第211話 ハン王、バラペ王国に到着

 ハン王はバラペ王国に到着すると、首都ヤナックにあるルミポン国王の宮殿へ向かった。

 ルミポン国王はハン王が来た事を知ると、ハヤテが予想したように盛大に顔をしかめた。


「生きていたのですか?」

 ルミポン国王が失礼な事を言った。ちょっと本音が漏れたらしい。ハン王がバイヤル島へ行った時、死んだのではないかという噂が広まった。


 そして、桾国によってチュリ国へ連れ戻された時には、偽物ではないかと言い出す者も居たのだ。

「この通り生きておりますぞ。少しの間、バラペ王国へ滞在する事を許してもらいたい」

 お願いしているのに、何だか偉そうな態度だった。


 ルミポン国王は断りたかったが、名目だけとは言え国王である。断る事もできずに了承した。

「ヤナックには、イングド国の船が立ち寄る事も有る。このヤナックには滞在しない方が良いと思いますぞ」


 不機嫌そうにハン王が頷いた。

「ベク経済特別区に知り合いが居るので、そこへ行こうと思っている」

 ルミポン国王はホッとしたような顔をする。ベク経済特別区はアマト国が仕切っているので、問題が起きた場合はアマト国が対応する事になる。


 初めはバラペ王国の行政府が経済特別区を統治しようとしていたのだが、上手くいかずにアマト国へ丸投げしたのだ。但し、ベク経済特別区に駐留する兵は、バラペ王国の兵である。


 ハン王はベクへ移動した。そして、ヨリチカを探し出して面会する。

「殿下、エナムで優雅な生活をしていたのでは?」

「あんなものは牢獄と同じだ。スリョンの件は力になれず、残念だった。だが、あれは桾国が許さなかったのだ。余の意思ではない」


 その事はヨリチカも分かっていたが、皮肉を言わずにはいられなかった。

「ヨリチカ、また余のために働いてくれぬか?」

 絶対に嫌だと心の中で叫びながら、ヨリチカは考えるふりをする。


「お力になりたいのは、山々なのですが、仕事が忙しく手が回りません。ですが、殿下が生活する屋敷と使用人は用意しましょう」


 図々しいハン王なら、ヨリチカの屋敷に滞在したいと言い出すかもしれない。ヨリチカは先手を打って屋敷を用意すると申し出た。それを聞いたハン王は喜んだ。


「ところで、ヨリチカはどんな仕事をしておるのだ?」

「この国の西隣にあるビリシア王国から仕入れた羊毛を、糸にしてホクトで販売しております」


「儲かっておるのか?」

 ヨリチカがわざと顔をしかめた。

「灯油とランプを販売していた時ほどの利益はございません。毛糸は手間が掛かる割に高くは売れないようです」


「だったら、また灯油とランプを売れば良いではないか?」

「私がここに来た時には、すでに灯油とランプを売っている者が居たのです」

 それを聞いたハン王が渋い顔をする。儲けていると分かったら、資金を出させて何かしようと考えていたようだ。


「この街は賑やかだな。昔のベクは小さな湊町だったはずだ?」

「私もそう聞いております。殿下は、ベクへ来られた事が有るのですか?」

「まだ王太子であった頃に来た事がある」


「短期間に発展したのは、カイドウ家が大きな資金を投入して、港湾や倉庫、道路などを整備したからでございます」


「しかし、それだけでは人が集まらぬはずだ」

「はい。カイドウ家は大勢の人を雇い、コンベル国から輸入した綿を綿糸にする事業を立ち上げたのです」


 雇った人々が住む家を建てる職人が集まり、商売をする者もベクへ引っ越してきたとヨリチカは説明した。

「だが、港湾や道路を整備した資金を、カイドウ家は回収できたのか?」

「まだでございます。ですが、後数年で回収できるはずです」


「羨ましい事よ」

 その時、影舞のジンザが報せを持ってきた。

「ヨリチカ殿、チュリ国から手紙が送られて参りました」


 その手紙を受け取ったヨリチカは、すぐに開いて読んだ。影舞からの手紙は急を要する場合が多かったからだ。


「どうかしたのか?」

 ハン王が尋ねる。ヨリチカはハン王に知らせるかどうか迷ったが、

「黒虎省のイングド国軍に増援が到着したようです」


「増援? ふん、今更数千の兵が増えても、形勢は変わらぬ。桾国は二十万の兵をチュリ国に送り込んでいるのだ」


 ヨリチカはどうだろうと考えた。チュリ国から黒虎省に攻め込む場合、大軍が通れるのは三箇所しか存在しない。


 ミンチャ平原とクムナ山、それにイジャタの森である。それらの場所には両国を繋ぐ道があり、大軍が通過できる広さがあった。


 ただクムナ山の峠にはイングド国軍の砲兵部隊が駐留しており、突破するのは難しかった。残りの二つは広い場所であり、桾国が有利となる侵攻経路だと思われている。


 ヨリチカはどうなるのだろうと考えながら、ハン王を宿泊させる宿屋の手配を始めた。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 黒虎省のフィントーでは、イングド国陸軍の将校が集まり作戦会議を開いていた。その中心となっているのは、ノエル・キンケイド少将である。


「桾国は、チュリ国に二十万の兵を送り込んだようだ。我々はそれを撃退せねばならん」

 キンケイド少将が声を上げる。それを聞いたノーランド大佐が作戦案を出した。


「ミンチャ平原に塹壕を掘って、待ち構えるという作戦はどうでしょう」

 キンケイド少将が首を傾げる。

「桾国軍がミンチャ平原を選ぶという確証がない。仮にイジャタの森を抜けてきたらどうする?」


「予め偵察隊に、敵の侵攻経路をチェックさせるのは、前提条件です。もしイジャタの森を桾国軍が進んでくるようなら、我々がコンベル国の奴らにやられた事をしてやればいいのです」


「なるほど、少数部隊で引っ掻き回し、補給などを襲わせるのだな」

 ノーランド大佐が頷いた。

「ただ桾国軍は、平原での戦いを好む傾向があります。七割の確率でミンチャ平原を選ぶと思われます」


「そうか、だが、塹壕だけで二十万の兵を押し返せるとは思えない」

「塹壕陣地の一箇所に罠を仕掛けます。わざと弱点を作り、そこを突破させるようにするのです」


「突破してきた桾国軍をどうする?」

「増援として到着した第一砲兵部隊を配置しておき、その桾国軍を挽き肉にしてやるのです」


「面白い。細かい配置はどうする?」

 キンケイド少将はノーランド大佐の作戦案を気に入った。


 イングド国軍は黒虎省の住民たちを集め、塹壕を掘らせ始めた。

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