第250話 文明の香り
ホクト城から戻ったファルハーレンは、故国に手紙を書いた。ホクトで発明されたと思われる電信機についてである。電気の力で遠方に信号を送れる機械だと書き、それが商売に大きな利益をもたらすという自分の意見も追記する。
その手紙が書かれてから半年後、手紙を受け取ったアムス王国の経済界の中心的存在であるマルセル・フェルケルク伯爵は、電気に関する研究をしている学者や発明家を集めて意見を聞いた。
国一番の碩学であるクラーセン博士が最初に意見を述べる。
「電気が空を飛ぶというのが分かりませんな。稲妻のようなものを言っているのでしょうか?」
列強国の言語から『電波』という言葉は失われており、ファルハーレンは空中を飛ぶ電気というように表現したのだ。
「稲妻は、それほど遠くまでは飛びませんぞ」
発明家の一人であるラウチェスが否定するような意見を述べた。
「ならば、電信機とはどういう機械なのだと思う?」
専門家たちは、がやがやと意見を戦わせ極東地域の国で発明されたという機械について検討した。
「フェルケルク伯爵、その電信機という機械を手に入れる事はできないのですか?」
クラーセン博士が声を上げた。それを聞いて、伯爵が顔をしかめた。
「その機械は、アマト国が管理しており、手に入れるどころか、見る事さえできなかったようだ」
「ポンポン自動車の時のように、誰かが盗み出せば、仕組みを解明できるのですが」
「アマト国の者も馬鹿ではない。管理を厳しくして、警備を付けるだろう」
クラーセン博士が当然だろうな、と頷いた。
「実物無しで、同じものを開発せねばならないのですな」
「そうだ。列強国の専門家ならできるはずだ」
その日から開発の日々が始まり、一つのものが考案された。有線電信機である。アマト国は無線電信機だったのだが、電波まで辿り着けなかったのである。
有線電信機だと船では使えないが、ケーブルを引けば遠隔地との通信が可能になる。フェルケルク伯爵は有線電信機を完成させ、国王から普及させる許可をもらった。
ただ有線電信機にはケーブルの敷設が必要であり、普及する速度は遅かった。アマト国で全国各地に電信局支部が設けられた頃、アムス王国では一部の都市と都市の間で電報が使えるようになった。
但し、それでもアムス王国はマシな方である。イングド国とフラニス国は、電信機の存在を知るのが遅れ、アムス王国で電信機が使われ始めた頃、ようやく電信機の存在に気付く事になる。
ホクトの交易区には、イングド国とフラニス国から派遣された諜報員が居たのだが、彼らに求められたのは、軍事関係の情報だけだったので、電信機については本国に伝えなかった。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
時を戻し、ホクトで電信機が開発された頃。
「上様、電気というのは便利なものなのですね」
小姓のマサシゲが言った。
「電気は電信機だけではないぞ。明かりにも使えるし、様々なものを動かすのにも使える」
俺が教えると感心していた。
「様々なものを動かすというと、何を動かすのでございますか?」
「そうだな。昔は階段を上り下りするのが大変なので、エスカレーターやエレベーターという機械があり、それに乗って上の階まで行ったりしたようだ」
マサシゲが首を傾げた。
「そんな機械がなくとも、階段を上れば良いのでは」
「昔の建物には、六十階建ての建物があったそうだ。六十階まで階段を上りたいか?」
「さすがに六十階は大変でございます。そう言えば、イサカ城代様が階段がきつくなったと言っておられました」
イサカ城代がそういう歳になったかと、俺は昔を思い出した。
「ホクト城に、エレベーターでも作るか」
俺はマサシゲに言った。長年貢献してくれたイサカ城代のためだ。エレベーターくらい安いものである。
ホクト城の改修が行われた。エレベーターの動力は電動モーターなので、その電気を作るための施設も必要になった。敷地の端に重油燃焼式のボイラーが作られ、そのボイラーで作られる蒸気の力で電気を作る仕組みとする。
電気が使えるようになるのなら、エレベーターだけではもったいないと思い、照明の開発もさせる。まずはアーク灯である。
アーク灯は電気の放電を利用した照明で、電気を炭素棒の先端から放電させて明かりを作る仕組みとなっている。
アーク灯だけでなく、ホクト城の敷地内にある工房でも、電気を使った工作機械の開発が始まった。エレベーターから始まった事だが、アマト国が発展する切っ掛けとなったようだ。
その日、イサカ城代を連れた俺は、完成したエレベーターへ向かった。
「上様、このようなものを作らなくとも、某の足はまだまだ丈夫でございますぞ」
「だが、階段がきつくなったと弱音を吐くようになった、と聞いたぞ」
イサカ城代が周りを見回した。その視線を受けたマサシゲが、視線を逸らす。
「チッ、余計な事を……」
「よいではないか。人間は誰でも歳をとる。年寄りも住みやすいと感じる街を造るのも、将帝の務めである」
エレベーターの前まで来たイサカ城代は、首を傾げた。
「これは小さな部屋ではないのですか?」
「違う。これがエレベーターだ。中に入るぞ」
俺が先頭になって入ると、イサカ城代も入る。その後ろからマサシゲとドウセツも入った。マサシゲが扉を閉め、エレベーターのハンドルを上昇の方へ倒すと上昇を始めた。
動き出した時に、ガタンと揺れたのでイサカ城代は少し驚いたようだ。二階と三階で止まったが、そのまま上昇し四階に到着した。
マサシゲがハンドルを真ん中に戻し、扉を開ける。
「イサカ城代様、四階に到着しました」
「ふん、この場合は『上様』であろう」
文句を言われたマサシゲは苦笑いする。
四階の展望台へ出た四人は、そこから庭を見下ろした。庭にはアーク灯が設置され、夜になると庭を照らすようになっていた。
「あのアーク灯は、曲者を発見するために、設置したそうですな?」
「部屋の中に設置したかったのだが、まだ安全だと確認できていないと、言われたのだ」
やはり新しいものを不安に思う者が多いようだ。エレベーターもそうだが、アーク灯も本当に大丈夫なのかと心配する者が居り、まずは庭を照らす事になった。
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