第179話 黒虎省のイングド国軍

 桾国の黒虎省は、イングド国軍により制圧された。逸早く隣の江順省に繋がる道を封鎖したイングド国軍は、黒虎省の全域を掌握するために動き始めたという。


 敗戦の報せを聞いた耀紀帝は、激怒したらしい。二十万の桾国兵を黒虎省に派兵したが、黒虎省へ通じる道はイングド国軍により封鎖されていたため、黒虎省へ攻め込めなかった。

 耀紀帝は戦略を間違った。勝利するためには、全力で黒虎省を守る必要があったのだ。


 その報せを聞いた俺は、溜息を漏らした。

「まずい状況だ。極東地域でイングド国の力が強くなりすぎた」

 一緒に報告を聞いたイサカ城代が眉間にシワを寄せる。


「如何いたしますか?」

「いきなり黒虎省やチュリ国に攻め込む訳にもいかん。友好国であるコンベル国を支援する事くらいしかできないと思う」


 トウゴウが頷いた。

歯痒はがゆいものですな。我々がイングド国軍と直接戦うという策は、取れぬのでございますか?」

「イングド国軍と桾国軍が戦い。どちらも弱ってから、と考えていたのだが……思った以上に、桾国軍が弱い」


 俺が愚痴のように言ったからだろう。周りで聞いていた評議衆の全員が笑う。

「御屋形様、それを愚痴りたいのは、耀紀帝でござる」

 クガヌマが言う。それを聞いて、俺も笑った。


「そうだな。桾国やハジリ島に比べれば、アマト国は平和だ。その事を感謝せねばならんのだろう」

 イサカ城代が頷いてから、

「話を戻しますぞ。イングド国軍にアマト国軍が戦いを挑めば勝てますでしょうか?」


「勝てる。装備、兵の練度、指揮などアマト国軍が上だと思っている。但し、陸の上でという条件が付く」

「海戦では負けると考えておられるのですか?」


「装甲巡洋艦が十隻、装甲砲艦が二十五隻になった。互角に戦える水準だと思うが、確実に勝てるとは言えないな」


 クガヌマがツツイに顔を向けた。

「列強諸国のような戦列艦を建造できないのでござるか?」

「建造はできる。だが、乗組員の教育が間に合わない」


 船体が大きくなると、それを動かすために必要な乗組員の数が比例して増える。俺は船乗りを育てる船乗り養成学校を設立し、船乗りの数を増やすように努力している。だが、それでも数が足りないのだ。

 それに軍艦は船乗りだけでなく水兵が必要だ。その数も足りていないのである。


「そうなのでござるか」

 俺は気になっている点を付け加えた。

「海戦において、軍艦の性能も重要な要因だが、アマト国海軍は数えるほどしか海戦の経験がない。経験の上ではイングド国海軍に劣っているのだ」


 評議衆たちが暗い表情を浮かべる。

「御屋形様は、どうしようと考えておられるのでございますか?」

 フナバシが尋ねた。


「コンベル国と同盟を結ぼうかと考えている。コンベル国が攻められた場合には、勝ち目のある陸戦で、イングド国軍を破り、その勢いを止める」


 イサカ城代が頷いた。

「良き御考えかと存じます」

 俺はコンベル国にコンベル語ができる交渉役を送り、コンベル国と同盟を結ばせた。


 同盟締結後は格安で火縄銃や硝石を売り、コンベル国軍の戦備増強を助けた。それを知ったイングド国軍は、ホクトに使者を送った。


 使者は陸軍大佐のダレル・ノーランドである。挨拶を済ませた俺とノーランド大佐は、余計な雑談もなしに用件に入った。ノーランド大佐はミケニ語を流暢に喋った。


「月城守様、コンベル国と同盟を結ばれたと聞きました。なぜでございますか?」

「我が国では、コンベル国と交易をしている。その国が周辺地域が騒がしくなったので、危険を感じている。同盟を結んでくれないか、と言われたのだ。考えた末に同盟を結んだだけの事。何の不思議もない」


 コンベル国に危険を感じさせたイングド国の軍人であるノーランド大佐は顔をしかめた。

「ほう、コンベル国が危険を感じた。誰に対して危険を感じたのでしょうな」


 しらを切る大佐に視線を向け、心の中で『お前らだよ』と言いながら、わざとらしく溜息を漏らす。

「そうですか。イングド国は、コンベル国が危険を感じるような相手に心当たりがないというのですな」


 大佐が頷いた。

「全くありませんな。なので、火縄銃や硝石をコンベル国に売る事をやめて頂きたい」

「どうしてです。チュリ国や黒虎省に配置されている軍隊が所有する火器に比べれば、微々たるものです。何の問題もないではありませんか。それともコンベル国に野心でもあるのですか?」


「野心などない。だが、隣国が戦力を高めているというのは、不安になるもの。やめて頂きたい」


「ノーランド大佐、一方的にチュリ国に攻め入り侵略したのは、イングド国。黒虎省を侵略したのもイングド国です。それで、攻め込まないから安心して、軍備を増強するなと言われて、コンベル国が承知すると思いますか?」


 ノーランド大佐が俺を睨んだ。

「後悔しますぞ」

「脅しですか? 我が国に敵対するというのであれば、全力で戦うのみです。そうなったら、後悔するのはイングド国になりますぞ」


 イングド国との話し合いは、物別れに終わった。俺は話し合いが上手くいくとは思っていなかったので、武将たちに戦の準備をするように命じた。


 イングド国がコンベル国を侵略するつもりでいるのなら、必ず軍備を増強する前にコンベル国を叩こうとするはずだと考えたのである。


 評議衆が集まり話し合いを始めた。

「御屋形様が、見事に喧嘩を売りましたな」

 フナバシが苦笑いして言った。


 クガヌマはニヤッと笑う。

「いや、あれくらい言った方がいい。イングド国は調子に乗っておる」

 イサカ城代が心配そうな顔をする。

「我が国に攻めてくるという事はないか?」


「イングド国も馬鹿ではありません。我が国に地の利のあるミケニ島に攻めてくるとは思えません」

 トウゴウの言葉で、イサカ城代はホッとする。


「建国したばかりだというのに、また戦か。何とかならんのか?」

 イサカ城代の嘆きに、コウリキが反論する。

「イングド国を放置するのは危険だと、御屋形様は考えられたのでござろう」


 トウゴウが頷いた。

「拙者もそう思う。チュリ国・黒虎省・コンベル国を征服し、植民地を広げた場合、ミケニ島にまで牙を剥くでしょう。その時には、桾国に匹敵する植民地軍を所有しているかもしれませんぞ」


「馬鹿な、桾国の総兵力は百五十万なのだぞ」

「その時には、桾国自体がイングド国に飲み込まれているかもしれません」

 イサカ城代が溜息を吐いた。


「コンベル国とイングド国の戦いが始まったならば、コンベル国は勝てるのか?」

「我が国が、どれほどの戦力を注ぎ込むかで、勝負が決まるでしょう」


「御屋形様は、イングド国を打ち負かそうと考えておられます。我々も準備をしなければ」

 評議衆たちは、誰が何を担当するかを決めて、コンベル国に支援軍を派兵する準備を始めた。


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