第251話 桾国の難民

 この頃から夜になるとホクト城がライトアップされるようになった。ホクトの住民は夜になって、ライトアップされたホクト城を見ながら、酒を飲むという事が流行っているそうだ。


 その酒にも新しいものを創り出そうという動きがある。治水工事や農業用の用水路建設で収穫が増えた米を使って、醸造酒を作ろうという人々が増えたのだ。


 毎年のように新しい酒が増え、ホクトの住民に提供されるようになった。

 酒が増えて安く買えるようになったので、居酒屋や焼き鳥屋、屋台などが増えた。その御蔭で酔っ払い同士の喧嘩や争い事も多くなる。


 早く家に帰らずに街で問題を起こす人々を取り締まる警邏兵は、増強された。その警邏兵を指揮するのは、町奉行所から警務奉行所に変わった。


 それでも世界的に言えば、ホクトは犯罪の少ない治安が良い街だった。そんな夜の街の一角にこそこそと動き回る連中がいた。


「周りに注意しろ」

 その連中の一人が注意を促した。その言語は桾国語だ。黒っぽい服装の一団は、電信局の支部に向かっていた。その支部では二人の警備兵が、立ち番をしている。


「あの二人を始末しろ」

 命令を受けた二人の桾国人が、酔っ払いのフリをして警備兵に近付く。それを見た警備兵が顔をしかめたが、警戒する様子はなかった。酔っ払いなど珍しくもないのだ。


 酔っ払いのフリをした二人が、警備兵の横を通り過ぎようとした時に懐から短剣を取り出して、警備兵を刺した。鮮やかな手口である。その動きから素人ではないと分かる。


「鍵を開けろ」

 仲間の一人が道具を取り出して鍵穴に差し込んだ。ガチャガチャと音を立てていたが、カチッと音がして鍵が開いた。


 強盗団の狙いは、支部にある電信機だった。建物の奥にある電信室へ行く。その部屋の鍵も開けると、中に入った強盗団は、中央の机に置かれている電信機に目を向ける。


 その電信機はボルトで机に固定されていた。

「チッ、これも盗難対策か。ボルトを外せ」

 工具を持ってきた仲間の一人がボルトを外し、電信機を持ち上げた。その瞬間、罠が作動した。電信室の入り口と支部の入り口の両方に鉄格子が下りたのだ。


 ガシャンと下りた鉄格子は、工具が有っても開けられそうになかった。こうして電信局の支部に入った強盗団は逮捕された。


 この強盗団は二人の警備兵を殺しているので、市中引き回しの上で斬首刑となった。住民たちは馬鹿な強盗団だと噂した。


 上様が本気で守ろうとしているものなのだ。あんな少数で奪えるものではないと酒を飲みながら話す者も多かったらしい。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 桾国人の犯罪が多くなったのを受けて、俺は桾国人の交易区への出入りを制限しようかと考えた。

 それを検討するために桾国人の代表である張商館長を城へ呼んだ。張の意見を聞くためである。


 大広間に評議衆を集め、張商館長から桾国人たちの現状を聞く事にする。俺の前に進み出た張商館長は、深々と頭を下げた。


「我らの同胞が問題を起こしたようで、申し訳ございません」

「その事だが、交易区に来る桾国人が増えておる。その桾国人が犯罪を犯すとなると、桾国人の出入りを制限せねばならん。どう思う?」


「どうか、桾国の現状を考え、ご再考をお願いいたします」

「現状というが、桾国はいくつかの国に分裂したとは言え、ちゃんとした国があるのに、なぜアマト国へ来る者が増えている?」


 張商館長が顔を歪める。

「ちゃんとした国と言われましたが、極めて暮らし難い国です。税は高く一年中徴兵があり、一部の者たちが専横しております」


「だからと言って、アマト国へ来る事はない。広い桾国なのだ。住みやすい場所も有るはず」

「いえ、現在の桾国は、全国で内戦が起きており、安心して暮らせる場所などありません」


 イサカ城代が不満げな顔をする。

「安心して暮らせる場所を探して、このアマト国へ来た者たちが、強盗を行うとは言語道断ではないか。この地で争いを起こす気なのか?」


「そんなつもりはありません。ですが、国を離れた者の中には、一攫千金でいい暮らしを手に入れようと考える不埒者も居ります」


「そのような者を交易区に入れたくない、と上様は仰られておるのだ」

 張商館長は、難民となって国を離れた者も居り、追い返すなどできないと言う。


 俺は難民と聞いて、難民キャンプでも作るかと考えた。しかし、作る場所が問題になる。ミケニ島やハジリ島に作れば、同じように問題を起こす桾国人が現れるだろう。


 難民キャンプ、いや難民村の創設を提案するとフナバシが渋い顔をした。

「どこまで支援をするのでございますか?」

「必要最低限の生活ができる程度だ。桾国の商人たちも協力させる。嫌とは言わんだろうな?」


 俺が張商館長を睨むと、

「もちろんでございます」

「そうなると、問題は場所だ」


 海将のソウマが口を開いた。

「上様、チトラ諸島のクルル島がいいのではありませんか」

「ふむ、あそこには海軍基地しかなかったな。港と倉庫がある。土地は小さな平野と川があった」


 張商館長が目を輝かせた。

「その土地を我々に下さるというのですか?」

「与える訳ではない。貸すのだ。その代価として働いてもらう」

「働く? 何をするのでございます?」


「クルル島の平野を開拓して、人の住める場所にするのだ。桾国の騒乱が治まったら、桾国人は桾国に戻り、その土地はアマト人が住む事になる」


 張商館長が苦虫を噛み潰したような顔になった。

「不服なのか?」

「そうではございませんが、桾国人は働いても何も手に入れる事ができないと思うと……」

「何を言っておる。平穏な暮らしが手に入るではないか」


 クルル島に難民村を建設すると決まり、交易区は桾国人の流入を制限する事になった。


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