の量産を開始しております」


 フォルチエ議長が怒りの表情を見せた。

「その馬鹿者というのは誰だ?」

「議長と同じ保守派のユベール議員です」


「まさか、そんなはずはない。あいつは雷管製造の責任者だぞ」

「その責任者が、敵国に軍事機密を流したのです。五億フラルという巨額を手に入れたようですが、縛り首になるでしょう」


 議長がユベール議員に対してボソボソと呪詛の言葉を呟くのが聞こえたが、他の議員たちは無視する。


「海戦では、互角という報告を受けたが、兵器では我が海軍が優位にあったはずだ。どうして互角となったのだ?」


 オズボーン副議長が険しい顔をする。

「ルジャンドル提督が、敵の罠に嵌まり接近戦に持ち込まれた事が原因です。新艦載砲の威力を発揮できずに、多数の艦船が沈みました。但し、敵艦隊にも他大な被害を与えており、その結果は互角です」


 フォルチエ議長がゆっくりと首を振る。

「互角だと言っているが、主力艦艇一個艦隊分が失われ、多数の兵士の命が失われた。これは大失態ではないのかね」


 ルジャンドル提督はオズボーン副議長と同じ進歩派である。フォルチエ議長がルジャンドル提督を非難するのを聞いて、オズボーン副議長は唇を噛み締めた。


「これではイングド国の連中が喜ぶだけではないか」

 議員の一人が口を挟んだ。オズボーン副議長がその議員に視線を向ける。


「そのイングド国ですが、その動きにおかしなものが有ります」

「どういう事かね? 儂のところには報告がなかったぞ」

 フォルチエ議長が不愉快そうな顔をしている。


「私が持つ独自の情報網から手に入れたものです」

「それで?」

「イングド国海軍の第一艦隊が、遠征準備をしているようです」


「何! 遠征準備だと……どこに遠征するというのだ?」

「極東地域です。彼らはアマト国を襲うつもりなのです」

 フォルチエ議長が笑い声を上げた。オズボーン副議長が不思議そうな顔をする。


「議長、私はおかしな事を言った覚えはありませんが」

「ふん、イングド国は、戦争をしている我々を出し抜こうと考えているのだろう。だが、これでイングド国も我々の戦いに介入する余力がなくなる。良い事ではないか」


 フラニス国とアムス王国の戦いは益々激しくなる。両国の海軍が戦力を減らしているのを確認したイングド国海軍は、第一艦隊を出港させた。行き先は極東のアマト国である。


 その第一艦隊を追跡する船があった。影舞が使っている連絡船である。貨物船に偽装しているが、蒸気機関と帆を併用する機帆船であり、初めて電信機を載せた船でもあった。


 但し、ここで電信機を使っても、その電波はホクトまで届かない。中東地域に到達するまでは、電波で報せる事もできないのである。


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