第163話 アマト国建国

「聞いたか? 月城守様が建国を宣言されるそうだぞ」

 ホクトの交易商である樽﨑屋カヘエが、手代のヨキチに言った。言われたヨキチは首を傾げた。

「アマト州が、アマト国になるという話でございますよね。何が変わるのでございましょう?」


「色々と変わるらしいが、役人の登用方法も変わるらしいぞ」

「どういう事でございます?」

「今までは、武人の中から、抜擢して役人にしていたが、これからは試験を行い役人にするそうだ」


「と言うと、商人の息子でも役人になれるという事でございますか?」

「その通りだ」

「大丈夫なんでしょうか?」


「月城守様がやられる事だ。大丈夫だろう」

 ヨキチは頷いた。ホクトにおけるカイドウ家への信頼は絶大なものだった。

「お祭りがあると聞いていますが、その日は?」

「もちろん、店は休みにする。お前たちも楽しむがいい」


 ヨキチが嬉しそうな顔をした。

「楽しみです。カイドウ家で、夜に何かするそうではありませんか」

「ああ、特別な出し物を用意するそうだ」


 カヘエとヨキチが話した数日後、建国宣言の日が訪れた。ホクト城の庭園が初めて民に開放され、大勢の人々が城に押し掛けた。


 建国宣言自体はすぐに終わり、人々の歓声が上がり、カイドウ家から酒と甘酒が振る舞われた。それを飲んだ人々は、海に向けて移動を始める。


 ホクト城から海岸までの大通りには露店が並び、威勢の良い声が響いていた。人々は楽しげに露店で買い物をしたり、食べ物や飲み物を買い楽しんだ。


 海岸には、いくつかの櫓が組まれており、その上では太鼓が打ち鳴らされ、その太鼓の音に合わせて人々が踊り始める。


 ヨキチも踊った。踊り方など分からないが、見様見真似で踊る。そして、日が暮れ始めると、帰ろうとする人々が現れた。


 それを櫓の上に居る者が止める。夜になれば、カイドウ家の出し物が始まるというのだ。その出し物が始まったのは、日が暮れてすぐだった。


 カイドウ家が開発させた花火が、この日に披露されたのだ。人々は夜の空に開いた綺麗な花に驚き感動した。ヨキチも夜空に咲いた花火を食い入るように見ていた。


「ヨキチ、ここに居たのか」

「ああ、旦那様。素晴らしいものですね」

「花火というものだそうだ」

 海岸には篝火が用意されており、その光の中で夜空を見上げる人々の表情は明るかった。


 この建国宣言の日の祭りは、大成功を収めた。

 アマト国という国が建国された事は周辺国にも伝えられ、ハジリ島の各大名家や大陸の各国にはカイドウ家の使者が向かった。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 建国を宣言した俺は、忙しい毎日を過ごしていた。問題を持ち込む者が絶えないのだ。

