第221話 耀紀帝の訃報

 耀紀帝が亡くなった場合の事を話し合った一ヶ月後、耀紀帝の訃報が届いた。俺は評議衆を集めて話し合う事にした。


 大広間に集まった評議衆の各人は、耀紀帝の訃報を聞いているようだ。

「耀紀帝が病死したそうだ。これからについて意見を聞きたい」


 クガヌマが身を乗り出した。

「上様は以前から大陸には手を出さぬと仰られていました。それは変わらぬのでございますか?」


 俺ははっきりと頷いた。

「変わらぬ。桾国ほどの大国に手を出せば、アマト国の負担が大きくなるだけだ」

「ですが、多くの資源を抱えているはずでござる。もったいない気がします」


 桾国には金・銀・銅を始めとする貴重な金属から、鉄・鉛・錫などの鉱山も多い。さらには未開発の広大な土地、森林資源などもある。


 但し、国土の半分以上が人間が利用できない土地だった。荒野や山地などが多いのである。

「桾国の人々は、桾国こそが世界の中心であり、自分たちが選ばれた人間なのだと思っている。そんな他国民を統治するのは面倒すぎる」


「イングド国は、制圧しようとしているではありませんか?」

 イサカ城代が指摘した。

「あの国は、桾国を植民地にして、桾国人を奴隷として働かせようと思っているだけだ。支配するが、統治しようとは思っていない」


 統治するという事は、領地を整備して領民の経済・健康・安全に責任を持つ事だと、俺は思っている。


「なるほど、桾国を掌握するなら、バイヤル島と同じように投資して、土地の開発・教育・殖産興業などを行わなければならないと考えておられるのですな」


 イサカ城代の言葉に俺は頷いた。

「アマト国の税を、桾国に注ぎ込む事になる。そんな事はしたくない」

「ですが、耀紀帝が亡くなり桾国は混乱するでしょう。この隙を突いて、イングド国が攻め込むのではないですか?」


「そうだな。だが、イングド国はどこまで攻め込めるだろう。首都のハイシャンを落とすところまで行けるだろうか?」


 トウゴウが俺に視線を向けた。

「上様は、イングド国にそれだけの力がないと思われるのですか?」

「この三年、イングド国は桾国と小競り合いを繰り返してきた。国費の多くを無駄に使ったのだ。列強国であっても経済に負担が掛かったはず」


 評議衆の視線がホシカゲに向けられた。アマト国は列強諸国との直接交易を始めた。列強諸国までの航路を整備して、安全に交易ができるようにしたのだ。


 その御蔭で影舞を列強諸国に潜入させる事に成功している。

「イングド国の経済は、衰えておりません。但し、これはジェンキンズ島で発見した技術を取り込み、社会全体が発展したためだと思われます」


 フナバシが首を傾げた。

「その根拠は?」

「同じくジェンキンズ島の技術を取り込んだフラニス国との比較でございます。フラニス国は好景気となり、軍艦の数も増やしておりますが、イングド国はあまり変わりません」


「なるほど、フラニス国と競って、軍艦の数を増やすほどの余裕がないのですな」

「はい。それに税が高くなっております。イングド国の財政は厳しいのでしょう」


 フナバシは納得したようだ。クガヌマが腕を組んで考えてから、

「ならば、どうすれば良いのでござろう?」


「このまま放置して、イングド国がある程度桾国を荒らし回るのを黙認するのも面白いかもしれませんな」

 コンベル国で功績を上げたナイトウが評議衆に加わっている。俺はナイトウの意見を聞いて、面白いと思った。


「どこまで放置する?」

「戦火が首都ハイシャンに及ぶまで放置し、その後各地の軍閥などを支援してはどうでしょう」

「なるほど、桾国を引き裂いて、小さな国に分割してしまおうというのだな」


 それを聞いた評議衆たちが、肯定するような反応を示した。

「そのためには、各地の軍閥と連絡を取り、コネを作っておかなければなりませんぞ」

 イサカ城代が声を上げた。


 俺はホシカゲに顔を向ける。

「できるか?」

「もちろんでございます。ただ、人手が足りません。バイヤル島に居る夜霧の忍びたちに手伝わせてもよろしいですか?」


「バイヤル島の開発は順調に進んでいる。夜霧の教育もほぼ終わった。いいだろう」

 夜霧の忍びは、この三年間二つの事をしていた。バイヤル島の監視とホクトで最新医療を習う事だ。


 俺は医術に詳しい忍びを育成しようと考えたのである。医者という身分で重要人物の家庭に入り込む事ができるかもしれないと思ったのである。


 三年間の勉強で最新の医術を学んだ医者が大勢誕生した。中には試験を受けて本当の医師免許を取得した忍びも居る。


 俺の命令を受けた夜霧の忍びたちが、桾国へ旅立った。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 夜霧の忍びであるゲンサイは、桾国のナンアンに到着すると影舞のヒョウゴに迎えられた。

「ゲンサイ先生ですな。今日から助手として働くヒョウゴです」

「先生なんて、よしてください」


 ヒョウゴは笑いながら、

「いやいや、今から慣れた方がいい。あなたは腕のいいお医者様なのだから」

「困りましたね。ですが、任務ですからな。それで首都へはどうやって行くのです?」


「フォー河を船で遡ります」

「ほう、桾国にも動力船が有るのですか?」

「まさか、漕ぐんですよ」

 フォー河は大河であり、その流れは緩やかである。普通に漕いで河を遡れるのである。


 船でハイシャンまで来た二人は、大通りから少し離れた場所にある屋敷に入った。ここは周という名医が住んでいた屋敷だが、亡くなったので空き家となっていた。


 それを買い取って医院として開業したのが影舞だった。

「ゲンサイ先生は、周医師の甥という事になっています。名前はチェンユイです。これから周先生と呼びます」


「しかし、桾国語は喋れますが、発音で気付かれるのではないですか?」

「大丈夫です。東のファナンから来たと言ってあります」

 桾国は広いので、文字は一緒でも発音が違うという地域がたくさんあるのだ。


 次の日から医院を開業したゲンサイたちは、次第にハイシャンに溶け込んでいった。ゲンサイの医術は確かなものなので評判になり、皇帝が住む宮殿で働く役人も治療に来るようになった。


 そんな時、医院の前に豪華な馬車が停まった。中から治療した事がある役人が降りてきて、宮殿に来るようにゲンサイに命じる。


「何事なのですか?」

「皇族の一人が病気になられたのだ。治療して欲しい」

「ですが、宮殿には立派な宮廷医が居られるはずです。私のような町医者の出る幕など……」


 役人が顔をしかめた。

「その宮廷医が役に立たんのだ」

 ゲンサイは焦っていた。宮殿に行くなど任務の範疇はんちゅうではなかったからだ。ゲンサイの任務は治療に訪れる役人たちから言葉巧みに、宮殿内部の事を聞き出すというものだったのだ。


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