第166話 コタン島の攻防

 ミヤモト軍の関船から、火縄銃の銃声が海上に響き渡った。揺れる船上からの射撃は難しい。ほとんどの鉛玉は明後日の方向に飛んだようだ。


 カヤマは星型哨戒艇の砲手たちに砲撃の準備を急がせた。砲撃の準備が整い、砲手がカヤマに報告。それを聞いたカヤマは横に並んでいる関船に向かって砲撃しろと命じた。


 二門の小型艦載砲から榴弾が発射される。だが、最初の砲撃で命中させる事はできなかった。海面に落下した榴弾が海水が入ったために爆発せずに沈む。


「波のせいで、手前に着弾したな」

 カヤマは次弾の準備をさせながら、砲撃の命令を出す時に波も考慮に入れなければと反省した。訓練時にはできていたのだ。それを忘れた自分もまだまだだなと思う。


 関船から火縄銃の銃声が聞こえ、その一発が星型哨戒艇の舷側に命中しガツッという音を響かせた。カヤマはこちらからも撃ち返そうと決めた。


 部下たちを甲板に並ばせ、単発銃の一斉射撃を命じる。星型哨戒艇から飛んだ弾丸の何発かが、関船に命中したのが分かった。


 関船の兵たちが慌てている様子が見える。なぜか砲撃より単発銃の弾丸に脅威を感じているらしい。これは榴弾というものの威力を知らないからだろう。


 周りを見回すと、味方の艦艇がそれぞれの関船に狙いを定めて攻撃している。ただ未だに砲撃で命中弾を出した僚艦はいないようだ。


 砲撃の準備が整った。カヤマは波の周期を読み、絶好の瞬間を狙って砲撃を命じる。

「放て!」

 腹に響く砲撃音を発した艦載砲から榴弾が飛び出し、一発はまた着水したが、もう一発は関船の後部に命中した。


「よし、よくやった」

 カヤマは砲手たちを褒めた。歳の若い砲手たちは照れるように笑う。次の瞬間、関船の中で榴弾が爆発した。ミヤモト軍の兵が爆発で海に放り出されるのが目に入る。


 関船を漕いでいる漕ぎ手の動きが止まる。カヤマは星型哨戒艇の速度を落とすように命じた。関船から叫び声が上がった。浸水しているらしい。


 カヤマは単発銃を撃たせ、砲撃の準備をさせる。浸水した関船は戦闘を続けられなくなったようだ。カヤマは速度が落ちた関船に対して、もう一度砲撃させた。


 その砲撃で関船の中央に穴が開き、大量の海水が流れ込み始めたのが分かった。カヤマの部下が呟く。

「あの船は、もう終わりだな」

「そうだな。よし、次は捕虜の確保だ」


 ミヤモト家との交渉を有利に運ぶために、捕虜を確保せよという命令が出ていた。周りを見回すとカイドウ家海軍が有利に戦いを進めているようだ。


 但し、全てが上手くいっているかというとそうでもない。コタン島の湊に着岸し、上陸をしようとしているミヤモト軍の部隊も見える。


 それに関しては陸上で待機しているカイドウ軍に任せるしかなかった。カヤマは関船から海に飛び込み泳いでくる敵兵たちを救い上げる作業を部下たちに命じた。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 コタン島の湊町イナミでは、代官であるヌマタ・カゲタカが、旅団長であるハシモト・モリヒサと話をしていた。


「ハシモト殿、兵の多くを島の各地に分散配置して良かったのでござるか?」

「まあ、それは仕方ないのです。ミヤモト軍の軍船がどこに上陸するか、分からなかったのですから」


 ヌマタは頷いたが、心配そうな顔は変わらない。その視線の先には、湊に近付いてくるミヤモト軍の軍船がある。多くの軍船が、星型哨戒艇や装甲砲艦により沈められたが、関船の数が多いのでカイドウ家海軍の攻撃を潜り抜けた関船から上陸が開始された。


「イナミ町には、三百の兵しか駐屯していないそうですが、撃退できますか?」

「問題ない。上陸できたのは三百ほど、その数なら必ず撃退してみせよう」


 ハシモト中将は、ヌマタに断言した。その理由はイナミ町に運び込んだ野戦砲にある。ここには十二門の野戦砲が外からは隠れた場所に配置されており、その全部が湊に向けられていた。


 そして、湊に停泊している敵船から敵兵全員が上陸するのを待っていた。上陸した敵兵が隊列を組む。それを見たハシモト中将は、こういう戦い方は最後になるかのもしれないと思った。


