第145話 同盟と裏切り
イングド国から派遣された艦隊は、中東地域にある島ブルムまで到達しているらしい。このブルム島は、ハジリ島の半分ほどの大きさがあり、イングド国が造った町が存在する。
完全にイングド国の植民地となっている島なのだ。そして、その湊には艦隊が停泊したまま動かない。チュリ国のイングド国軍が攻め落とされて、停泊地となるはずだったエナムを獲られたためである。
その情報はアムス人の交易商人経由で、カイドウ家まで報告された。その報告を聞いた俺は、艦隊がチュリ国に来るのは、半年ほど先になるだろうと予想した。
チュリ国のイングド国軍は、南部の湊町オサを艦隊の新しい停泊地にしようと考えたらしく、その湊の整備を始めていた。何万というチュリ国人を駆り出して、大掛かりな工事を進めているのだ。
俺は海軍の戦力について考えた。カイドウ家海軍が保有する艦船は、スループ軍船四隻・キャラベル軍船四隻・装甲砲艦六隻である。
スループ軍船とキャラベル軍船は、イングド国海軍との海戦になった場合、あまり戦力とはならないだろう。戦力として数えられるのは、装甲砲艦六隻だけだ。
これでは全然足りない。そこで装甲砲艦を十五隻まで増やし、新たに装甲巡洋艦を建造する事にした。以前から船奉行ツツイと一緒に設計していたものだ。
設計が終わったのは、全長四十六メートル、最大幅十三メートルの三十六門巡洋艦である。三本マストの帆船である巡洋艦は、イングド国海軍の戦列艦に比べると貧弱な兵装だ。しかし、搭載されている大砲は優秀なものだった。
艦載砲は後装式ライフル砲とする。大砲の砲身内側にライフリングする事ができるようになったのだ。また、砲弾も雷管を使うものに変えたのである。
この改良によって、艦載砲の命中率が飛躍的に向上した。このライフリングの技術は、俺が持つ金属関係の知識と鉄砲鍛冶たちの鍛造技術によりできるようになった。
但し、この技術を使ってライフル銃を製造するのには問題があった。製作に時間が掛かるのだ。それを解決するために、機械による大きな力を使って鍛造する方法も考えた。
水車を使って重いハンマーを上下させ、そのハンマーで鋼を打ち付け鍛造するのである。試験的に水力ハンマーを造って試してみた。鉄砲鍛冶のトウキチに試させると、効率は三倍ほどに上がったようだ。
だが、十分なものではなかった。それでも人力で製作するよりは効率が良いので、銃器工場をミザフ河の水が使えるハシマに建設する事にした。戦により荒廃したハシマを立て直す切っ掛けになるかもしれないと考えたのである。
但し、従来通りの単発銃も製作を続ける。カイドウ家では、兵の基本的な武器を銃と決めた。カイドウ家が動員できる兵は、十五万人。その全てに単発銃を装備させる訳ではないが、十万丁は必要になる。
全部をライフル銃にするには、さすがに無理だと判断したのだ。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
スザク家のヤタガラ府があったナヨロ地方の南東には、キノサキ郡・コザ郡・ユズキ郡という三つの郡がある。これを支配しているのは、シノハラ家とコマツ家、それにセト家である。
この三家はカイドウ家がクジョウ家を滅ぼしミケニ島の三分の二を支配した事で怯えるようになった。カイドウ家がいつ攻めて来るのかと心配しているのだ。
その三人の大名が、イマガワ家に招待された。三人の他にカツウラ郡のメラ家当主ヨリチカも招待されていた。カイドウ家の脅威を感じている四人の大名がイマガワ家の居城であるマシキ城へ集まった事になる。カイドウ家への対応を検討するためだ。
イマガワ家当主タカミツが最初に話を始めた。
「我々は存亡の危機にある。クジョウ家が倒され、カイドウ家はミケニ島北側を手中に収めた。今は新たな領地を掌握するために動きはないが、必ずや島の南側にも手を伸ばして来るだろう。その対策を検討したい」
シノハラ家当主のウキョウノスケが、楽観的な意見を主張した。
「カイドウ家が、内政に集中している今こそ、我々が結束を固める絶好の機会ではないのか。我々が一岩となって撃退するという姿勢を見せれば、カイドウ家も手を出さぬのではないか?」
コザ郡のコマツ家当主のトモカネは、その意見に否定的だった。
「いや、カイドウ家を甘く見ない方がいい。カイドウ家には十五万の兵が居る」
その意見を聞いたウキョウノスケは、顔をしかめた。
「それではどうするというのです。このまま待って、カイドウ家が侵攻してくるのを黙って見ているのか?」
トモカネが渋い顔になった。
「そうは言っておらん。だが、戦って勝てるのでござるか?」
沈黙する大名たち。各大名もカイドウ家の強さを分かっているのだ。
タカミツが同盟を結ぼうという主張を繰り返した。それを聞いたトモカネが、
「讃岐督殿、貴殿が同盟を結ぼうと以前から主張しているのは聞いている。その場合、盟主には誰がなるのです?」
「それは言い出した儂がなる」
各大名が渋い顔になった。同盟に入れば、タカミツの下に入る事になる。それが気に食わないのだ。
「オオツキ郡のタキガワ家とチャウス郡のタチバナ家は、同盟を承諾しておる。何が不服だと申されるのか?」
タカミツの問いに、トモカネが不安を口にした。
「同盟を結ぶという事は、各大名家の兵に領地へ入る事を許さねばならない。讃岐督殿は、それでよろしいのか?」
「もちろんだ。援軍のために領内を通過するというのなら、許すつもりだ」
それを聞いたカツウラ郡のメラ家当主ヨリチカは、暗い笑いを浮かべて頷いた。
タカミツが発揮した強いリーダーシップで、同盟が纏まった。それに伴い各大名が、カイドウ家と接している領地に増援を送る話し合いが始まる。
その中でメラ家はチャウス郡に四千の兵を送る事になった。
一ヶ月後、メラ軍四千がカツウラ郡を出発しクマノ郡に入る。郡境にはクマノ郡タカハシ家家臣であるムラセが出迎えた。
「ご苦労さまでございます。タカハシ家のムラセ・ヒロノブが案内させて頂きます」
メラ軍の武将トヨナガが礼を言う。
「これは忝ない。メラ家家臣トヨナガ・ヨシクニでござる。感謝いたします」
メラ軍がクマノ郡の中心であるイラベまで来た時、トヨナガが命令を発した。
「手筈通りだ。殺れ」
メラ家の兵がタカハシ家のムラセたちを取り囲んで斬り殺した。
その後、メラ軍はタカハシ家の居城があるイラベへ侵攻した。メラ家の裏切りであった。奇襲に遭ったタカハシ家は混乱し、イラベ城に火を放つのを許した。
この裏切りによって、クマノ郡はメラ家のものとなり、同盟は瓦解した。同盟を主導したタカミツは、この報せを聞いて激怒した。
イマガワ家とメラ家の戦が起きたのである。
同盟に希望を託した大名たちは、絶望する事になる。
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