第181話 ホアン将軍の失敗

 国境付近に展開しているコンベル国軍は五万。その中から三万を選んで、イングド国軍の陣地を攻撃する事になった。


 ナイトウとしては、もう少し調査に時間を掛けるべきだと助言したのだが、ホアン将軍は攻撃を決行した。ナイトウたちが居るコンベル国軍の陣地を朝早く出陣したコンベル国軍は、敵軍の陣地を取り囲んだ。


 その様子を、ナイトウとソウリンは後方から見守っていた。

「ナイトウ様、コンベル国軍は敵陣地を攻略できるでしょうか?」

「どうだろう? 敵陣地に居る兵の練度や、大砲などが有るかどうかも分かっていない。それでは、判断が難しい」


「大砲が有った場合、攻略は難しくなりますか?」

「それはそうだ。イングド国軍にも、散弾筒のようなものが有るだろうからな」


 ソウリンは散弾筒が装填された大砲の前に突撃する事を想像した。ブルッと身震いする。考えただけで恐ろしい。自分の身体に無数の鉛玉が命中する光景しか思い浮かばなかった。


 コンベル国軍は、大砲の威力を知らない。知っていれば、調査に時間を掛けたはずだ。

 ホアン将軍が攻撃命令を出した。まず十字弓ではなく大陸で使われる短弓による弓の攻撃から始まった。放物線を描いた無数の矢が、敵陣地に降り注ぐ。


 敵兵たちは即席で作られた屋根に守られた場所で、待機していたようだ。短弓の矢は、それほど被害を与える事はできなかった。そして、イングド国軍が反撃する。


 フリントロック式銃が、コンベル国軍の弓兵に向かって火を吹いた。鉛玉が弓兵の身体に穴を開ける。イングド国兵は、効率的に敵を倒すやり方を心得ているようだ。


「まずいですね。ホアン将軍は、まだ弓兵を下げないのでしょうか?」

 ソウリンが呟くように言った。次の瞬間、ホアン将軍が弓兵に下がるように命じる。


 コンベル国軍の弓兵隊に大きな被害が出たようだ。判断が遅いとソウリンは思った。ナイトウの顔を見ると、仏頂面でホアン将軍を見ている。口を出したいのだが、他国の軍であるので控えているのだろう。


 ホアン将軍が鉄砲隊に攻撃するように命じた。ソウリンは首を傾げた。敵の陣地は、土嚢と丸太を使って構築された頑丈そうな防壁で守られている。そこに鉛玉を撃ち込んでも、効果が有るとは思えない。


 ソウリンの予想通り火縄銃による一斉射撃は、ほとんど敵軍に効果がなかった。焦ったホアン将軍は、主力である槍兵部隊に突撃を命じる。


「馬鹿な」

 ナイトウが声を上げる。ソウリンも悪手だと思った。大勢が敵の鉄砲隊や大砲の餌食になるからだ。


 敵陣からフリントロック式銃による一斉射撃が始まった。突撃する槍兵が突然倒れて動かなくなる。そういう光景を、あちこちで目にするようになった。それでもホアン将軍は、突撃をやめなかった。


 コンベル国軍の槍兵が敵陣近くまで迫った時、敵陣地の一部から大砲の砲口が顔を覗かせる。大砲を隠していたらしい。迫りくる槍兵に向かって火炎と一緒に無数の鉛玉を吐き出した。その鉛玉が槍兵を薙ぎ倒す。


