第218話 チトラ島沖海戦
爆雷船は戦場から退避した。破損して戦えなくなったのだ。それでも戦果を上げたので、乗組員の顔は明るかった。
一方、目の前で三十二門艦が轟沈したイングド国艦隊は、動きが慎重になった。その御蔭で距離が開きアマト国海軍側が優勢となる。
だが、それも一時の事であり、イングド国艦隊が勢いを回復する。そうなると、榴弾を発射できる戦列艦の活躍が目立ち始めた。
アマト国海軍の軍艦は、こちらの艦載砲は届くが、イングド国艦隊の艦載砲は届かない距離で戦いたいと考え、動き回っているが、そう上手くいかないのが戦争である。
その時も一隻の装甲砲艦が戦列艦に捉まり、大量の榴弾を撃ち込まれて沈んだ。それを目撃したサコンは、歯を食いしばる。
「装甲砲艦カンダチ、撃沈です」
「残念だ」
ソウマも悔しそうな顔をしたが、すぐに命令を出し始めた。仲間の死を悲しんでいる時間さえも許されないのだ。
「こちらが新型だったら、もう少し有利な戦いとなったのに」
サコンが愚痴るように言った。新型装甲巡洋艦や新型装甲砲艦なら、蒸気機関とスクリュープロペラを備えている。小回りが利く軍艦となっているので、適度な距離を保ちながら攻撃するという戦い方も容易なのだ。
今度は敵の七十六門艦に装甲巡洋艦の榴弾が命中した。
その
「あの敵船は沈没確実です」
「うっ、まずい。戦列艦が近付いてくる」
敵の戦列艦がアマト国海軍の旗艦である装甲巡洋艦クナノを攻撃目標に定めたようだ。
「あの戦列艦に狙いを定めろ!」
ソウマの命令で、装甲巡洋艦クナノの艦載砲が戦列艦に向けられた。
「撃て!」
クナノの艦載砲が戦列艦に向けて一斉砲撃する。そのほとんどは外したが、一発だけ戦列艦の甲板に命中した。最初の砲撃で命中する事は珍しい。それだけ至近距離で砲撃したのだ。
甲板に着弾した榴弾は爆発し人と甲板の一部を吹き飛ばす。戦列艦で人の悲鳴と怒声が響き渡った。
そのお返しとばかりに、戦列艦の艦載砲が火を噴く。多数の砲弾が装甲巡洋艦クナノを目指して飛翔し、中の一発が船尾に命中した。
船尾から水兵が駆け込んで来て被害を報告する。
「船尾甲板に敵榴弾命中、小破です。死傷者は六人」
「怪我人の手当を急がせろ。戦闘に問題はないのか?」
「問題ありません」
そう答えた水兵は、船尾へ戻っていった。
ソウマは厳しい顔で、戦列艦を睨んだ。
「ソウマ海将、ママル島の駐留部隊はまだなんでしょうか?」
サコンが不安そうに声を上げた。
「そろそろ姿を見せても良いはずだ。それまで耐えるんだ」
装甲巡洋艦と新型戦列艦の打撃力を比べると、この状況下では新型戦列艦が上のようだ。装甲巡洋艦クナノの榴弾も戦列艦に命中しているが、それ以上の数が装甲巡洋艦クナノに命中していた。
但し、装甲部分に命中した榴弾は弾かれて海中に落ちるので、被害は少なかった。旗艦クナノが戦闘している間にも、敵味方の軍艦が沈んでいる。
アマト国海軍では装甲巡洋艦一隻と装甲砲艦二隻が沈み、イングド国艦隊では七十六門艦一隻と三十二門艦二隻、それに哨戒艦二隻が沈んだ。
サコンは双眼鏡で周囲の海を見回し、別の艦隊が近付いてくるのを発見した。
「ママル島の駐留部隊です。煙突から煙を吐き出しているので間違いありません」
「よし、これから気を抜くんじゃないぞ」
ママル島駐留部隊が支援に駆けつけた事で、圧倒的にアマト国海軍が有利となった。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
「中将、敵の増援部隊です。九隻の艦影が見えます」
ギャレット少将が顔を強張らせて報告する。それを聞いたレイノルズ中将が不機嫌な顔になる。
「怯むな。新型戦列艦は無敵だ。近付いて蹴散らしてやれ」
その言葉通りレイノルズ中将が乗る旗艦エメラルダを筆頭として、三隻の戦列艦がママル島駐留部隊に突撃していく。
「おかしい。敵艦の動きがおかしくないですか?」
「具体的に言え」
「敵艦は、帆を畳んでいるのに動いています」
その言葉でレイノルズ中将が顔色を変えた。
「馬鹿な。あの軍艦は動力船なのか」
ギャレット少将も動力船については、聞いた事があった。本国でも研究開発中の未来の艦船だと思っていた。
「そう言えば、アマト国の連中が風の力を借りずに船を走らせているという噂を耳にした事が有ります。噂が本当だったとは……」
商人たちがアマト国の動力船を目にして報告しても、海軍は信じなかったようだ。
ママル島駐留部隊は、三隻の戦列艦を取り囲み攻撃を開始した。それは蒸気機関とスクリュープロペラによる機動力を活かした戦い方だった。
自分たちが有利な距離を保ちながら、榴弾を撃ち込む新型装甲巡洋艦と新型装甲砲艦は、ほとんど被害を受ける事なく敵艦に砲撃を命中させていった。
最初に旧型の戦列艦が沈んだ。そして、旗艦でない方の新型戦列艦が沈む。最終的に袋叩きとなった旗艦エメラルダが白旗を掲げる。
旗艦が白旗を掲げた事で、海戦は終了した。残りの半分が白旗を掲げ残りは逃げ出したのである。
イングド国艦隊との戦いに勝利したアマト国海軍の実力は、すぐに極東全域に広がった。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
ホクトの交易区で商館長をしているフラニス国のコリンズ、それにアムス人のファルハーレン商館長を始めとする商人たちが集まり、食事会を開いて話題が海戦の事になった。
「コリンズ殿、イングド国海軍がアマト国海軍に破れたというのは、本当なのですか?」
商人の一人が尋ねた。
コリンズは不機嫌な顔をして頷いた。
「本当らしい。イングド国海軍のレイノルズ中将とギャレット少将が、戦死したと聞いている」
ファルハーレンは鋭い視線をコリンズに向けた。
「敵対しているイングー人が負けたのですぞ。もっと嬉しそうにするのかと思っていました」
コリンズがファルハーレンを睨んだ。
「馬鹿を言うな。列強諸国の一国が、極東の島国に負けたのですぞ。これは列強諸国全体の問題なのだ」
ファルハーレンは溜息を漏らした。
「フラニス国は、まだ極東の国々を植民地にして、支配下に置こうと考えているようですな」
「アムス王国は、違うというのか。オルソ島を植民地にしているくせに」
「それはアマト国と付き合うようになる前の事です。正直、アマト国はアムス王国より進んでいる文明が有る。その文明国を無視して、極東地域で武威を示せば、アマト国に潰される」
「ふん、確かにアマト国は文明国だ。だが、国として若すぎるのだ。この状況で月城守様が亡くなれば、混乱して文明国から転落するのではないか?」
ファルハーレンが首を振って否定する。
「少し前なら、そうだったかもしれない。だが、月城守様はアマト律令条を発布され、各法律の整備が始まっております。野蛮な国に戻る事はないでしょう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます