第183話 夜襲艦隊

 海軍のソウマが提案した夜襲に使う新型装甲砲艦は、従来の装甲砲艦に蒸気機関とスクリュープロペラを組み込んだ動力船である。


 蒸気機関は以前から研究開発していたが、やっと蒸気漏れしないものが完成したのである。以前は動力としてスターリングエンジンを採用していたが、これの馬力を上げると大型化するので蒸気機関に替えたのだ。


 外輪船のパドル推進から、スクリュープロペラに替えたのは、その方が速度が出るからだ。プロペラシャフトを船外に出すために船に穴を開ける事になったが、防水のために穴にパイプを固定し、そこにプロペラシャフトを通し、その周りに潤滑油を染み込ませた綿を詰めるという方法で防水する事にした。


 まだ五隻しか完成していない新型艦であるが、その性能は時代の先を行っている。

「ソウマ様、出港の準備が整いました」

 水兵が報告に来た。それを聞いたソウマは、出港を命じた。


 五隻の新型装甲砲艦は、チガラ湾の軍港を出港し北西へと進路をとった。時速二十キロほどでゆっくりと進み、チュリ国の近海まで来て、無人島の陰に隠れて影舞からの情報が届くのを待った。


 半日ほど待つと、一艘の小舟がソウマの夜襲艦隊に近付いてきた。旗艦である砲艦ヤハギに横付けした小舟から、影舞のハヤテが甲板に上がってきた。


「ハヤテ殿、イングド国艦隊は、どこに停泊していますか?」

「三分の二ほどが、エナムの湊に停泊しており、残りはオサの湊に停泊しております」


「ふむ、狙うとしたら、エナムの湊か。エナムの総督府を攻撃しようと思っていたが、その余裕があるかが問題だな」


 ハヤテが頷いた。

「クマニ湊を砲撃した事に対する仕返しなのですから、まず停泊している軍艦を狙うのが良いかと」

「確かに。ならば、風はどうだった?」


「天気は良く、風は南からの微風でございます」

「砲撃で夜襲するには都合がいい。今夜、決行する」

「我々は、艦隊の夜襲が始まったら、総督府に火を放ちましょう。それを目掛けて砲撃すれば、目標を間違う事はないでしょう」


「うむ、よろしく頼む」

 影舞たちがエナムの湊へ戻っていくと、ソウマは時を待った。夕方になり島陰から出た夜襲艦隊は、エナムへ向かう。完全に日が落ちた頃、エナムの近くまで来ていた。


「ソウマ様、まだ攻撃しないのですか?」

 海軍士官の一人が尋ねた。

「まだ早すぎるだろう。人が寝静まった後に、夜襲を掛けるのが効果的だ」


「なるほど」

 沖合で待ち続けた夜襲艦隊は、日が変わろうとする頃にエナムの湊に近付いた。

 その湊には百二十門戦列艦三隻、七十六門艦五隻、三十二門艦五隻、哨戒艦三隻が停泊していた。まさしくクマニ湊を攻撃した艦隊である。


 暗闇の中で夜襲艦隊が正確にエナムの湊を目指せたのは、イングー人たちが設置した灯台の御蔭だった。その明かりを頼りに近付いた夜襲艦隊は、戦列艦三隻に向けて榴弾を発射した。


 近距離からの砲撃だったので、戦列艦に榴弾が命中する。その舷側が破壊され、爆音が海に響き渡った。

「撃て、撃て!」

 夜襲艦隊はゆっくりと湊を移動しながら、戦列艦・七十六門艦・三十二門艦・哨戒艦を砲撃する。ソウマは榴弾だけでなく、焼夷弾も混ぜて撃たせたのでイングド国の軍艦から炎が舞い上がる。


