第249話 通信手段
イサカ城代が不快な様子で口を開いた。
「イングド国というのは、えげつない事をする国でございますな」
「まあ、油断のならない国という点では、そうだな。だが、列強諸国はそういう戦術や戦略を駆使して戦ってきた国々だ。一方的にイングド国が、えげつないという訳ではない」
「そういう国とまた戦うのでございますか?」
「攻めてくるのだ。迎え撃つしかない。問題はイングド国の艦隊が我が国を襲ってきた時に、海上で捕捉できるかどうかという点だ」
海上で迎撃できない場合、海岸の町や村に砲弾が撃ち込まれるだろう。そうなると、多大な犠牲者が出る。
敵艦隊を見付ける方法となると、一番有力なのがレーダーである。だが、レーダーを開発するのは長い時間が掛かるだろう。間に合わない。
「敵艦隊を捜索する船を建造して、敵艦隊の侵攻航路と思われる海域を哨戒させる必要が有ります」
海将のソウマが提案した。それを聞いた勘定奉行のフナバシが顔をしかめた。
「その船は何隻ぐらい必要なのです?」
「そうですな。少なくとも五十隻ほどは、必要でござろう」
「ご、五十隻ほですと……多すぎる」
俺はフナバシの顔を見て心配になった。
「勘定奉行、アマト国の財政は厳しいのか?」
俺が調べた限りでは、銭蔵に金貨や銀貨がうず高く積まれていたはずだ。
フナバシが俺に顔を向けた。
「ここのところ、年々支出が増えております。このまま
そう言われた俺は、渋い顔になった。桾国のようになるのは避けたいが、敵艦隊を捕捉できなければ、領民が攻撃される事もあり得る。
「ソウマ、極東海に散らばる島々に観測所を建てるのは、どうだ?」
「観測所とは、どういうものでございますか?」
「十人ほどが泊まり込んで、海を見張る施設だ。ついでに天候の観測もさせようと思っている」
極東海には万を超える島が存在する。その中で五十ほどの島に観測所を設ければ、哨戒船を少なくできると考えたのだ。
「確かに観測所を設ければ、敵艦隊を発見できるかもしれませんが、どうやってホクトに報せるのでございますか?」
俺は前々から考えていた事を告げた。
「電波というものを使おうと思っている」
評議衆の全員がざわざわとする。代表してイサカ城代が尋ねる。
「上様、電波とは何でございますか?」
「水面に石を投げると、波ができるであろう。あれと同じような波を空中に起こすものだ。これは目に見えぬ波なので、それを観測するには専用の装置が必要になる」
全然正確ではない説明になってしまった。本当はアンテナに交流電流を流した時に電界と磁界が交互に発生して空間に広がっていくものなのだが、そんな説明をしても誰も分からないだろう。
「しかし、その電波というもので、どうやって報せるのでございますか?」
「モールス信号を使う。実際に完成したら、試してみせるから、待っておれ」
観測所を建設したとしても、哨戒船をゼロにする事はできない。島がない海域があるからだ。俺は三十隻の哨戒船を建造する事を決めた。
但し、この哨戒船は後で貨物船にも使えるような船にした。ミケニ島とハチマン島を往復する船として活用しようと考えたのである。
哨戒船は全長三十メートル、排水量二百トン、艦載砲四門、二本マスト、蒸気機関とスクリュープロペラを備えた船として建造する事になった。
意外な事にモールス信号の発信機と受信機は、短期間に開発できた。発電機自体は以前から開発を進めていたので、簡単な二相交流モーターを作った。
電気に関連したものは数年前から研究しており、人材も育てていた。何を作るか明確になった時に、育てた人材が一斉に開発に乗り出したのだ。
評議衆を集めて実験してみる。モールス信号の発信と受信を成功させた。ただほとんどの者は意味が分からなかったようで、イサカ城代などは首を傾げている。
「この変な音が、言葉になるのでございますか?」
「そうだ。この二つの音の組み合わせが、言葉になっている。それがモールス信号と呼ばれるものなのだ」
これらの機械は電信機と呼ばれるようになった。ちなみに動力源は小型のスターリングエンジンである。スターリングエンジンが二相交流モーターを回転させ交流電流を作り出し、電信機に使う仕組みである。
開発して分かったのだが、電信機は初めて開発したにしては高性能だった。これは神明珠から得た知識を基にして開発したからだろう。だが、交信距離だけは満足できなかった。
極東海のどこからでも交信できるほど、交信距離が広くなかったので、中継局が必要になった。それにより観測所は中継局としての役割も担う事になる。
極東同盟の国とも交渉して、各国が領有する島に観測所を建て始める。
「上様、これではあまり節約にはなっておりませんぞ」
フナバシから叱られた。
「そう言うな。観測所は商売にも利用できる。電信局を創って、国で商売を始めればいい」
そう提案されたフナバシは、ミケニ島とハジリ島にある大きな町に電信局支部を作り、電報を送る商売を始める計画を建てた。
その計画を聞いた商人たちは、自分たちの町にも電信局支部を建ててくれとフナバシに頼むようになる。商人にとって、通信は大事だという事を知っているのだ。
電報の事を聞いたアムス人の商館長ファルハーレンがフナバシに会うために登城した。
「久し振りですな、ファルハーレン殿」
「お互いに忙しかったのです。ところで、アマト国で電信局というものが創設されると聞きました」
「さすがに情報の入手が早い」
「確かめたいのですが、電信局が扱う電報というものは、本当に千キロも離れた場所に短時間で手紙を届けられるのですか?」
情報は正確ではないようだ。
「いや、手紙を届ける訳ではございませんぞ。空中に電波というものを飛ばして、伝言を伝えるというものです」
ファルハーレンが鼻息を荒くした。
「そ、それは我らが国にも届けられるのですかな?」
「それは無理でござろう。アムス王国はあまりに遠い」
ファルハーレンがガッカリした顔をする。
「その機械を見る事はできますか?」
フナバシが鋭い視線を向ける。
「まさか、盗んで真似しようというのでは?」
「ち、違います。焼玉エンジンの件は申し訳ないと思いますが、盗んだのは桾国人で、列強国の者ではありませんぞ」
「焼玉エンジンの事もありますので、電信機は国が管理する事にしました。ただ利用するなら、誰でも利用できますので、ファルハーレン殿も利用してください」
ファルハーレンが頷いた。
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