第217話 艦隊戦

 チュリ国のイングド国海軍は、チトラ諸島を奇襲する準備を始めていた。だが、その作戦は影舞の忍びたちが探り出しホクトに警告していた。


 イングド国の新型戦列艦は、榴弾を撃てる艦載砲を装備している。その威力は驚異的だとレイノルズ中将は考えていた。この戦列艦があれば、極東の島国がどんな軍艦を持っていようと瞬く間に沈めてやると豪語する。


 戦列艦三隻・七十六門艦五隻・その他艦艇十二隻が艦隊を組んでチトラ諸島へ向かった。

「レイノルズ中将、あれがクルル島です」

「ふむ、やはり小さいな。あれでは中継基地として不向きだ」


 ギャレット少将は、クルル島から八隻の小型艦が出てきたのを目にする。

「敵艦が出てきたようです」


 中将は不機嫌な顔になり、七十六門艦一隻と三十二門艦二隻を迎撃に向かわせた。

「全艦で迎撃すべきだったのでは、ありませんか?」

 ギャレット少将が意見を述べた。


「馬鹿を言うな。ああいう小型艦は、逃げ回って時間稼ぎするのが任務なのだ。その間にチトラ島の防備が固められてしまう」


 中将の予測は正鵠せいこくを射ていた。クルル島の駐留部隊は、イングド国艦隊を発見すると、ママル島の海軍基地に高速連絡船を送り、小型艦部隊を時間稼ぎさせるために送り出したのだ。


 その小型艦部隊は装甲砲艦五隻、新星型哨戒艇三隻で編成されていた。その迎撃を任されたのは、クレイトン海軍大佐である。


「クレイトン大佐、手早く始末して艦隊に戻らないと、レイノルズ中将から叱責を受けますぞ」

 ポロック中尉に言われた大佐は溜息を吐いた。

「そう言われてもな。相手が逃げ回ったら、時間が掛かる。それは仕方ないだろう」


 七十六門艦に装甲砲艦二隻が近付いた。

「奇妙な船だな。それに艦載砲の数が少ない」


 大佐が奇妙な船だと思った装甲砲艦が、砲門から長い搭載砲を突き出した。

「中尉、あの搭載砲はやけに長いと思わないか?」

「砲身が長いと最大射程が伸びますから、それを意図しているのでしょう」


「なるほど、だが、命中させるのは難しくなる」

 先に装甲砲艦が砲撃を開始した。大佐と中尉は命中するはずがないと思っている。予想した通り、飛んできた砲弾は、七十六門艦を飛び越え海中に落ちた。


「やはりな。あんなところから命中するはずがない」

「ですが、あの射程はあなどれないものです」


「それより艦を近付けろ」

 装甲砲艦が再び砲弾を発射。今度は七十六門艦に届かず海中に落ちた。一発目が飛び越え、二発目が手前に落ちた。この意味に気付いた大佐は顔をしかめた。

夾叉きょうさされただと。偶然か?」


 たった二回の砲撃で夾叉するなど、驚異的な照準システムを搭載しているとしか思えないが、そんなものが存在するとは信じられなかった。


 大佐は速度を上げるように指示した。イングド国海軍の戦艦は、搭載砲の威力や命中率を上げるより、搭載する数を増やす事を主眼として設計されている。


 命中率ではなく、数を増やす事で砲弾を命中させようと考えたのだ。なので、搭載砲一つ一つの威力は大きくなく射程も短い。


 近付かなければ命中しないのだから、射程を伸ばしても意味がないと判断したのである。七十六門艦が少しずつ装甲砲艦に近付く。その間にも装甲砲艦から砲弾が飛んできたが、命中していない。