 コンベル国兵の悲鳴が戦場に響き渡る。そこにフリントロック式銃の一斉射撃。バタバタと倒れる味方兵を見て、ホアン将軍の顔が青褪める。

 死傷者が多すぎる。突撃した槍兵は、退却命令もないのに逃げ始めた。


 その後も何度か突撃を行い敵陣地を攻めたが、敵のフリントロック式銃と大砲の反撃で撃退された。死傷者が三千人を超えた時、ホアン将軍が戦いを中止させた。


 このまま戦いを続けても敵陣地の攻略はできないと悟ったのだ。

 コンベル国軍は自陣まで引き返した。兵士たちの顔を見ると、敗残兵の顔だった。ホアン将軍は軍幹部とナイトウを集め軍議を開いた。


「残念な事に、作戦は失敗だった。これから、どうするかを検討したい」

 ホアン将軍が軍議に参加した軍人たちを見回して、最後にナイトウへ顔を向ける。


「ナイトウ殿、貴殿はどうすれば良いと、お考えか?」

「そうですな。敵が大砲を用意していた点を考慮すれば、我々の野戦砲が届くのを待つのが、一番だと思われます」


「その野戦砲が有れば、敵陣地を攻略できると言われるのですな?」

「ええ、野戦砲の榴弾で攻撃すれば、敵陣地の防壁を破壊できます。その後は、混乱する敵に突撃し打ち倒すのです」


 ホアン将軍は納得したように頷いた。

「その野戦砲ですが、コンベル国に売ってもらえませんか?」

 ナイトウが困ったという顔をする。野戦砲はアマト国軍でも最新兵器だ。他国に売るつもりはなかった。


「困りましたな。野戦砲はアマト国でも数が少ないのです。……そうだ。イングド国軍が使用している大砲を奪うのはどうでしょう。少しくらい傷がついてもホクトでなら修理できます」


 ホアン将軍が笑った。

「なるほど、あの大砲を我が国のものに……」

 その案が気に入ったらしい。軍議では、なるべく敵の大砲を傷付ける事なく、敵陣地を攻略するという作戦案が練られた。


 それから数日後、野戦砲が陣地に届いた。

「ほう、これがアマト国の大砲か?」

「ええ、我々は野戦砲と呼んでいます」

 ホアン将軍も来て、野戦砲を値踏みするように見ていた。


「イングド国軍の大砲とどこが違うのですかな?」

 ナイトウは砲口を指差した。

「砲口の内部に細い溝が切られているのが分かりますか?」


 野戦砲は後装式ライフル砲になっていた。

「なぜ、こんなものを?」

「こういう構造にすると、命中率が上がる事が分かっているのです」


 ホアン将軍が感心したような顔をする。

「どうやって、このような加工をするのです?」

「さあ、難しい加工だそうです。素人の私には分かりません。それくらい製造も難しいそうです」


「なるほど、アマト国でも造るのが難しいとなると、我が国では製造できんでしょうな」

「イングド国軍の大砲なら、造れるかもしれませんぞ」


 ホアン将軍が笑顔になった。

「本当ですか?」

「造りやすい真鍮しんちゅうで鋳造するものなら、貴国でも造れるんじゃないのかと思います。ところで、盾の用意はできましたか?」


「ええ、竹の束で作った盾ですが、あんな物で鉛玉を防げるのですか?」

「近い距離から撃たれた鉛玉は無理ですが、遠い間合いから撃たれたものなら防げると聞いています」


 全ての用意が整ったコンベル国軍とアマト国軍は、敵陣地に向かった。どうやら向こうも増強されたようだ。大砲の数が増えている。


 ソウリンは野戦砲を前線に運ぶ作業を指揮していた。この重い野戦砲を敵陣の前に運ぶ作業だけでも大変なのだ。


 ナイトウは、この一戦だけは勝てると考えていた。イングド国軍は、アマト国軍が野戦砲を持ち込んだとは知らないはずだ。砲弾が飛んでくると分かっていたら、あんな中途半端な陣地では持ち堪えられないと分かっていただろう。


 まずはイングド国軍を国境線の外に追い出す。その後、桾国の黒虎省について、検討を始めなければならない。黒虎省をイングド国が占領している状態は、隣の庭で毒蛇を飼っているようなものだからだ。


 戦場にアマト国軍の野戦砲が姿を現した時、敵陣地が騒がしくなったように感じた。声が聞こえる訳ではないのだが、走り回る兵の数が多くなった。


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