第157話 バナオ島のドランブル総督
フラニス国のバナオ島総督となったナタナエル・ドランブルは、自分のために建設された総督府で不機嫌な顔をしていた。逞しい体格をした六十代の男で、自信家だった。
「退屈な島だ。なぜ儂がこんな退屈な島に滞在しておらねばならんのだ」
ドランブル総督は愚痴を零した。それを聞いたマザラン補佐官は、またかという顔をする。マザラン補佐官はひょろりとした体格の三十代、丸い眼鏡を掛けた男である。
「閣下、元老院の決定なのですから、仕方ないではありませんか」
「だが、退屈なのは事実だ」
退屈なら溜まっている仕事をしろ、とマザラン補佐官は言いたかったが、それは堪えた。
「島の視察をされてはどうです?」
「見るものが有るのか? 豊かな自然というのは見飽きたぞ。それに島の三等市民どもが、私を見る目が気に入らん」
バナオ島に住んでいる住民は、キナバル島と同じマレス族である。だが、キナバル島のマレス族より穏健な人々であり、制圧しやすかった。
この島では豊かな自然を利用して農耕を中心とした社会を築いていたが、フラニー人の侵略により全島民が三等市民という身分にされた。この三等市民というのは、奴隷とほとんど同じ扱いを受けている。
「三等市民の事など、どうでも良いではありませんか。所詮何の教育も受けていない島蛮なのですから」
「ふん、そう言えば、同じ島蛮でも、東の連中は少し違うようだな」
「東というと、ミケニ島の島蛮でございますか。あそこの連中は戦ばかりしている連中です。野蛮なのですよ」
「戦い慣れているという事は、脅威だという事だ。それに火縄銃も使っていると聞いておる」
「商人の誰かが売ったのでしょう。金になると思えば、何でも売ってしまう。困ったものです」
「おい、忘れたのか? 儂も商人の一人だぞ」
「申し訳ありません。失言でございました」
「だが、ミケニ島の島蛮は、イングー人どもに戦で勝ったと聞いたぞ。一度見ておく必要があるかもしれん。ミケニ島に、フラニス国の宿泊施設はあるのか?」
「フラニス国の宿泊施設ではありませんが、交易区という場所に、列強人のために現地人が建てた商館があると聞いております」
「交易区だと……それは島蛮の連中が、我々の行動を規制しているという事なのか?」
「彼らの国なのですから、仕方ありません」
ドランブル総督は不機嫌そうに顔を歪める。
「その島も、軍人どもに命じて制圧してしまえばいいのだ」
「ルブルトン少将に聞いたのですが、制圧は難しいらしいです」
「なぜだ?」
「バナオ島に駐留している陸軍と海軍の兵を合計して、六千人ほどでございます。それに比して、ミケニ島のアマト州と呼ばれる国の兵は十五万を超えるそうです」
それを聞いたドランブル総督は顔を強張らせた。
「何だと……我が国の兵力が四十万ほどなのだぞ。多すぎるのではないか?」
「アマト州の人口は、五百万ほどだと言われていますので、妥当な数字だと思います」
「ミケニ島は、小さな島ではなかったのか?」
「小さい島ですが、豊かな島なのです」
「益々手に入れたい島だな。どれほどの兵力を用意すれば、制圧できる?」
マザラン補佐官が首を傾げた。
「私は一介の補佐官ですので、軍事面は分かりません」
「ルブルトン少将を呼んでくれ」
ルブルトン少将が呼ばれて総督執務室に入ると、総督が座るように合図した。
「どのような御用件でしょう?」
「ミケニ島の軍事面について聞きたい。アマト州の兵力が十五万と聞いたが、本当なのか?」
「間違いないようです。陸軍と海軍を合わせて十五万という事です」
「海軍も有るのか?」
「はい、隻数は少ないようですが、軍艦も所有しているようです」
ドランブル総督がゆっくりと首を振った。
「信じられん。本当に島蛮なのか? 列強人が創った国ではないのか?」
「間違いなくミケニ島の住民が創った国であります」
「まあいい。それで肝心な事を確認したい。少将の率いる部隊で、ミケニ島を制圧できるか?」
「無理です」
あまりにも簡単に少将が無理だと認めたので、総督は不満そうな顔をする。
「十五万対六千だと言うのは知っている。だが、少将の兵は全員が火縄銃を装備しているのだろう。火力はフラニス国軍が上だと思うが、それを考慮しても無理なのか?」
「アマト州では、万を超える銃が作られているそうです」
「……信じられん。やはり一度視察に行く必要が有るようだ」
ドランブル総督はミケニ島へ行く事を決定した。
その数日後、ドランブル総督とマザラン補佐官は商船に乗って、ミケニ島のホクトへ向かった。船旅は順調で、ドランブル総督を乗せた船はホクトの湊に到着。
総督と補佐官は、商館の職員に案内されて交易区の商館へ行った。そこで出迎えたのが、商館長であるファルハーレンである。ファルハーレン自身はアムス人であるが、相手はフラニス国の元老院議長を務めた事もある大物だ。
それにフラニス国とアムス王国は友好国となっている。全力でもてなさなければならない相手だった。
「ようこそ、アマト州へ」
「ファルハーレン君だったね。よろしく頼むよ」
「畏まりました」
ファルハーレンは、やれやれと思いながら商館にある応接室に案内した。
「ドランブル閣下、アマト州を視察したいとの事ですが、具体的には何を御覧になりたいのでしょう?」
「まずはホクト城を見たい。できれば、カイドウ家の当主にも面会したいものだ」
「ホクト城を見る事は可能ですが、月城守様との面会となると難しいかもしれません。忙しい方ですので」
「ふん、島蛮の族長のくせに偉そうな」
ファルハーレンは溜息を吐きそうになった。この人物をカイドウ家の当主と会わせるのは危険だと感じたのだ。
「他には?」
「そうだな。カイドウ家の軍艦を見たい」
「外から見るだけなら可能です」
「本当は乗ってみたかったが、仕方あるまい」
ドランブル総督は海軍と言っても小さな船の寄せ集めだろう、と思っていた。
ファルハーレンはカイドウ家と連絡を取り、ドランブル総督とカイドウ家当主との面会時間が作れないかと要請してみた。すると、二日後の昼食を一緒にしようという話が纏まりドランブル総督に伝えた。
「いいだろう。では、先にカイドウ家の軍艦を見せてくれ」
カイドウ家に軍艦を見せてくれと言っても、承諾してくれるはずもない。そこでチガラ湾の沖合で訓練をする軍艦を盗み見る事にした。
翌朝小型帆船に乗ったドランブル総督とファルハーレンは、外海に出てから東へと向かう。丁度この時間にカイドウ家海軍が訓練を始めるのを知っているのだ。
「閣下、カイドウ家の軍艦が出てきましたぞ」
ファルハーレンがドランブル総督に声を掛けた。ファルハーレンの目線の先にチガラ湾から出て来る装甲砲艦四隻と装甲巡洋艦四隻の姿が見えた。
ドランブル総督は食い入るように軍艦を見る。
「あれは鉄板で補強しておるのか?」
「そのようです。カイドウ家の軍艦は、基本鉄板で補強しています」
「ふむ、中々頑丈そうな軍艦だが、我々の戦列艦と比べれば小さいな」
「はい。それに艦載砲の数も少ないようです」
同行したマザラン補佐官の言葉を聞いて、総督が頷いた。
「なるほど、海軍に関しては列強諸国の方が上のようだ」
ドランブル総督は軍艦の大きさと艦載砲の数を比べて、列強諸国が上だと判断したが、それが間違いだったという事を後で知る事になる。
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