第220話 桾国の未来
チトラ島沖海戦が行われてから、三年の月日が経った。
将帝となった俺は、『上様』と呼ばれている。ホクト城の展望台から城下を眺めていると、フナバシが上がってきた。
「上様、ここに居られたのですか」
俺はフナバシが持っている紙の束を見て、うんざりという顔をする。
「こんなところにまで、仕事を持って来るな」
「急ぎの決裁を必要とするものなのです」
「それほど急ぐとは、何の件だ?」
「バイヤル島に送るキニーネの件とクマニ湊に建設する陸軍工廠の件でございます」
アマト国陸軍が中心になってバイヤル島の調査が進んでいる。この過程でマラリアになる兵が増えているので、大量のキニーネが必要になったのだ。
この調査活動で多くの事が分かった。バイヤル島で品位の高い鉄鉱床が見付かったのだ。俺は鉄鉱石を掘り出す人材を派遣し、鉄鉱石を積み出す湊を整備する予算を決めた。
鉄鉱床の他にも石炭や銅鉱床も発見されている。バイヤル島は豊富な資源がある島だった。
「クマニ陸軍工廠では、新型連発銃や中口径迫撃砲を製造する予定だったな?」
「そうでございます。持ち運びが大変な野戦砲より、中口径迫撃砲が陸軍兵には好まれているようです」
兵の気持ちも分かるが、威力と命中率は野戦砲がかなり上なのだ。自分たちで工夫して、便利なものに改良して欲しいものだ。
俺は紙の束を小姓のドウセツに渡すように指示した。
「ここで何を御覧になっておられたのですか?」
フナバシが尋ねた。
「ホクトの発展を確かめていたのだ」
ホンナイ湾の一番奥に面した土地がホクトである。それが湾に沿って広がっていた。山を削り海岸を埋め立てた土地に三十万人の人々が生活するようになっている。
「列強諸国の大きな町も、三十万人ほどだと聞いております。それらの町に匹敵するホクトは、我らの誇りです」
俺はゆっくりと首を振った。
「まだまだだな。俺は少なくとも百万人が住む都とするつもりだ。それにオウツ湊やクマニ湊も大きくしようと思っている」
フナバシが首を傾げた。
「カムロカ州で最大の湊だったクマニ湊は分かりますが、アダタラ州で最も栄えていたミカト湊ではなく、オウツ湊であるのは、どうしてでございますか?」
「オウツ湊とタピール湖は、ノジリ川で繋がっている。その川を大きな船が行き来できる運河に改造するつもりなのだ」
フナバシは壮大な計画に驚いた。それが実現すれば、タピール湖沿岸が大きく発展するだろう。もしかすると、ホクト以上に人が増えるかのしれない。
「タピール湖沿岸となりますと、アビコ郡があります。あそこが栄えれば、我々の故郷であるカイドウ郷も栄える事でしょう」
「そうだな。カイドウ郷があるミザフ郡とアビコ郡を併合して、一緒に開発するのが効率的かもしれんな」
「ですが、アビコ郡という名前に愛着を持っている者たちが反発しないでしょうか?」
俺は不敵な笑いを浮かべた。
「それはホウショウ家の時代が良かった、と考えている者が居るという事か?」
フナバシは慌てて否定する。
「そ、そうではございません」
「慌てるな。ホウショウ家の家臣だった者たちの中には、そういう者も居るかもしれんが、そんな事はどうでもいい。領民が豊かになり、少しでも幸せな暮らしができるようになれば良いのだ」
「上様は、寛大でございますね。カラサワ家の当主でしたら、探し出して縛り首になるところです」
「寛大なのではない。興味がないだけだ。但し、俺に歯向かうような者が居れば容赦せぬ」
展望台から執務室に戻った俺は、ホシカゲとトウゴウを呼び出した。
「お呼びでございますか?」
トウゴウが顔を出す。その後ろにはホシカゲが居た。
「桾国の様子を知りたいと思って、二人を呼んだ」
影舞が海外の情報を収集しているのでホシカゲは当然として、トウゴウを呼んだのは桾国の軍事関係はトウゴウに任しているからだ。
最近、フラニス国の動きが激しくなり、俺はその動きに集中している。
「耀紀帝がそろそろ危ないようでございます」
ホシカゲが情報を伝えた。
耀紀帝は半年前から寝込むようになった。散々贅沢の限りを尽くした男である。糖尿病のような病気になったらしい。
「耀紀帝が亡くなった場合、やはり
「通常はそうなのですが、皇太子派と次男の
「ふむ、皇太子に問題が有るとは聞いていないが?」
ホシカゲが頷いた。
「問題はありませんが、優れているところもないという人物なのです」
「亥皇子はどうだ?」
「小狡いというのが、配下たちから上がってきた報告です。どうやら様々な事に手を出して失敗したら、部下に責任を押し付ける人物のようです」
「ならば、後継者は皇太子に決まりだろう」
「ですが、皇太子は何も興味を示さず、唯一興味を示しているものが、
春画というのは、性的なものを描いた絵の事だ。庶民の間では人気が高いが、皇帝が趣味とするのはどうだろう。
俺もそういう芸術が有るのは理解している。だが、それにしか興味を示さないというのは、まずいだろう。
「……桾国も長くないという事でございますか?」
トウゴウが呆れたという顔で言う。
「いや、今までも耀紀帝が優秀な君主だった訳ではない。その後援者が優秀なら、桾国もまだ続くのではないか?」
トウゴウがホシカゲに視線を向けた。
「皇太子や亥皇子の後ろに居るのは、どのような人物なのだ?」
トウゴウは桾国の軍事について調べていたが、皇族については詳しくなかった。
「優秀だと思われる人物は居りません。優秀な人物は耀紀帝に諫言して死刑になるか遠くへ追放されました」
「絶望的だな。耀紀帝が亡くなった場合、桾国は混乱するだろう。それを見たイングド国はどうするか?」
ホシカゲが俺に視線を向けた。
「桾国の各地を統治している省長や将軍を調べる必要があると思うのですが、どうでしょう?」
「分かった。予算は無制限に出そう。詳しく調べてくれ」
「畏まりました」
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