「御屋形様、ハジリ島のミヤモト家が、コタン島はミヤモト家の領地だと抗議してきました」

 トウゴウの連絡に、俺は渋い顔をする。


 コタン島は海賊のアジトだった小さな島である。その海賊をカイドウ家が討伐して、コタン島の所有権を主張した過去がある。


 その後、コタン島の開発が進み大きな町も出来た。ミヤモト家が支配するメムロ府からも大勢の人々がコタン島に移住したようだ。


 だが、コタン島で銀山が発見されると、ミヤモト家の態度が変わった。ミヤモト家の家臣が頻繁に訪れ、銀山を探り始めたのだ。


「ミヤモト家にも困ったものだ。まだカイドウ家との差を分かっておらぬようだ」

「メムロ府を攻め取りますか?」

「いや、ミヤモト家の背後にはトカチ州のホウジョウ家が控えている。ミヤモト家が手を出すまで、放置しておこう」


 ホウジョウ家というのは、ハジリ島で最大の領地を持つ太守である。領地は二百万石近いと言われており、六万の兵を所有している。


 クジョウ家に匹敵する相手なのだ。用心しなければならないと思っている。だが、トウゴウは違う意見のようだ。ハジリ島も制圧して、支配下に置く事を進言する。


「ハジリ島は、ミケニ島に近すぎるのでございます。この島を敵対する勢力に押さえられますと、厄介な事になります」


「それはそうなのだが、二、三年は戦などしたくない気分なのだ」

 アマト国をちゃんとした国家にするには、長い年月が必要になるだろう。そんな大仕事が有るのに、戦などしたくはなかった。


 但し、列強のどこかがハジリ島に手を出してきたならば別である。速攻でハジリ島を制圧し、掌握しなければならないだろう。そのための準備はするつもりだ。


「トウゴウは、クガヌマやコウリキ、ナイトウと話し合い、ハジリ島を短期間に制圧するための戦備は、どのようなものが必要か検討してくれ」

「畏まりました」


「言っておくが、すぐに戦を始めるという意味ではないぞ。万一に備えてだ。列強が手を出した時に、先手を打って制圧するという意味だ。ついでにミヤモト家と戦になった時の対応も検討に加えてくれ」

「承知しました」


 トウゴウがクガヌマたちを探しに出ていくと、入れ違いにフナバシが現れた。

「御屋形様、バラペ王国の経済特別区で、問題が起きているようです」

 俺は溜息を漏らした。次から次と、何なのだ。


「どんな問題だ?」

「バラペ王国の貧民が、経済特別区のベクに流れ込んでいるのです」

「その貧民というのは、家をなくした難民という訳ではなく、単に貧しいから、仕事を求めてベクに集まっているのか?」


「そうでございます」

「数は、どれほどだ?」

「報告では、数百人という事です」

 予想よりも多い。小さな湊町ベクに数百人は多すぎる。計画的に発展させようと思っていたのに、これでは大きな貧民街になってしまう。


「入って来た者は仕方ない。だが、これ以上は問題だ。その入って来た数百人を使って、ベクの周囲に高い塀を築かせろ。人の出入りを制限できるようにするのだ」


 フナバシが渋い顔をする。その費用をカイドウ家が出す事になるからだ。フナバシはベクの町周辺の地図を用意させ、塀を築く範囲を相談する。


 俺は地図を指差しながら範囲を決める。

「ここから、ここまで。二〇万人が住める規模にする」

「それだけの費用を使って、それに見合う収益が見込めるのでしょうか?」


 フナバシの心配は理解できる。俺としては安い労働力をバラペ王国で確保できればいいと考えていた。ホクトは、段々と平均賃金が上がる傾向にある。


 このまま行けば、アマト国の賃金はバラペ王国の何倍にもなってしまう。その前に安い労働力を確保したかったのだ。


「ですが、それらの人々に与える仕事は、有るのでございますか?」

「まずは、製糸の仕事を任せようと考えている」


 我が国は大量の綿をコンベル国から輸入し、国内で糸を紡ぎ綿織物にしている。紡績または製糸と呼ばれる仕事は、手間の掛かる作業なのだ。今は人を掻き集めて綿糸を作っているが、後々には機械化しようと考えていた。


 その機械化の前に、製糸の一部をベクの町に移管してやらせようと考えたのである。賃金はホクトの住民の六割くらいでいいだろう。それでもバラペ王国では高賃金の部類になる。


「男も糸紡ぎをさせるのでございますか?」

「いや、男は鉱山と漁業だな。あそこの海はいわしが多いのだ。煮干しや干鰯ほしかなどの魚を原料にした肥料を作らせようと思う」


 仕事は山のように有る。ホクトでは住宅建築が盛んになり、建築資材が不足している。なので、瓦などの建築資材を生産して、輸入する事も考えていた。


 実験的に始めたアマト国・コンベル国・バラペ王国の経済交流が上手くいくようなら、拡大して地域全体で豊かになればいい。但し、その指導的な立場に立つのは、カイドウ家である。


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