 敵前で隊列を組むなど攻撃してくださいと言っているようなものだからだ。

「なら、望みを叶えてやろう。砲撃の合図を送れ」

 ドンという太鼓が打ち鳴らされた。その瞬間、隠れて配置されていた野戦砲が火を吹いた。散弾筒が発射され、中に詰まっていた数百の鉛玉が、ミヤモト軍の兵に襲い掛かる。


 百を超える敵兵が血を流して倒れる。そして、カイドウ軍の単発銃から弾丸が撃ち出された。その弾丸は敵兵の身体を抉り、血を噴き出させる。


 圧倒的な戦力差だった。ミヤモト軍の将兵は為す術もなく死んでいく。それを見ていたヌマタは、恐怖した。ヌマタはゲイホク郡の出身である。


 ヤザワ家の当主ナオヤスがカイドウ家に降伏した時、ヌマタは一戦もせず降伏するなど、と思ったのだ。だが、今では分かる。その判断は正しかったのだ。もし、ヤザワ家がカイドウ家と戦っていれば、眼前の光景のようにヤザワ家の家臣たちが血を流して死んだだろう。


「ナオヤス様、ありがとうございます」

 その呟きを聞いたハシモト中将は首を傾げたが、それどころではないと考え戦いの命令を下す。


 ミヤモト軍が全滅した。全滅と言っても敵兵の全員が死んだ訳ではない。カイドウ家では損耗率五割以上なら、全滅と判定するのが決まりなのである。


 しかし、今回は本当に全滅と呼んでも良いような結果だった。生き残った敵兵は、ほとんどが捕虜となったからだ。そして、生きてメムロ府に戻れた者は少ない。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 メムロ府のビホロ城では、コタン島制圧部隊の結果を聞いたトシカツは絶句する。

「……」


 一緒に聞いていたワカバヤシ城代は、唇を噛み締めた。五百丁の火縄銃を手に入れたと聞いて、もしかしたらカイドウ家と対等に戦えるのではないかと思ったのだ。


 全てが甘かったのである。カイドウ家は奇妙な軍船を何隻も保有し、兵士の全てが鉄砲兵だったのだ。

「カイドウ家から、間もなく使者が来るでしょう。どうされますか?」


「カイドウ家と戦える訳がないであろう。和睦するしかない」

「そうなると、ホウジョウ家から睨まれますぞ」

「なんとなく思うのだが、ホウジョウ家は、カイドウ家の実力を探っていたようだ。我らにカイドウ家と戦わせたのも、その一環だったのであろう」


 ワカバヤシ城代が厳しい顔になる。

「それを薄々気付いておられたのなら、なぜ無謀な戦いをされたのです?」


「これが最後の機会だと思った」

「……何の機会なのです?」

「ミヤモト家がカイドウ家に飲み込まれないための機会だ。カイドウ家は巨大だ。その前では四十二万石の守護大名であるミヤモト家も、蟻にすぎなかったようだ」


 ワカバヤシ城代がうつむいた。その脳裏に『諦め』という言葉が浮かぶ。蟻は人間に踏み潰されて、降伏するしかないという事か。


 その数日後、カイドウ家の外交奉行コニシ・カズモリが使者として訪れた。トシカツの前で頭を下げたコニシが、挨拶の言葉を述べる。


「華平督様、お久しぶりでございます。ますます御健勝の事と心から御喜び申し上げます」

「コニシ殿も、息災なようで何より」


 頭を上げたコニシが、厳しい視線をトシカツに向けた。

「この度の戦、どのような了見で、始められたのか。その理由をうけたまわりたく参上いたしました」


 トシカツは冷や汗が噴き出るのを感じた。

「コタン島は、古くからミヤモト家のものだという事を思い出したのだ。ならば、取り戻さねばならない。それだけの事だ」


 コニシがわざと分かるように溜息を漏らす。

「はあっ。華平督様、それが通じると思っているのでございますか? この代償は高くつきますぞ」


「高くつく? どういう事でございましょう?」

 ワカバヤシ城代が尋ねた。

「ミヤモト家が、我らの主君を怒らせたという事でございます」


 トシカツは、その代償として、どれほどの領地を渡さねばならないのか、暗澹あんたんたる気分となった。

 その時、声が聞こえた。

「ホウジョウ家家老ノベハラ・チカラ様が、お越しになられました」


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