第167話 ミヤモト家とホウジョウ家

 ホウジョウ家の家老ノベハラが、コニシの居る広間に入って来た。本来なら別室で待ってもらうように命じるべきなのだが、トシカツは広間に案内するよう命じている。


「華平督様、突然の訪問をお詫びいたします。カイドウ家の使者がいらしていると聞き及び、話を交わしたいと思い参りました」


 コニシはノベハラの訪問の目的がカイドウ家だと聞いて、値踏みするようにホウジョウ家の家老を見た。歳は四十代なかば、いかつい顔をした男である。


 コニシはノベハラと挨拶を交わした。

「さて、某が来た事で、話の腰を折ったようですな。申し訳ない。続けてくだされ」


 コニシは苦笑いする。

「いえ、まだ挨拶を交わしたばかりでございました。本番はこれからでござる」

「それは良かった」


 トシカツがコニシの方に視線を向けた。

「話を戻そう。コタン島の件で、月城守様がお怒りになっている、との事でございましたな」

「当然でしょう。いきなりカイドウ家の領地であるコタン島に、ミヤモト家の軍が攻めてきたのですから」


 ノベハラが口を挟んだ。

「今、コタン島がカイドウ家の領地だと言われましたな。それはおかしい。コタン島は昔からミヤモト家の領地だと聞いておりますぞ」


 コニシが鋭い視線をノベハラに向けた。

「ええ、コタン島の海賊が暴れた時、カイドウ家もそう思いまして、ミヤモト家に確認しました。その場でコタン島はミヤモト家の領地ではないという返事をもらっております」


 ノベハラがチラッとトシカツを見てから、

「コタン島の海賊が討伐された頃となりますと、華平督様がちょうど御身体の具合を悪くされていた頃ではありませんか。たぶんそのせいで、変な事を口走ったのでござろう」


 コニシがノベハラを睨んだ。

「武人の言葉を、そのように、軽々しく扱われては困りますな。ましてや守護大名である華平督様の御言葉は重いはず。そうではございませんか?」


 コニシがミヤモト家の家臣たちを見回すと、渋い顔をした家臣たちばかりだった。ノベハラがコニシを睨む。

「ふん、コタン島はハジリ島の一部でござる。ミケニ島のカイドウ家は手を引いて欲しいものですな」


 本音が出たようだ。コニシはノベハラを睨み返す。

「ホウジョウ家では、フラニス国との交易を始めたようでございますが、そのフラニス国と問題が起きた時に備え、何か準備をされているのでしょうか?」


 唐突な質問に、ノベハラが戸惑ったような顔をする。

「フラニス国と問題? 例えば、どういう事でございましょう?」

「そうですな。……フラニス国の商人がハジリ島で詐欺まがいの商売をしたとします。当然、ホウジョウ家は、そのフラニス国の商人を捕まえようとするでしょう。ですが、逸早く逃げた商人がバナオ島に逃げたとします。どうしますか?」


 ノベハラが当惑した顔をしながらも考え答えを出した。

「バナオ島に逃げた商人を引き渡すように、フラニス国の役人に言うでしょう」

「その時、フラニス国の役人は、自国の商人を素直に引き渡すでしょうか? 某はそうは思えません。我々の事を島蛮と呼んでいる列強諸国は、馬鹿な島蛮が騙された程度で、自国の商人を引き渡せるか、と思うはずです」


 ノベハラは何が言いたいのか分からないようだ。

「それが、コタン島の話に、どう繋がるのでござろう?」


「小さな問題が積み重なれば、フラニス国と関係が険悪となり、戦になるかもしれませぬ。その時、ホウジョウ家は戦えるのですか? もし、コタン島がフラニス国に制圧されたら、小規模な海賊に支配されたまま、何も手を打たなかったミヤモト家が、フラニス国と戦えるのですか?」


「カイドウ家なら、フラニス国とも戦えると言うのでござるか?」

 ノベハラは尋ねた。

「もちろんでござる。カイドウ家は海軍を創設し、多数の艦載砲を搭載した軍艦を建造しております。桾国との戦いやイングド国との戦いにも勝利している。コタン島に住む民が安心して暮らせるように、カイドウ家は努力しているのです」


