第182話 クマニ湊の災難

 ソウリンが野戦砲を配置し、砲撃の準備が終わった。

「ナイトウ様、準備が整いました」

「よし、ホアン将軍。始めましょうか」


「分かった。始めてくれ」

 ホアン将軍は配置された野戦砲を見ながら頷いた。その将軍の前で野戦砲が火を吹いた。間近で聞いた砲撃音の凄まじさに将軍が顔をしかめる。


 野戦砲から発射された榴弾は、敵陣地の周囲に着弾し爆発した。榴弾も研究が進み、着弾によって起爆する着発信管が開発された。


 この事により砲弾の装填が早くなった。

「上下角を二度上げろ!」

 砲弾が届かなかったのを確認した砲撃指揮官は、上下角の変更を命じた。砲弾が装填され、また砲口が火を吹く。


 砲弾の一発が敵陣地の防壁に着弾し爆発する。慌てたイングド国軍も大砲を発射するが、届かない。敵の大砲より、野戦砲が射程が長いのだ。


 それから一方的な砲撃戦となった。防壁が粉々になって吹き飛び、その後狙われた建物も吹き飛んだ。アマト国軍の野戦砲は、中途半端な陣地が役に立たないと証明したのである。


 それを見ていたホアン将軍は、青くなった顔で戦場を見詰めていた。

「……違う。これは私が知っている戦場ではない」

 それを聞いたナイトウは、苦笑いする。かつて自分も思った事だからだ。


「ホアン将軍、攻撃の命令を」

 ナイトウが将軍に攻撃を促した。ハッとした将軍は、急いで攻撃を命じた。コンベル国兵が敵陣地に攻め込む。砲撃により混乱していたイングド国軍は、それを撃退する事ができず敗走。


 イングド国軍は多くの死傷者を出して国境まで後退した。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 黒虎省まで逃げ戻った味方兵から話を聞いたキンケイド少将は、苦虫を噛み潰したような顔になる。

「その大砲の砲弾が、爆発したというのは、本当なのか?」

 コンベル国から逃げ戻ったノーランド大佐は、アマト国軍の野戦砲について報告した。


「本国で開発中の榴弾を、アマト国軍が使ったというのか?」

「はい、恐ろしい威力を持つ砲弾です」

「なぜだ? 島蛮の連中が列強諸国でも本格的に使い始めていない榴弾を……」


「フラニス国やアムス王国が、教えたのでしょうか?」

 ノーランド大佐がキンケイド少将に疑問を呈した。キンケイド少将は首を傾げる。


「それは考えられない。フラニス国かアムス王国が開発に成功していたとしても、本国にさえ配備していない兵器を島蛮どもに与えるとは思えない」


「ならば、島蛮が開発した事になります。あり得るのですか?」

「現実から目を背ける事はできん。我々が島蛮と軽んじていた連中は、我々と同じほどの知能を持っている。それが現実なのだ」


 ノーランド大佐が顔をしかめた。

「総督は認めないでしょうな」

「そんな事は関係ない。今後、我々はアマト国を列強諸国と同等だと考えて、戦略や戦術を練らなければならない」


「大袈裟ではありませんか? 偶然に榴弾を開発しただけなのかもしれません」

「例え、偶然に開発したとしても、それを製作した技術が、存在するのだ。その事実を軽々しく考えてはならない」


 キンケイド少将はアマト国との戦いに慎重になったようだ。

 だが、イングド国軍が負けたという報せは、アルバーン総督を怒らせた。極東地域の蛮族が、生意気にも列強諸国のイングド国に歯向かったと考えたらしい。


「キンケイドは、何をしているのだ。陸軍は話にならん。海軍でアマト国を何とかできないのか?」

 それを聞いたギャレット海軍少将は、カイドウ家に仕返しをする時が来たと感じた。


「それでしたら、クマニ湊を攻撃するというのは、どうでしょう?」

「ホクトではないのか?」

「アマト国の首都であるホクトは、警備が厳重です。その点、クマニ湊には軍艦が、ほとんど居ません」


「なるほど、我が国に逆らうと、こういう目に遭うのだ、という事を分からせるのだな。面白い」

 アルバーン総督は喜んだが、その結果を考えていない。アマト国が仕返しするとは、思ってもみなかったのである。


 チュリ国のオサを母港としているイングド国艦隊は、その母港を離れミケニ島へ向かった。アマト国の海軍に発見されるのを避けるために、バイヤル島の西側を回ってミケニ島のクマニ湊を目指す。


 チュリ国に守備用の軍艦を残し、百二十門戦列艦三隻、七十六門艦五隻、三十二門艦五隻、哨戒艦三隻という艦隊は、クマニ湊の沖合に姿を見せた。


「ふん、やはり島蛮の街だ。燃えやすい木造の家が多い。これだと街中が灰になるのではないか」

 ギャレット少将は、クマニ湊の町並みを見て呟いた。ギャレット少将は居留地で痛い目に遭い、カイドウ家の実力を見ているはずなのに、他のイングー人と一緒に生活した事で、極東地域の住民を侮るという癖が戻ったらしい。


 クマニ湊に近付いた艦隊は、停泊して街に砲弾と火矢を撃ち込んだ。店や屋敷が破壊され燃え上がる。町の住民は混乱し逃げ始めた。


 町を守る兵が単発銃で攻撃するが、その数は少なく大した痛手も与えられなかった。

 燃え上がる町を見たギャレット少将は満足そうに頷いた。そして、十分な懲罰を与えたと感じて艦隊に引き返すように命令する。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


「何だと……クマニ湊がイングド国艦隊に攻撃された」

 俺は報せを聞いて驚き怒った。すぐさま評議衆を集める。


「皆も聞いたか?」

 険しい顔で尋ねると、評議衆たちが頷いた。

「俺の落ち度だ。主要な湊町を警護する事を、怠っていた」


 トウゴウが厳しい顔で、

「それは我々も同じでございます。よもやクマニ湊を攻撃するとは、思ってもみませんでした」

 アマト国海軍は、イングド国艦隊が来るのなら、ホクトだと考え重点的に警備していたのだ。それが外れた。


「クマニ湊の被害は、どれほどだ?」

 俺は報告をもたらしたハンゾウに尋ねた。

「数十人の死傷者と、百を超える家・屋敷が壊され燃えたようでございます」


 深呼吸して落ち着いてから、町のどの辺りが燃えたのか確認する。

「イングド国海軍は、一番栄えている場所を狙って砲撃したようでございます」


 俺が初めてクマニ湊へ行った時に見物した辺りである。

「御屋形様、これは報復せねばなりませんぞ」

 クガヌマが意見を述べた。その意見に、イサカ城代とコウリキが頷く。


「そうだな。攻められて黙っていたのでは、民が納得せぬだろう。だが、どこを攻める?」

 海軍のソウマが声を上げる。

「攻めるならば、艦隊を攻めるべきです」


 俺は少しためらった。イングド国軍とアマト国軍を比べて、一番劣勢なのが海軍の装備だったからだ。

「だが、正面からでは勝てるか分からぬ。そうではないか?」


 ソウマは必ず勝利できるとは限らない事を承知していた。そこで新型装甲砲艦による夜襲を、ソウマは提案した。まだ五隻しか存在しない新型である。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る