 イングド国海軍の将兵は、クマニ湊で手に入れた勝利を肴に酒を飲み寝ていたところに、アマト国海軍の攻撃が行われた。


 寝ていた将兵は叩き起こされ、何が起きたのか分からず混乱したようだ。砲撃が一巡した夜襲艦隊は、もう一度湊を一周して二巡目の砲撃を叩き込んだ。


 戦列艦の二隻が大破し、七十六門艦の三隻が大破撃沈、三十二門艦の二隻が撃沈した。夜襲艦隊の砲撃から逃げられたのは、哨戒艦三隻だけだった。


 ソウマは海上で燃え上がる敵艦を見ながら、艦隊を総督府のある方向に向けた。さすがに総督府でも湊での騒ぎに気付き、起きて湊の方を見ていた。


 そこに影舞が火を放ち、総督府の門や屋敷を燃え上がらせた。総督府は基本レンガ造りなので、炎は広がらなかった。ただ陶器に灯油を入れて布で栓をしてから火を点け投げるという攻撃をしたので、燃え上がったのだ。


 その炎を海上から見たソウマは、総督府に榴弾を叩き込んだ。その砲撃により総督府は崩壊した。アルバーン総督は逃げ出す事に成功したのだが、震え上がった。


 榴弾が命中し、崩壊していく総督府を震えながら見ていたアルバーン総督は、

「私は間違っていたのか? アマト国の連中には手を出すべきではなかったのか」


 総督が後悔した時には遅かった。アマト国はイングド国に対して、強烈な反撃をしたのだった。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 その夜戦の結果は、遠くイングド国にまで報告された。報告を聞いた国王バンジャマン二世は、ワインのボトルを床に叩きつけて怒った。


「極東地域の島蛮が、我らの艦隊を沈めたじゃと……許せん、シーウェル提督を呼べ」

 海軍の提督の一人であり、極東地域の戦略を担当するシーウェル提督が呼ばれた。


「陛下、お呼びでございますか?」

「極東の島蛮に、我々の船が沈められたそうじゃな」

 シーウェル提督が顔を強張らせた。


「こちらの奇襲が成功し、気が緩んだところに夜襲を受けて、大きな被害が出たようでございます」

 バンジャマン国王が提督を睨んだ。

「我が海軍の軍艦は、島蛮の夜襲を受けた程度で沈むほど脆いものなのか?」


 シーウェル提督が冷静な目を国王へ向けた。

「その御言葉には誤りがあります」

「どこが間違っているというのじゃ?」


「我々の軍艦を沈めたのは、島蛮ではありません。文明人なのでございます」

「そちは極東地域の島に住む原住民を、我々と同じ文明人だと言うのか?」


「はい、チュリ国に派遣した陸軍と海軍から、詳しい報告が届いております。それを分析した結果、アマト国は、部分的には同等、あるいは進んでいる文明を持つ国だと判明いたしました」


「馬鹿な、我々より進んだ文明だと……」

「一部だけでございます。全てにおいて進んでいる訳ではなく、ほんの一部が進んでいるというのでございます」


「どういう点が進んでいるというのだ?」

「一つは、この王宮で使われ始めている新しいランプと油でございます」


「新しいランプと油が、アマト国の製品だと言うのか。信じられん」

「燃えやすい油を発見して、それに合ったランプを製作したのでしょうが、我が国で一番明るいランプとして販売されているものは、アマト国製なのでございます」


 バンジャマン国王は不機嫌な顔になったが、怒りは収まったようだ。

「その他に何が有る?」

「軍で開発中である榴弾を、アマト国軍では使用しています」


「くっ、軍事面でも遅れているものが有ると言うのか」

 国王もアマト国が蛮族の国だという認識を改めなければならないと思い始めた。


「アマト国との争いを、どのように決着すべきだと思う?」

「相手国を知らないまま戦うのは、愚の骨頂でございます。ここは一度矛を収めてから、相手の情報を集めるべきだと思います」


「なるほど、論理的だ。アマト国に関する事は提督に任せる。極東地域へ行ってくれ」

「承知いたしました」


 国王がシーウェル提督へ厳しい視線を向ける。

「ところで、ジェンキンズ島の件はどうなっている?」

「我軍が北側半分を占拠し、フラニー人に南側を奪われました」


 国王が悔しそうな顔をする。

「祖先の叡智が眠る島の半分を、フラニー人どもに奪われたのか。……仕方ない。一刻も早く祖先が残した文明の遺物を調査して、祖先が築いた文明の秘密を探し当てろ」


「その件に関しましては、陸軍のカーツ大将と海軍のフィンチ提督に伝えます」

 国王が頷いた。

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