 そんなカイドウ家と張り合えるのか、と問うような目でノベハラとトシカツを見るコニシ。その視線を感じたノベハラは、悔しそうな表情を一瞬だけ浮かべる。


「ほう、なるほど。ミヤモト家の支配下でいるより、カイドウ家の下で暮らす方が民は幸せだと言われるのですな」


「そこまでは申しません。列強諸国は極東地域の島や国を、次々に制圧し植民地としております。それをご存じないのですか? 列強諸国が攻めてきた時、ミヤモト家、ホウジョウ家は戦えるのですか?」


 ミヤモト家の家臣たち、そして、トシカツとノベハラも答えられなかった。

「さて、本題でございます。カイドウ家はミヤモト家に、ルソツ湊の北西にあるホロベツ半島の割譲を要求します。割譲するのであれば、捕らえた捕虜も解放いたします」


 ホロベツ半島は平地が少ない土地で、農業には向かない場所だ。カイドウ家が、そんな土地を欲しがる理由は一つしかない。ハジリ島に攻め込むための足掛かりである。


 トシカツが顔色を変えた。そして、ノベハラが鬼のような顔でコニシを睨む。

「お待ちください。何故、ホロベツ半島なのでござる?」


「ミヤモト家はコタン島を、カイドウ家から奪い取ろうとした。戦になりミヤモト家は負けた。その賠償として、コタン島とほぼ同じ広さであるホロベツ半島を要求するだけでございます。それともコタン島での戦を継続し、カイドウ軍がメムロ府に攻め込む事を望まれるか?」


「ホウジョウ家が、ミヤモト家に味方すると言ったならば、カイドウ家はどういたすのでござるか?」

 そう言ったノベハラを、コニシが睨む。


「カイドウ家は戦を望んでいる訳ではない」

 コニシは主君がハジリ島を欲しいと言っている訳ではないと知っていた。主君が恐れているのは、列強諸国が隣の島を足掛かりとして勢力を伸ばす事である。


 そう言う意味で、カイドウ家はハジリ島の大名たちと戦を望んでいないと言ったのだが、ノベハラは勘違いしたようだ。カイドウ家がホウジョウ家を恐れていると思ったらしい。


「ホウジョウ家がミヤモト家に味方すると言ったならば、カイドウ家はハジリ島、いやコタン島からも手を引かれるのですな」


 コニシが苦笑いする。勘違いは正さなければならない。

「そうではない。ホウジョウ家がミヤモト家に味方した場合、カイドウ家の全力で、ミヤモト家とホウジョウ家を滅ぼし、その領地を支配下に置くでしょう。カイドウ家は敵対勢力が、近くに居る事を許さないのです」


 ノベハラは探るような目で、コニシを見た。

「カイドウ家に、それだけの戦力があるか、お疑いか?」

「カイドウ家が巨大な事は知っておる。だが、本当に海を越えてメムロ府やトカチ州に攻め込めるのか。そこは分からないですな」


 陸続きなら可能な事でも、海の向こうだと難しくなる。その事はカイドウ家でも分かっていた。なので、兵員揚陸艦を建造したのである。


 その兵員揚陸艦は十隻が完成していた。合計五千の兵を運ぶ事ができる。その他にも多くの輸送船がある。それらを動員すれば、一万ほどの兵と野戦砲・弾薬・兵糧をハジリ島に運べるだろう。


 全員が単発銃で武装した鉄砲兵だ。メムロ府なら短期間で制圧する事が可能だった。その事を説明しても、ノベハラは信じないだろう。こういう交渉の場では、ハッタリが日常茶飯事だからだ。


「結論を出すのに、時間が必要であると分かっています。某は三日間、このビホロに留まります。その間に、返事をお聞かせ頂きたい」


 コニシが広間を去ると、トシカツがノベハラに目を向ける。

「ノベハラ殿、ホウジョウ家がミヤモト家に味方するというのは、本当でございましょうね?」


「疑われるとは、心外でございます。カイドウ家とミヤモト家が戦になるなら、ホウジョウ家はミヤモト家にお味方しますぞ」


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