 もう少しで七十六門艦の射程に入るという位置で、装甲砲艦の榴弾が七十六門艦の船尾に命中した。着弾と同時に爆発した榴弾は、甲板の板を破壊する。


 激しく揺れる七十六門艦に、クレイトン大佐の顔が歪む。

「まずい、あいつらの艦載砲も榴弾を使っているのか」

 大佐は一刻も早く距離を縮めるように命じた。


 ようやく射程内に入った装甲砲艦に向けて、七十六門艦の搭載砲が火を噴いた。片舷かたげん三十門ほどある艦載砲が一斉に砲弾を発射したのだが、一発も命中しなかった。


 この当時の艦載砲の命中率とは、これが普通なのだ。その後、激しい撃ち合いとなった。五回目の斉射で七十六門艦から発射された砲弾が、装甲砲艦に命中。鋼鉄製の装甲に命中して砲弾が弾かれ海中に落下した。


 装甲は酷くへこんだが、無事である。

 今度は装甲砲艦の砲弾が七十六門艦に命中。中央のマストを吹き飛ばした。その事により操船が難しくなる。


「いかん、このままでは……」

 クレイトン大佐が声を上げた時、別の榴弾がクレイトン大佐を吹き飛ばす。指揮官を失った艦は、すべもなく沈んだ。


 三十二門艦二隻も撃沈した。ただアマト国海軍にも被害が出た。装甲砲艦一隻が大破、新星型哨戒艇一隻が撃沈したのである。


 一方、レイノルズ中将が率いる艦隊は、チトラ島の近くまで迫っていた。チトラ島からは、装甲巡洋艦四隻と装甲砲艦八隻が出港して、イングド国艦隊の前に立ち塞がった。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


「ソウマ海将、敵はチトラ島を選んだようですね」

 サコンがソウマに言った。

「クルル島が一番狙いやすいと思ったのだが、敵には欲の深い指揮官が居たようだ」


「欲が深い? それはどういう意味でしょう?」

「クルル島を制圧したら、自分たちで港湾整備をしなければならないが、チトラ島なら我々が整備したものを使えばいい」


「なるほど。でも、危険だと思うんですが?」

「自分たちの艦隊に自信が有るのだろう。苦戦するかもしれんな。ママル島の海軍基地から援軍が到着するまで、守り通すのだ」


 総指揮官であるソウマ海将はチトラ島に居たが、海軍の主力はママル島に待機していた。チトラ島に駐留していた艦隊で主力が到着するまで持ち堪えなければならない。


「新兵器を使いますか?」

 サコンが確認する。

「あれか……そうだな、用意するように命じてくれ」


 装甲巡洋艦と装甲砲艦が敵艦に向けて榴弾を放ち始めた。その攻撃にひるまずイングド国艦隊が迫ってくる。アマト国海軍の攻撃が命中弾を出し始めた頃、イングド国艦隊も砲撃を始めた。


 その戦いは極東地域で初めての本格的な艦隊戦となった。夜襲や小規模な艦隊戦はあったが、これだけの数の軍艦が敵味方入り乱れて戦う光景は、極東地域で初めてだ。


「サコン、例の船を出せ」

「了解しました」

 サコンは自分たちの後方に居る一隻の船に合図を送った。


 その船はアマト国で最初に建造した鉄製の船だった。その船首には竿が固定されており、竿の先には機雷が取り付けられている。


 蒸気機関により速度を上げた黒い鉄船は『爆雷船』と呼ばれている。爆雷船は敵艦隊の旗艦に狙いを定めて突き進む。イングド国艦隊でも、その異様な船には気付いたようだ。


 敵艦の砲弾が爆雷船に集中する。その中の一発が爆雷船に命中したが、鉄製の舷側に弾かれて海に落ちた。


 そして、もう少しで敵の旗艦に届くというところで、三十二門艦が間に割り込んできた。竿の先に固定されている機雷が三十二門艦に接触する。


 その瞬間、大爆発が起きた。三十二門艦は撃沈、爆雷船も船首が傷付いた。

 サコンは瞬く間に沈んでいく敵船を呆然と見ていた。ソウマは敵旗艦が仕留められなかったので、渋い顔をする。


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